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辺境の元英雄と光の癒し手 -共鳴の絆-  作者: もちすけ34


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【第十一話】初めての向き合う悪意

ホブゴブリンとの死闘が終わり、駐屯地には一時の平穏が戻っていた。


しかし、ユアンの心だけは、あの戦いの日から取り残されたままであった。


「……また、置いていかれる」


夕暮れ時、宿舎の裏手で剣を振るう仲間の姿を遠巻きに見つめながら、ユアンは小さく拳を握りしめた。


あの戦いを経て、仲間たちは確実に変わった。それぞれの課題を見つけ、それを乗り越えようと前を向いている。


それなのに、自分だけはあの日の恐怖を引きずったまま、一歩も前に進めていない。

焦燥感だけが、泥のように足元にまとわりついていた。


そんな折、隊長のウエスから命じられたのは、駐屯地近くの町への「単独パトロール」だった。


「町の中だ、緊張しすぎるなよ」


出発際、先輩騎士のドレイクがポンと肩を叩いて送り出してくれたが、ユアンの胸のバクバクという高鳴りは一向に収まらなかった。


忍び寄る「人間の悪意」

夕暮れ時の町は、どこか活気に欠け、薄暗い影が長く伸びていた。


家路を急ぐ人々の足音が遠ざかる中、不意に、人気のない路地裏から「ドサリ」と重く濁った音が響いた。


ユアンは息を呑み、壁に身を潜めながら路地を覗き込んだ。


「おいおい、これだけか? 商売人ってのはもっと溜め込んでるもんだろ」


そこにいたのは、野盗の末端らしき三人の男たちだった。

地面に組み伏せられた商人の胸ぐらを掴み、下卑た笑みを浮かべている。


(い、行かなきゃ……僕は騎士だ……!)


ユアンは必死に自分を奮い立たせ、震える声を絞り出した。


「そ、そこまでだ! 武器を捨てて、その人から離れろ!」


男たちの視線が一斉にユアンに注がれる。

しかし、彼らの目に怯えはなかった。


ユアンの小刻みに震える膝、今にも逃げ出しそうな頼りない瞳、そして仕立ての良すぎる綺麗な装備。


それらを見定めた瞬間、男たちの顔に邪悪な嘲笑が浮かんだ。


「あァ? なんだ気取ったガキが。おい、その剣、人に突き刺す覚悟があって抜こうとしてんのか?」


一人の男がギラついたナイフを弄びながら、ゆっくりと近づいてくる。


その瞬間、ユアンの思考が真っ白に染まった。


魔物の目には、ただ飢えと凶暴性だけがあった。

しかし、いま目の前にいる男たちの目にあるのは、明確な「愉悦」と「欲」。


弱者をいたぶり、恐怖する姿を楽しもうとする、底知れない人間の悪意だった。


ツンと鼻を突く、生臭い鉄の臭い。


蛇に睨まれた蛙のように、ユアンの身体は完全に凍りついた。

教わったはずの呼吸法はどこかへ吹き飛び、酸素が上手く吸えない。


足はまるで地面に縫い付けられたかのように、一歩も動かなかった。


「腰抜けが。それは俺たちが貰っていくぜ」


男たちはユアンの横をすり抜ける際、その力のない手から商人の金袋をひったくった。

そして、抵抗する気力すら失った商人をどさりと突き飛ばし、暗闇の奥へと消えていった。


「……動けよ……っ、動いてくれよ、僕の足……!」


誰もいなくなった路地裏で、ユアンは自分の太ももを拳で何度も殴りつけた。


しかし、足はただガタガタと震えるばかりで、遠ざかる男たちの足音だけが、ユアンの鼓膜を容赦なく打ちのめしていた。


駐屯地での涙と、灯された光

泥まみれになり、失意のまま駐屯地へ戻ったユアンは、ウエスの前で膝をついた。


溢れそうになる涙を必死にこらえながら、震える声で事実を報告する。


「……申し訳、ありません……。僕は、ただ見ていることしか……」


「なんだと!?」


報告を聞くや否や、血気の多いガレンが机を叩いて立ち上がった。


「お前、騎士の面汚しが――」


怒鳴りかけようとしたが、その肩をドレイクが強い力で制した。

ドレイクは何も言わず、ただ沈痛な面持ちでユアンを見つめていた。


部屋を支配する重苦しい沈黙。


その中で、デスクの向こう側にいたウエスがゆっくりと立ち上がった。


彼はユアンの前に歩み寄ると、その場に膝をつき、泥を被ったユアンの瞳とまっすぐ視線を合わせた。


隊長が、自分と同じ目線にいる。

それだけで、ユアンの目から堪えていた涙がポロポロと溢れ落ちた。


「ユアン。魔物は飢えれば襲うが、人間は愉悦や欲で牙を剥く。それは魔物よりもタチが悪い」


ウエスの声は、どこまでも静かで、驚くほど優しかった。


「初めてその悪意に触れて、足がすくむのは、お前が正常な人間である証拠だ。恥じることはない。今日のその恐怖は、いつか次にお前が人間と対峙するとき、お前自身と、誰かを守るための強固な『盾』になる」


ユアンは溢れる涙を袖で乱暴に拭った。

胸の奥の焦りが、ウエスの言葉によって少しずつ形を変えていくのを感じていた。


まだ、震えは止まらない。

それでもユアンは、震える右手で腰の剣の柄を、今度は力強く握り直した。


ウエスは満足そうに小さく頷くと、すっと立ち上がり、部屋にいる全員に向かって短く告げた。


「明日から、基礎からやり直すぞ。――ユアン、お前はまだ折れていない」


その言葉は、冷え切っていたユアンの胸の奥に、消えることのない静かな灯火をともしたのだった。

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