↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境の元英雄と光の癒し手 -共鳴の絆-  作者: もちすけ34


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/88

【第五十話】王都の影

王都の朝は、いつも通りの喧騒に包まれている。


誰もが昨日と変わらぬ日常を過ごしている。その中で、ただ一人だけ、かつてとは違う視線を浴びる男がいた。


王都の中心にそびえる軍本部。その重厚な石造りの廊下に、使い古された車椅子の車輪が軋む音が響いていた。


すれ違う将校や兵士たちが、足を止めて道を譲る。しかし、彼らの視線にはかつての「英雄」へ向けられていたような敬意はなかった。代わりに向けられるのは、好奇と、あからさまな侮蔑の色だ。


「……おい、あれが元英雄のウエスか?」


「ああ。魔力ゼロになったって噂は、どうやら本当らしいな」


「ただの廃人じゃないか。なぜ軍本部に……」


ひそひそとした囁き声が、あえて聞こえるような音量で交わされる。車椅子を押すシーンの手にぎゅっと力がこもるのが分かったが、ウエスは表情一つ変えず、ただ前だけを見据えていた。


報告会議室の空気も冷ややかなものだった。


ウエスは淡々と、しかし正確に辺境での出来事を報告した。第八隊が壊滅したこと。迷宮に未知の異変が起きていること。地脈の揺らぎと、それに呼応するようなモンスターの異常な活性化について。


将校たちは一応真剣な顔を作って聞いてはいたが、その目の奥には「魔力を失った役立たずの戯言」と軽視する空気が透けて見えた。


報告を終え、沈黙が下りた直後だった。軍の最高司令官が、重々しい口調で口を開いた。


「ウエス。ご苦労だった。……実は、王が直々に貴様との謁見を望んでおられる」


「……王が、ですか」


予想外の言葉にウエスは僅かに眉を動かしたが、王命である以上、拒否することは許されなかった。


王城の奥深く、豪奢な謁見の間。


玉座に座る初老の王は、ウエスの痛々しい姿を見るなり、玉座から身を乗り出すようにして顔を歪ませた。


「ウエス……よくぞ生きて戻った。お前の辺境での命を懸けた働き、心から感謝している。身体の具合は……」


王は根は善良であり、ウエスの功績を誰よりも理解していた。だが、その声にはどこか覇気がなく、玉座の主としての絶対的な力が欠けている。ウエスが静かに頭を下げようとした、その時だった。


「陛下。お言葉ですが」


玉座の斜め後ろに控えていた細身の男が、滑り込むように言葉を挟んだ。


冷たく蛇のような目をした男――国政を牛耳る宰相だった。


「辺境の件は……ウエス殿、あなたが勝手に戻ったことで、かえって現地の混乱が増したのではありませんか?」


柔らかく丁寧な口調でありながら、その言葉の端々には鋭い棘が隠されていた。


「……俺の不在が混乱を招いているとすれば、それは事実でしょう。だが、迷宮の異変は――」


「ええ、ええ。ですがね」


宰相は優雅な仕草で手を振り、ウエスの言葉を遮った。


「辺境は……所詮、王都の平和と繁栄のために存在する『壁』に過ぎません。あまり些末なことで騒ぎ立てる必要はありませんよ。ゆっくりと、王都の隅で療養されることですな」


一礼して身を引く宰相。その瞬間、ウエスの鋭い眼光が、宰相のわずかに捲れ上がった細身の袖口を捉えた。


(……赤土か?)


王都の整えられた石畳や灰色の土ではない。王都から遠く離れた、あの不毛な辺境の荒野にしか存在しない独特な赤土の汚れが、ほんの一筋、袖口の裏地に付着していた。


優雅な身なりをした王都の権力者が、なぜ辺境の土を身につけているのか――。


王の気弱な言動と、宰相の言葉の裏に隠された冷ややかな蔑視。そして、見落としそうなほど小さな泥の痕跡。


この男は危険だ。確かな証拠はないものの、数々の死線を潜り抜けてきた戦士としての直感が、静かに警鐘を鳴らしていた。


ウエスは疑問を表情には一切出さず、ただ静かに一礼して謁見の間を後にした。


王城を出て、自宅へ続く大通りを進む。


昼時の活気ある王都の街並みだったが、ここでも人々の視線は冷たかった。


「あれ……ウエスじゃない?」


「英雄だったのにねぇ。魔力ゼロでしょ? もう終わりよ」


「噂じゃ、あいつが無謀な探索をして迷宮を刺激したせいなんだろ? だから逃げ帰ってきたんだってさ」


心無い言葉と、尾ひれのついた歪んだ噂が容赦なく二人に投げかけられる。


ウエス自身は、他人にどう思われようと気にする男ではなかった。戦場で流れた血に比べれば、痛くも痒くもない。


しかし、背後で車椅子を押すシーンの足が、ピタリと止まった。


ウエスが見上げると、シーンは肩を震わせていた。彼女の瞳には、かつてないほどの激しい怒りが燃えていた。


「……見ないで」


シーンが、周囲の民衆を睨みつけるようにして声を絞り出す。


「この人は……あなたたちが思っているような、そんな人じゃない……っ!」


どれほどの痛みに耐え、どれほどの絶望の淵から這い上がり、王都を守るために命を繋いできたか。適当な噂を鵜呑みにし、彼を嗤う者たちに怒りを隠せなかった。


シーンの痛切な叫びに触れ、周囲の民衆は気圧されたように目を逸らし、気まずそうに散っていった。


ウエスはそっと手を伸ばし、グリップを握りしめるシーンの震える手に、自分の手を重ねた。


自宅の扉を開けた瞬間、漂ってくる夕食の匂いと温かな空気に、ウエスは小さく息をついた。


「お父さん、おかえりなさい! ……だいじょうぶ?」


出迎えたセレンが、ウエスの疲労の色を敏感に察取して膝にすがりついてくる。シーンが優しくウエスの肩に手を置いた。


「ああ……少し、疲れただけだ」


ウエスはセレンの頭を撫でながら、王都の冷たい空気で凍えていた心が、家族の温もりによってゆっくりと解けていくのを感じていた。


その夜。


寝静まった部屋の片隅で、ウエスは一人机に向かい、ペンを走らせていた。


宛先は、はるか遠い辺境の地で戦い続ける仲間たち。


『ガレンへ。迷うな、前に進め。

リアナへ。お前自身の風を信じろ。

ユアンへ。自分の歩幅を焦るな。お前が重ねてきた努力は、絶対に裏切らない。

ドレイクへ。隊の背中は、お前に任せる。

ミレイユへ。どんな小さな違和感でもいい、気づいたことがあれば報せろ。』


共に死線を潜り抜けた、愛すべき部下たちの顔が脳裏に浮かぶ。最後に、彼は力強い文字でこう書き添えた。


『無事でいてくれ。俺も、ここで足掻いている。 ウエス』


ペンを置き、封をとじたその時だった。


「……お父さん、まだ起きてるの?」


小さな足音とともに、パジャマ姿のセレンが目をこすりながら部屋の隅から現れた。まだ半分夢の中にいるような足取りで、吸い寄せられるようにウエスの車椅子のそばへやってくる。


「……起こしたか?」


「ううん。……お父さんが、遠くに行っちゃう夢を見たの」


セレンは不安そうに眉を下げると、車椅子に座るウエスの膝にそっと顔をうずめた。


ウエスは手紙を机の脇に置き、愛おしそうに息子の背中を撫でた。そのまま小さな身体をゆっくりと引き寄せ、両腕でしっかりと抱きしめる。


「どこにも行かないさ。……ここにいる」


ウエスの胸の中で、セレンが安心して小さな息を吐いた。


窓の外では、王都の闇が深く静まり返っている。


遠く離れた戦場で踏ん張る仲間たち。


そして、今この手の中で穏やかな呼吸を打つ愛しい家族。


両方をその胸に抱きしめながら、ウエスは車椅子の上で、力強く静かな眼差しを夜の闇へと向けていた。

この50話で『第一部 魔力喪失編』が完結となります。

引き続き『第二部 新たなる戦い編』が始まります。

引き続き読んで頂けたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。