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辺境の元英雄と光の癒し手 -共鳴の絆-  作者: もちすけ34


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【第六十六話】野盗討伐

東の森の底には、まだ夜の帳が色濃く残っていた。

吐く息が白く染まるほど冷ややかな空気の中、第九隊は息を殺して斜面に潜んでいる。

最初は、ただの冷たい静けさだった。

リアナは目を閉じ、指先をわずかに震わせながら繊細な風の網を広げた。ドレイクが分厚い大盾を構えて突撃の機を窺い、ユアンは樹上の陰に深く沈み込んで呼吸を殺す。ミレイユは解析具のダイヤルにそっと指を添え、冷気に悴む手を微かに動かしていた。

だが、その静寂の奥には、徐々に濁った不穏がへばりつき始める。拠点内部からは、床板を踏み鳴らす不快な足音や、転送酔いに苦しむ野盗たちの荒い吐息、低く濁った話し声までもが、風に乗って確実に伝わってきた。

そして――さらにその底にある、決定的な異常。

森は、夜明け前だというのに、まるで獲物が網にかかるのを待つかのように気味悪く息を潜めていた。風の流れは、どこかで“形を変えようとしている迷宮”の入口をなぞるようにわずかに歪んでいた。腐葉土の下が、ほんの一瞬だけ沈んだように感じられ、ガレンは無意識に足を踏みしめ直した。得体の知れない圧迫感が、足元から these 這い上がってくる。

「……行くぞ」

ガレンの低い声に、誰一人として返事はしない。ただ、全員の研ぎ澄まされた殺気だけが夜の森に同調した。

その時、リアナの眉がぴくりと動いた。

「……来た。風が跳ねた!」

ガレンの目が、一瞬だけ鋭く細まった。思考より先に戦術が組み上がる。

「正面突破! 裏手を塞げ!」

指示と同時に、ドレイクの巨躯が弾けた。

「ぬあああっ!」

雄叫びと共に放たれた重厚な大盾の一撃が、木造の拠点の扉を枠ごと粉砕する。激しい破壊音と共に木片が宙を舞い、見張りの男の一人が咄嗟に槍を構えて踏ん張ろうとしたが、圧倒的な質量の前に為す術もなく弾き飛ばされた。悲鳴が上がる間もなく、できた隙間へガレンが低い姿勢で滑り込んだ。

室内は一瞬にして混乱の渦に呑み込まれた。

「てめぇ、どこから湧いた――ッ!」

大柄な男が血走った目で怒号を上げ、ガレンの脳天を割ろうと無造作に斧を振り下ろす。ガレンは決して真正面から受け止めない。斧の勢いをそのまま利用し、刃の腹で滑らせるように受け流すと、流れるような動作で男の体勢を崩し――がら空きになった鳩尾へ、冷徹に剣の柄を突き込んだ。くぐもった呻き声と共に巨漢が沈む。

死角からガレンを狙う刃は、リアナの生み出した突風が的確に弾き飛ばす。男たちが不自然な風に抗おうと足を踏み張るが、バランスを崩したその一瞬の隙を、ガレンの刃が容赦なく刈り取った。

逃げ場を求めて裏口へ殺到した野盗たちは、待ち構えていたユアンの鋭い槍撃に次々と足をすくわれていく。

「右から二人! 力任せの踏み込みです!」

ユアンの的確な読みが前線へ伝達され、ミレイユが魔力の波長を捉えて敵の連携を寸断していく。

正面は完全に押し切れた。裏手も塞いだ。敵の焦りに満ちたささやかな抵抗すら、すべて把握の内にある。

第九隊の誰もが、初めて「自分たちだけで戦況を完全に制御できている」と確信しかけていた――その時。

拠点の最奥から、風が“震えるような違和感”を運んできた。

「……奥で、何かが膨らんでる……!」

リアナが顔を強張らせ、背筋を凍らせる。

次の瞬間、拠点奥の部屋から、蒼い光が垂直に立ち上がった。

最初は一本の細い光の筋だった。それが瞬く間に太く、強く脈打ち、拠点の天井を容易く突き破って“蒼い柱”となる。

空気がガラスのように軋む音が響き、大地の下から低い唸り声のような振動が這い上がってきた。森全体がその巨大な光に共鳴するように震え始める。

影という影が蒼に塗り替えられ、木の幹も、ひび割れた床板も、恐怖に引きつった野盗の顔さえも、蒼光の輪郭に染まった。風が逆流し、足元の地面がわずかに沈む――まるで森そのものが、その光を中心に組み替えられていくかのように。

「……光が、森を裂いてる……!」

リアナが両腕で顔を庇いながら悲鳴を上げた。

「転送の“本発動”よ! 止めないと――!」

ミレイユが解析具を強く構え、必死に波長を合わせた。

「術者が逃げます!」

裏手の窓枠を蹴り砕き、ユアンが室内へ突き進む。

「突入する! 全員、俺に続け!」

ガレンを先頭に、第九隊は光柱の湧き上がる部屋へと雪崩れ込んだ。

部屋の最奥、ペンダントを強く握りしめた男が、蒼光柱の中心で激しくブレ始めていた。足元の影が不自然に引き延ばされ、歪んだ空間そのものが男を呑み込もうとしている。

「させるか!」

ミレイユが魔力封鎖具を展開し、無理やり妨害波長を叩きつける。蒼光柱が一瞬だけ歪み、耳をつんざくような不快な高周波の音が鳴り響いた。男の顔が激しい三半規管の乱れに苦悶で歪む。

「……干渉が足りない……波長が……まだ破断しない……!」

ミレイユが歯を喰いしばり、ダイヤルを限界まで回す。封鎖具の基盤から細い火花が散った。

「ガレンさん、今しか――!」

ユアンの叫びと同時に、ガレンが地面を強く蹴った。すべてを切り裂くような決死の踏み込み。荒れ狂う光柱の渦中へと、刃を一気に突き入れる。

だが――刃が届く直前、光柱が凄まじい破裂音と共に“爆ぜた”。

蒼光が激しく脈打ち、男の姿が空間のブレと共に完全に消滅する。ガレンの手に残ったのは、刃先が男の外套の裾をほんのわずかに裂いた、その微かな感触だけだった。

光が完全に消え去った後には、空間が焼け焦げたような魔力の残り香と、鼻の奥をツンと刺す金属臭だけが色濃く漂っていた。

「……くっ、間に合わなかった……!」

ミレイユが悔しげに拳を握りしめ、解析具を降ろす。

ガレンは宙を切った剣を鋭く振り抜き、ゆっくりと振り返った。その瞳に、逃がしたことへの絶望はない。あるのは、次の一手を見据える冷徹な意志だけだ。

「追うぞ。どこへ跳んだかは分からないが、痕跡は必ず残る」

「……ええ。転送の波長は記録できたわ。追跡はできる」

ミレイユがすぐに表情を引き締め、息を整える。

「風も、まだ揺れてる……行けるわ」

リアナが空間の裂け目の名残に手を伸ばした。

「転送酔いが出るはずです。遠くへは逃げ切れません」

ユアンが槍を構え直し、ドレイクが無言で大盾の木片を払い落とす。

ガレンが全員の覚悟を見渡し、力強く言い放った。

「第九隊、追撃開始だ!」

第九隊の足音が、冷えた森の斜面を力強く叩いた。

その響きは、もう誰の影も追っていなかった。

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