【第六十八話】帰還
転送術者の確保から半刻。野盗の拠点には、戦闘の熱をすっかり冷ました重い静寂が降りていた。
ひしゃげた武器と破壊された木材が散乱する中、生き残った野盗たちは固く拘束され、もはや抵抗の意思すら失って泥の中にうなだれている。
「もう、敵はいないわ」
吹き抜ける風に周囲の気配を読ませたリアナが、きっぱりと断言した。
ドレイクが乱雑に倒れた木片を軽々と蹴りのけ、ユアンが裏手の逃走路に伏兵がいないことを再確認して戻ってくる。傍らでは、ミレイユが精密な手つきで魔力の残滓を測定し、空間転送の痕跡が完全に霧散したことを告げた。
ガレンは剣の血糊を払い、静かに鞘に収める。
「……よし。第九隊、拠点制圧完了だ」
その低く通る一言で、全員の肩からふっと張り詰めていた緊張が抜け落ちた。
湿った腐葉土の上に転がっていたのは、事の元凶であるペンダントだ。ミレイユはそれを慎重に拾い上げると、手早く封鎖具を取り付けて魔力を完全に封じ込め、波長を固定した。すでに発動する力はないが、精緻な術式の構造自体は色濃く残っている。
「古代魔導文明の空間術式……間違いない、本物よ。これは王都に持ち帰る価値がある。第九隊の戦果として記録されるわ」
「風も言ってる。……“よくやった”ってね」
リアナが誇らしげに微笑み、ユアンも深く頷いた。
「転送術者を仕留めて、こんな遺物まで確保できるなんて……十分すぎる成果です」
「ああ、隊長が戻る前に、俺たちはここまでやったんだな」
ドレイクが感慨深げに呟くと、ガレンは光を失ったペンダントを見つめ、静かに言った。
「……ああ。第九隊は、もう自分たちで戦える」
それは、彼らがかつての庇護から抜け出し、“自立”を果たした確かな瞬間だった。
拠点の地図を広げ、制圧範囲と捕らえた野盗の人数、転送術者の撃破、そして遺物の確保と、すべての戦果を記録していく。ガレンが報告書の下書きを走らせる中、ふと、全員の心に彼らの隊長の不在がよぎった。
「隊長がいたら……もっと早く終わってたかもしれないけど」
リアナがこぼす。
「でも、俺たちだけでやり切りました」
ユアンが胸を張り、「胸張っていい戦果だ」とドレイクが笑う。
「隊長が戻ってきたら、きっと驚くでしょうね」
ミレイユの言葉に、ガレンは静かに頷いた。
「……戻ってくる前に、俺たちはここまでやった。それで十分だ」
その言葉に、第九隊の面々は無言で、しかし力強く頷き合った。
その時だった。リアナがふと風の流れを感じ取り、はっと目を見開いた。
「……誰かが来てる。風が……すごく懐かしい気配を運んでる」
その声に弾かれたように、ユアンが身軽に樹上へと駆け登り、遠くの森を見渡した。
「……旗が見えます! 第九隊の旗じゃない。あれは――」
「隊長の隊の旗か?」
ドレイクが身を乗り出し、ミレイユが信じられないというように口元を覆う。
「ウエスが……戻ってくるの?」
ガレンは小さく息を飲み、風が吹いてくる遠い森の奥を真っ直ぐに見つめた。
「迎えに行くぞ。第九隊全員でだ」
一方、ウエスは重苦しい空気の漂う森の中をひとり歩いていた。周囲の木々は迷宮化の前兆を孕み、じっとりと肌にまとわりつくような圧迫感を放っている。だが、東から吹き抜けてきた一陣の風が、その淀んだ空気を僅かに払いのけた。
風の向こう、木々の合間に見覚えのある旗が揺れている。
そして、こちらへと真っ直ぐに向かってくる気配たち。ウエスはふと歩みを止め、胸の奥底から込み上げるものを抑えるように、静かに長く息を吐き出した。
「……戻ったぞ。第九隊」
ざわめく葉擦れの音を縫って、ガレンたちが木々の間からついにその姿を現した――。




