【第六話】不屈の灯火 ― 繋がれた命と、明日への誓い
完璧な一撃だった。
まさに全盛期を彷彿とさせる立ち回り。
だが、ホブゴブリンの巨体が完全に沈み込んだ直後、ウエスの身体を劇的な異変が襲った。
ガクン、と膝が折れかける。
視界が急激に明滅し、世界がぐにゃりと歪んだ。肺が焼け付くように熱く、心臓が肋骨を突き破らんばかりに暴れる。
(くそ……っ、たった一撃で、これほど息が上がっている……だと!? 体が……脳のイメージに全くついてこん……!)
死の淵から戻ったばかりの肉体は、極限の技術と、それに伴う瞬間的な超負荷に耐えられる状態ではなかったのだ。
そして、その一瞬の「隙」を、生き残っていたゴブリン2体が見逃すはずがなかった。
「ギギィッ!」
ウエスの動きが止まったのを好機と見た小鬼どもが、左右から同時に跳躍する。
鋭く汚れた爪が、無防備なウエスの首筋へと迫る。
(……くそ、間に合わん……!)
ウエスが辛うじて剣を持ち上げようとした、その刹那――。
「――ウエスッ!!」
獣のような咆哮とともに割り込んできたのは、ドレイクだった。
百戦錬磨の重い盾を容赦なく叩きつけ、ウエスの左側から迫っていたゴブリンを強引に圧殺する。
同時に、右側のゴブリンの足元に、鋭い氷の礫が突き刺さった。ミレイユの放った牽制魔法だ。
動きを止められたゴブリンに対し、震える手で剣を構えたユアンが必死に突撃し、リアナが放った風の支援魔法がユアンの踏み込みを加速させる。
連携とは程遠い、だが必死な若者たちの泥臭い一撃が、見事に残党を討ち果たした。
「はぁ……はぁ……っ」
ウエスはドレイクに肩を支えられ、荒い呼吸を整えながら立ち上がった。
かつての相棒に、命を救われたのだ。
「……すまん、ドレイク。助かった」
「無茶しおって。お前はまだ回復してないだろう」
ドレイクは短く返し、ウエスからスッと手を離した。その目は、かつての戦友への信頼と、無理をしたことへの呆れが混ざり合っていた。
一方――。
戦闘が完全に終わった後も、ガレンはその場から動けずにいた。
大剣を握る両手は、細かく刻むように震えている。
先ほど、死の刃を喉元に突きつけられた恐怖。そして、ウエスの神業のような一撃を間近で見た衝撃。
自分の「強さ」が、実戦という本物の戦場では何一つ通用しなかった。その現実を前にして、王都の天才剣士としてのプライドが完全にへし折られ、ただ呆然と立ち尽くしている。
「……ッ、なんだよ、これ……」
ガレンは震える手を隠すように、強く拳を握りしめた。
怪我はしていない。だが、その目には、ウエスの圧倒的な技量に対する敗北感と、死にかけた自分自身の不甲斐なさへの「憤り」が、ギラギラと尖った敵意のように宿っていた。
「……オッサン。俺は別に、あんたに助けてくれなんて頼んでねえぞ」
ガレンは、ウエスを睨みつけるように言い放った。
声は荒く、尖っている。ウエスの神業に圧倒され、恐怖した自分自身を必死に覆い隠そうとする、精神的な未熟さが全面に出た態度だった。
「あんたが勝手に入り込んできて、勝手に足をもつれさせたんだ。危なっかしくて見てられねえよ」
「ガレン、あなた……!」
ミレイユがその無礼な態度を咎めようとしたが、ウエスはそれを手で制した。
「ああ、お前の言う通りだ、ガレン。次は手を出さずともいいように、俺も鍛え直しておく」
ウエスが静かにそう告げると、ガレンは「チッ」と大きく舌打ちをし、ぷいっと顔を背けて乱暴な足取りで歩き出した。
だが、その首筋から耳の裏にかけては、悔しさと気恥ずかしさで真っ赤に染まっている。
それを見送ったドレイクが、ぼそりと呟いた。
「口だけは一丁前だな、あのお坊ちゃん」
「……まだ若い。あれでいいさ」
ウエスは小さく笑い、再び歩き出した。
ガレンの尖った態度の裏にある、底知れない悔しさと、強くなりたいという本能。
確実に、若者たちの心に何かが刻まれた。ウエスは疼く身体を奮い立たせ、その背中を追いかけた。




