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辺境の元英雄と光の癒し手 -共鳴の絆-  作者: もちすけ34


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【第四十二話】 帰還命令

救護天幕の中に、駐屯地司令官の重い足音が響いた。


「ウエス隊長……いや、ウエス」


将校服を纏った司令官は、天幕のベッドに横たわるウエスを見下ろし、厳粛な、けれど隠しきれない焦燥を孕んだ声で切り出した。


「王都の魔導院から、お前に対する即時帰還命令が出た。特別護送馬車を回す。ただちに王都へ向かってもらう」


「……帰還、ですか」


ウエスは静かに眉をひそめた。司令官は手元の書状を固く握りしめ、一度息を呑んでから言葉を継いだ。


「王都の中央封印構造に、あり得ない揺らぎが出始めている。正直……時間がない。軍上層部も魔導院もパニック寸前だ」


司令官は軍人としての余裕を削ぎ落とされた顔で、天幕内を見回す。


「現場で起きている異変と、お前の体内から生じている不気味な過負荷……この波形同調の因果を解明しなければ、王都そのものが崩れかねん。現場を直接知るお前が王都へ赴き、軍上層部と魔導院へ直接報告せよとのことだ」


ウエスの身体は未だ両足で立つことすらできない。実質的な歩行不能状態での急遽護送。事態の異常な緊迫感が、天幕内の空気を痛いほどに押し潰していた。


司令官は息を吐き、ガレン、ユアン、リアナ、ミレイユ、ドレイクへと視線を巡らせた。


「ウエス。お前が不在の間、第九隊の暫定指揮権は誰に預ける? 隊長代理を指名しろ」


一瞬、天幕内が静まり返った。

ウエスは迷うことなく、ある一人を見つめた。


「……ガレンだ」


「な……ッ!?」


ガレンの息が止まった。血の気が引いた顔で、思わず一歩後退りする。


「た、隊長!? 俺ですか……!? 落ちこぼれで、ずっと隊長に反発してばかりだった俺が……! 戦闘の判断だって、さっき初めて形になったばかりで……そんな俺が隊を引っ張るなんて、できるわけが——」


「俺は盾だ」


ガレンの狼狽を遮るように、静かで重厚な声が響いた。

砕けた大盾の残骸を傍らに置いたドレイクが、まっすぐにガレンを見つめていた。


「隊の前に立って、全員の進むべき方向を示すのは……俺の役割じゃない。お前だ、ガレン」


「ドレイク……」


ウエスもまた、薄く唇をほころばせ、ガレンを見上げた。


「ガレン。お前は恐怖を知っている。だからこそ、どうすれば全員が無事に生き残れるか、その判断に誰よりも真摯だ。俺たちが恐怖で足を止めそうな時、前に進む理由を作れるのはお前だ」


「……っ」


ガレンは震える拳を強く握りしめた。筋繊維が千切れかけた右腕が痺れるように痛む。だが、仲間たちの視線、そして、ウエスの瞳に込められた圧倒的な信託が、ガレンの背中を強く押し込んだ。


「……分かりました。……引き受けます」


小雨が降り始める中、厳重な護衛兵に囲まれた特製馬車が、駐屯地の門をくぐり抜けていく。


泥を跳ね上げて遠ざかる馬車の轍を、ガレンはただ立ち尽くして見送っていた。

隊長がいなくなった。自分たちの精神的支柱であり、絶対的な解であったウエスが。重圧と冷たい不安が、ガレンの胃を酷く締め付ける。


その時、横からそっと静かな気配が近づいてきた。


「……ガレン」


振り向くと、リアナがそこに立っていた。

いつもは繊細でどこか儚げな雰囲気を纏う彼女が、少しだけ柔らかく、けれど力強い瞳でガレンを見つめていた。


「さっきの判断……司令官の前で隊長代理を引き受けたこと、私は正しかったと思うよ」


「リアナ……」


リアナは指先をかすかに揺らした。彼女の周囲で、穏やかで澄んだ風が小さく輪を描く。


「風はね……流れの乱れをすぐに教えてくれるの。ガレンが前に出て引っ張ってくれるなら、私はその後ろで乱れを整える。ガレンの背中の隙間も、隊の足元も……全部、私の風で支えるよ」


ガレンは息をのんだ。

推進力として前に出る自分と、その周囲の乱れを察知して完璧に整えてくれる風。

恐怖と不安で押しつぶされそうだった胸の奥が、その一言でふっと軽くなるのを感じた。目の前の風は、ただ敵を探知する術ではない。自分を支えようとしてくれる、確かな意思だった。


「……助かる、リアナ」


ガレンは短く、だがしっかりと頷いた。


「お前がいてくれたら……俺、迷わずに前に出られる気がする」


二人の間に、目には見えない「指揮者と補佐」という新しい絆の触りが、確かに結ばれた瞬間だった。


ガレンは大きく深呼吸をし、雨の中に集まった第九隊のメンバーへと向き直った。


ウエス不在の不安は、全員の顔に影を落としている。だが、ガレンは腹の底から声を絞り出し、一人ひとりの目をまっすぐに見つめた。


「指示を出す。……第九隊、聞いてくれ」


隊員たちの視線が一斉にガレンへと集まる。


「ユアン。地底の脈動の観測を続けてくれ。少しでも波形が変わったらすぐに知らせてほしい」


「……分かった! 任せてくれ!」


ユアンが力強く頷く。恐怖で震えていた少年の瞳には、確かな役割への覚覚悟が宿っていた。


「リアナ。風を広げて森の奥を探ってくれ。カイルが残した痕跡と、黒霧の動きを警戒するんだ」


「うん。任せて」


リアナが静かに笑みを見せ、その風を森の深部へと解き放つ。


「ドレイクは前線の防衛と陣地の補強。……俺たちの背中を守れるのは、お前だけだ」


「任せろ。指一本通さん」


ドレイクが重厚な鉄の腕骨を鳴らす。


「ミレイユは、王都の中央封印構造の資料と、この辺境の地脈データを照らし合わせて整理してくれ。何か共通点がないか探すんだ」


「はい……!」


ミレイユは受け取った魔導資料を素早くめくり始めた。だがその途中、彼女の手がピタリと止まる。


「……ミレイユ?」


「あ……いえ。少し、気になるところが……」


ミレイユは青ざめた顔で資料の数値を凝視した。


「王都の中央封印の波形振動……このノイズ、自然に発生したものじゃありません」


「自然じゃない……?」


「はい。ただの共鳴にしては、波形の歪みが不自然なんです。まるで……誰かが直接触れたような、そんな違和感があります……」


ミレイユの指先が、微かに震えていた。

迷宮の異変、カイルの暴走、そして王都の地下で揺らぐ古代の封印。

未知の違和感が、不気味な影となって辺境の天幕に落ちていた。


「……深く調べる価値がありそうだな。よし——動くぞ、第九隊!」


「「「おおっ!!」」」


ガレンの発声に、全員の応えが重なった。


その瞬間、リアナがまとわせた優しい風が吹き抜け、ガレンの背中をそっと押した。


隊長はいない。状況は刻一刻と悪化している。

しかし、「落ちこぼれの寄せ集め」と呼ばれた彼らは、ウエスが残した土台の上で、ガレンという新しい光を中心に、一つの“自立した隊”として確実に歩み始めていた。

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