【第十五話】 力任せの答え合わせ
【交易路沿いの原生林】
「ブモォオオオッ!」
湿った森の中に、興奮したワイルドボアの低い咆哮が響き渡る。
体長二メートルを超える巨体と、太い突進角を持つ魔獣が三頭、泥を跳ね上げながら突っ込んできた。
「ハッ、言ったろ! こんな雑魚、俺一人で十分だってなぁ!」
ガレンが真っ先に飛び出した。
ウエスの教えなど「守ってやるものか」と言わんばかりに、持ち前の腕力と突破力で強引に一頭目の突進を大剣の腹で受け止め、力ずくで押し返す。
キィン!と甲高い音が響き、ワイルドボアが怯む。
だが、強引な力任せの受けをしたせいで、ガレンの体勢も大きく崩れた。
「ガレン、左だ!」
後ろからユアンの叫び声が飛ぶ。
二頭目が、体勢の崩れたガレンの死角から突進を仕掛けていた。
「――くそっ!?」
ガレンが強引に大剣を振り抜こうとしたその瞬間、身体の奥でウエスの言葉が嫌でも脳裏をよぎる。
『力を込めるな。風の流れに重なるように、最小限の重心移動でかわせ』
「……クソオッサンが余計なことを……!」
毒づきながらも、ガレンの身体は反射的にウエスの見せた「極小の回避」をなぞっていた。
強引に剣で受け止めようとするのをやめ、足裏全体で泥を滑らせるようにしてわずかに体を捻る。
ドスッ!
巨大な角が、ガレンの胸当ての数ミリ横をかすめて空を切った。
「――!?」
あまりにもあっさりと突進をかわすことができ、ガレン自身が一番驚いていた。
突進の勢いで前のめりになったワイルドボアの無防備な首筋へ、流れるような動作で大剣を振り下ろす。
ズバッ!
泥と血が舞い、一頭が泥の上に倒れ伏した。
「やった……!」
リアナが歓声を上げ、ミレイユが残る一頭へ牽制の氷弾を放つ。
ユアンも怯えることなく剣を構え、残りの処理に入った。
戦闘はものの数分で決着がついた。
【戦闘後・交易路】
「……ふん、見たかよ」
肩で息をしながら、ガレンは大剣の血を乱暴に拭った。
ウエスの顔など見ようともせず、意地を張るように鼻を鳴らす。
「言ったろ。オッサンの手なんか借りなくても、俺一人で片付けられたってな」
実際には、ウエスの技術を意識したおかげでかわせた一撃だった。
それを自分でも分かっているからこそ、ガレンの態度は余計にトゲトゲしく、気まずさを覆い隠すように荒くなっている。
ウエスは倒れたワイルドボアの死骸から静かに視線を上げ、ガレンを見つめた。
「……見事な回避だったな、ガレン」
「っ……!」
皮肉でもなく、本気で褒められたことに気づき、ガレンは一瞬言葉に詰まった。
顔が急速に熱くなるのが自分でも分かり、がしがしと頭を掻きむしる。
「……べ、別にオッサンの真似をしたわけじゃねえ! たまたま体がおかしく動いただけだ!」
ガレンはウエスから逃げるようにくるりと背を向けると、大声でユアンたちに叫んだ。
「おい! さっさと解体して戻るぞ! こんな泥臭い森、一刻も早くおさらばだ!」
歩き去るガレンの背中は、相変わらず突っ張ったままだ。
だが、その剣の握り方には、以前のような無駄な力みはなくなっていた。
「……相変わらず懐きませんね、あいつは」
ミレイユがウエスの隣に歩み寄り、苦笑いを浮かべた。
「ふっ……それでいい」
ウエスは短く応じ、自分の右手を見つめた。
(……一瞬、剣を抜こうとした時に指が強張ったな)
ガレンが危なくなった瞬間、助けに入ろうと剣に手をかけたウエスだったが、その一瞬、右手の感覚が途切れていたのだ。
ガレンが自力でかわしたから事なきを得たが、ウエスの不調は確実に深まりつつあった。
夕闇が迫る辺境の森で、ウエスは胸元の共鳴石をぎゅっと握りしめた。
王都から届く妻の優しい「音」を頼りに、自らの衰えと向き合いながら。




