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辺境の元英雄と光の癒し手 -共鳴の絆-  作者: もちすけ34


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【第十三話】光の癒し手

王都は、今日も穏やかな朝を迎えていた。


石畳を行き交う人々の声。

市場には焼きたてのパンの香りが漂い、城下町にはいつもと変わらぬ活気が満ちている。


その一角にある王国騎士団治療院。


「次の方、どうぞ」


柔らかな声が室内に響く。


白衣をまとったシーンは、小さな少女の前にしゃがみ込み、擦りむいた膝へそっと手を添えた。


「少しだけ温かくなりますからね」


淡い光が傷口を包む。


少女は驚いたように目を丸くし、やがて痛みが消えたことに気付くと、ぱっと笑顔を咲かせた。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


「ふふっ。もう転ばないように気を付けてね」


母親は何度も頭を下げ、少女の手を引いて治療院を後にした。


その笑顔を見送りながら、シーンも静かに微笑む。


次々と運ばれてくる患者。


騎士の切り傷。

老人の腰痛。

子どもの熱。


一人ひとりに丁寧に向き合い、笑顔で送り出していく。


誰かが治れば、それだけで嬉しい。


それが、シーンという女性だった。


昼休み。


窓際の椅子に腰掛け、温かい紅茶を口に運ぶ。


自然と手は胸元へ伸びた。


服の下で静かに揺れる共鳴石。

そっと握りしめる。


(今日は……忙しいのかな)


昨日、ほんの少しだけ共鳴したウエスの顔を思い出す。


いつも通り笑っていた。


『大丈夫』


その一言も、いつも通りだった。


なのに――。


(少し、疲れていたような……)


シーンは小さく首を振る。


「考えすぎね」


夫は昔から、人に心配をかけない人だった。

だからこそ、自分まで不安になってはいけない。


そう言い聞かせるように、紅茶を一口飲む。


しかし胸の奥に残った小さな違和感だけは、どうしても消えてくれなかった。


仕事を終えた夕暮れ。


同僚たちは家路につく。


「シーン、一緒に帰る?」


「ごめんなさい。少し寄りたい所があるの」


笑顔で手を振り、治療院を後にする。


向かった先は自宅ではない。


王立図書館。


重厚な扉を開けると、古い紙の香りが静かに迎えてくれた。


司書は見慣れた顔に微笑む。


「今日は医学書ですか?」


「ええ……少し調べたいことがあって」


そう答えながら、シーンは治癒術や人体、古代医術の棚へ歩いていく。


何冊もの本を机へ運び、一冊ずつ丁寧にページをめくる。


身体への負担。

魔力枯渇。

長期疲労。

古代治癒術。


目に留まるものは片端から読み進める。


(これも違う……)


ページを閉じる。

次の一冊を開く。


(これでもない……)


気付けば机には読み終えた本が山のように積み重なっていた。


それでも、求める答えは見つからない。


「シーン様」


穏やかな声に顔を上げると、司書が申し訳なさそうに微笑んでいた。


「間もなく閉館のお時間です」


「あっ……」


窓の外はすっかり夜になっていた。

思わず苦笑する。


「すみません。夢中になってしまって」


本を抱え直しながら、小さく息を吐く。


(何か……私にできることはないかな)


答えは見つからない。

それでも、その想いだけは少しも揺らがなかった。


図書館での調べ物を終え、シーンが帰宅した頃には、王都の夜は静まり返っていた。


扉を開けると、家の中に灯された柔らかな光が迎えてくれる。


「……おかえり、かあさん」


廊下の端で、セレンが眠そうな目をこすりながら立っていた。


「セレン? まだ起きていたの?」


「うん……なんか、胸がドキドキして……」


シーンはそっと膝をつき、息子の肩に手を置いた。


「怖い夢でも見たの?」


セレンは首を横に振る。

その仕草はどこか慎重で、言葉を選んでいるようだった。


「……石が、ちょっとだけ光った気がしたの」


胸元を押さえる。


そこには小さな共鳴石――家族用に加工された、淡い光を宿す石が揺れていた。


シーンは息を呑む。


「いつ?」


「さっき。かあさんが帰ってくる少し前」


(……私の石も、図書館で揺れた)


偶然とは思えなかった。


シーンはセレンを抱き寄せ、優しく髪を撫でる。


「大丈夫よ。お父さんは強い人だから」


「うん……でも、なんか……遠くで泣いてるみたいな感じがした」


その言葉は、シーンの胸へ小さな痛みを落とした。


セレンはまだ幼い。

それでも共鳴石の揺らぎに敏感なのは、生まれ持った感受性なのだろう。


「今日はもう寝ましょう。明日、また元気に起きられるようにね」


「……うん」


シーンはセレンを寝室へ連れていき、布団をかける。

セレンは安心したように目を閉じ、静かな寝息を立て始めた。


シーンは静かに部屋を出て、自室へ戻る。


灯りを落とすと、胸元の共鳴石をそっと手のひらで包み込んだ。


「……ウエス」


返事があるはずはない。

それでも、その名を呼ばずにはいられなかった。


昼間の違和感。

図書館で感じた微かな揺れ。

セレンの言葉。


すべてが胸の中で一つに重なっていく。


「聞こえているなら……無理しないで」


シーンは石をそっと胸元へ戻す。


「あなたの痛みが……少しでも軽くなる方法を、必ず見つけるから」


静かな部屋に、小さな誓いだけが残る。


胸元の温もりは、いつまでも消えることはなかった。

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