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辺境の元英雄と光の癒し手 -共鳴の絆-  作者: もちすけ34


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【第二十七話】泥を喰んで、柄を握れ

リハビリ用の薄い木剣を握り、ゆっくりと上段に構えるユアン。


しかし、肘から肩にかけて走る鈍痛に、十六歳の若い顔が苦痛で歪む。


剣先がガタガタと震え、地面に落ちた。


「くっ……あいつらの刃、受けるのが精いっぱいだったのに……自分で振り下ろすこともできないのかよ……」


遠巻きに薪を割っていたガレンが、大剣を肩に担ぎながら呆れ顔で歩み寄ってくる。


「無理すんなって、ユアン。剣ってのはな、『振り抜いて相手を叩き切る』から意味があるんだ。今の体で振ったって、手首痛めて終わりだぞ」


「ガレン、言い方! ……でもユアン、ガレンの言う通りよ。風の魔術で体の負担を和らげてあげるから、焦らないで」


リアナが優しく風を纏わせようとするが、ユアンが踏み込んだ瞬間、足元がぐらついて大きく体勢を崩す。


「……ダメね。痛みを庇うあまり、踏み込みの重心がズレているわ。あなたの体の使い方は、まだ『万全だった頃の短い間合いの剣』のまま。理屈に合っていないの」


ミレイユが羊皮紙のカルテに視線を落としながら、静かに、しかし客観的な事実を突きつける。


離れた木陰で腕を組んでいたドレイクは、言葉を発することなく、深く紫煙を吐き出してユアンのブレた足元を見つめていた。


歯を食いしばり、ユアンは拳を固く握りしめる。


(……最弱の見習いだからって、いつまでも守られてるわけにはいかないんだ。今の俺のままじゃ……隊長の背中なんて、一生追えない……!)


肩を落として物資置き場の裏へ向かったユアンは、壁に立てかけられた古びた練武用の木槍に目を留めた。


長い柄、先端に穿たれた泥汚れ。


そこへ、足音もなくウエスが現れる。


「剣が振れないなら、棒でも握っていろ」


「っ……! 隊長……。棒って……これ、槍ですよ。俺は剣士を目指して──」


「名前はどうでもいい。間合いが変われば、負担も変わる。今の体で戦う方法を考えろ」


ウエスはそれ以上何も言わず、静かな視線を残して去っていく。


ユアンは戸惑いながらも、その言葉に促されるように木槍を手に取った。


「間合い……重心……」


両手で柄を握り、おそるおそる突きを出してみる。


だが、剣とは全く異なる長さと重量バランスに振られ、ユアンは派手にバランスを崩して泥の中に倒れ込んだ。


「ハハッ! おいおい、槍に遊ばれてどうすんだよ! 泥団子になっちまうぞ!」


「ちょっとガレン、笑わないで! ……ユアン、大丈夫? 泥だらけよ」


「ふふ……でも、面白いわね。倒れ方は不様だけど、足跡の荷重移動だけは、さっきの剣の時より自然だわ」


木陰のドレイクが、短く呟く。


「……槍は、地面で振れ」


言葉少なすぎる助言に、ユアンは泥を吐き出しながらハッとする。


腕の力ではなく、足裏で地面を踏みしめ、腰から槍の柄へと力を伝達させる。


槍の石突を地面にしごき、大地に根を張るように低く構えた瞬間──。


(……なんだこれ……? 手首や肩の痛みが……消えた? まるで、足元から地面の重さが体に吸い込まれるみたいに……踏ん張りが利く……!)


仲間たちが引き揚げた後も、ユアンは一人、泥まみれになりながら槍をしごき続けていた。


何度も転び、擦りむき、十六歳の掌は血マメと泥で破れかけている。


だが、その瞳から焦燥は消え、静かな執念だけが宿っていた。


そこへ、日課の見回りをしていたウエスが立ち止まる。


「……剣を捨てて、槍に逃げるつもりか」


ユアンは突きを止め、息を荒げながら、泥と汗にまみれた顔でウエスをまっすぐに見つめ返した。


「……逃げてなんか、いません。どんな泥臭い道を網いずってでも……俺はあんたの隣に立つって決めたんです。剣へのこだわりなんかより、俺は……仲間を守れる強さが欲しい」


ウエスはしばらく黙ってユアンの破れた掌と、しっかりと地面を捉えている足元を見つめていたが──やがて、フッと小さく目を細めた。


「……右足が半歩甘い。槍は、足で踏め」


最小限の言葉だけを残し、ウエスは背を向けて歩き出す。


「……っ! はい……! ありがとうございます、隊長!」


月明かりの下、ユアンは包帯と薬を塗り終えた自分の手をじっと見つめている。


擦り切れた木槍の柄の感触が、まだ掌に残っていた。


「まだまだ……全然思い通りに動かせない。だけど……これなら、俺でも……!」


後ろから歩いてきたガレンが、ユアンの頭をぽんぽんと乱暴に撫でる。


「へっ、泥臭い顔してんなぁ。……まあ、サボって落ち込んでるよりは百倍マシだけどな」


「もう、ガレンったら。……ユアン、すごく様になってたわよ。体が治るまで、私も槍のサポート練習つきあうからね」


「体の使い方の理論なら、明日までに紙にまとめておくわ。……あなたの根気強さには、分析する価値があるもの」


柱の陰にたたずんでいたドレイクが、煙草の煙を吐き出し、口元をわずかに緩める。


「……泥を喰え。槍は、土と友になる」


それだけ言うと、ドレイクは深く顔を伏せ、静かに闇へと消えていった。


ユアンは力強く頷き、傍らに立てかけた木槍の柄をぎゅっと握りしめた。


後に「辺境騎士団の壁」となり、隊長ウエスの窮地を救うことになる“槍騎士ユアン”の第一歩が、静かに、泥の中から始まった──。

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