ハイエナ少女達と妹のジェラシー
「おは~♪ ド変態親子♪ 朝から昨日みたいにイチャラブしちゃってアツアツじゃ~ん♪」
花梨が制服姿でリビングに飛び込んでくるなり、いつものメスガキスマイル全開で毒舌を炸裂させた。
「おはよう花梨。今日も絶好調みたいだね」
佑樹が穏やかな声で受け流した。
「花梨、おはよう。
ご飯の準備できてるから、早く食べなさい」
優香も柔らかい笑顔で言った。
花梨は佑樹の隣にドカッと腰を下ろし、トーストを乱暴に口へ運びながら、二人をじっくりと観察した。
(……コイツはともかく、ママまで私の嫌味が全く通用しないなんて!?)
いつもなら「花梨、言い過ぎよ」と困った顔をして注意してくる優香が、今日はただ優しく微笑んでいるだけだった。
その変化が、花梨の胸にチクチクと棘のように刺さる。
花梨は苛立ちを抑えきれずに、フォークを強く握りしめた。
「佑樹、私、お仕事に行く前にちょっと動物病院行ってくるわね。
この子たちを家の中で住まわせるなら、ちゃんと検査と治療をしてもらおうと思うの」
「「「ニャ~」」」
クロ、ミケ、シロの三匹が優香の足元で元気に鳴いた。
特にクロが嬉しそうに優香の脚に体をすり寄せ、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
「別に病院連れて行かなくても大丈夫だと思うけど……万が一のことがあるから、行った方がいいよね」
佑樹が静かに頷いた。
花梨がすぐに割り込んだ。
「ちょっとママ、この猫たちって庭に居着いてた子たちだよね? もしかして本気で飼うの?」
「そうよ、花梨。
あの人がいなくなったんだから、本格的にうちで迎え入れるの。
それとね花梨、この子たちを飼うんじゃなくて、家族の一員としてね♪」
優香はクロを抱き上げて頰ずりしながら、嬉しそうに言った。
「……あっそ、じゃあ勝手にしたら?
私、猫嫌いじゃないけど、好きでもないから面倒は見ないよ。
それでいいよね?」
花梨はそっぽを向いて言ったが、声の端々に不機嫌さが滲んでいた。
優香の猫好きは昔から知っている。
でも今日は、家族が増えることが素直に喜べなかった。
優香はそんな花梨の頭を優しく撫でた。
「花梨も、気が向いたら遊んであげてね。
きっとこの子たち、寂しがり屋さんだから」
「はんっ……勝手にしろってば……」
花梨はぶっきらぼうに答え、朝食を急いでかき込んだ。
朝食を終え、通学路。
珍しく佑樹と花梨が並んで歩いていた。
いつもは別行動なのに、今日はなぜかタイミングが合ってしまった。
「……オイ、ザコ兄貴」
「何?」
「まさかとは思うけど……昨日ママと何かイケないことしてないよね?
ママのお前を見る目が、すっごいヤらしかったぞ」
花梨が上目遣いに睨みながら、声を低くした。
「母さんとは別に何もしてないよ。
花梨がリビングのドアの隙間から覗き見てたこと以外はね」
「なっ!?……私が覗き見してたの、知ってたの!?」
花梨の足が急に止まった。
「気付いてなくても、そんなこと言うわけないだろ?
ド変態親子とか、イチャラブとか、アツアツとか……昨日見てなかったら絶対言わないよね?」
佑樹が淡々と、でもはっきりと言った。
花梨は言葉を失った。
あの陰キャだった兄が、こんなに堂々と正論を返してくるなんて信じられなかった。
「他に聞きたいことある?」
「うっさい! もういいっ!」
花梨は顔を真っ赤にして叫び、佑樹を置いて全力で走り出した。
(悔しいっ! アイツ……何なのよぉっ!!)
これまでずっと兄を見下して、マウントを取って、優越感に浸っていた。
それが昨日から完全に崩れ始めている。
悔しさと苛立ち、そしてわけのわからない胸の痛みが込み上げ、こぼれた涙を制服の袖で乱暴に拭いながら、花梨は学校へ向かった。
昼休み。
花梨はクラスの女子たちと机を囲んで、いつものように騒いでいた。
「でさでさ~♪ これどうよぉ~?」
「お前ガチで~? それヤバくねぇ~?」
「ギャハハ~♪ ウケる~♪」
明るい笑い声が教室に響く。
他のグループも同じように賑やかで、中1らしい騒がしい昼休みだった。
突然、一人の女子が話題を変えた。
「ねぇ花梨さぁ~、アンタの兄貴ってなんかあったん?」
「は? あのザコ兄貴がどうしたの?」
花梨は笑顔を保とうとしたが、内心がざわついた。
「なんかさ~、そのザコ兄貴って前まで陰キャ全開で存在感ゼロだったじゃん?
昨日廊下ですれ違ったんだけど、別人みたいになっててさぁ~」
「ウチも思った! 天音君、急にイキイキしてるっていうか……なんか大人っぽくなったよね?」
「……」
花梨のメスガキスマイルが完全に消えた。
「佑ちん、良く見たら結構イケメンだよね~? 同い年とは思えないくらい落ち着いてて、影があってカッコいいよね~♪」
「私もそう思う~! 凛としてるし~佑樹にコクっちゃおっかな~♪」
ドクンッ!
花梨の心臓が大きく跳ねた。
今時の中学生らしく、面識もないのに馴れ馴れしく「佑ちん」などと呼び捨てにする女子たちを見て、花梨の胸の奥で怒りと嫉妬が激しく渦巻いていく。
(何よコイツら……! ザコのアイツがモテるなんて、絶対に認めない……絶対に認めないんだからぁっ!)
その時、積極的な女子が勢いよく立ち上がった。
「良~っし! あたし決めたっ!」
「何々~? アンタ何決めたん~?」
「あたしぃ~、天音君に玉砕覚悟でコクる!」
ブチッ!!
花梨の中で何かが決壊した。
「やめろぉぉっ!!!」
クラス中に響き渡る大声だった。
怒り、苛立ち、嫉妬、裏切り感――全ての感情が混じり合った叫びが、女子たちの視線を一瞬で集めた。
その頃、佑樹は体育館倉庫で備品の整理を手伝っていた。
「天音君、ごめんね。
ボクが君以外に頼める人がいなくて……」
「いいよ、倉敷さん。
それでこのマットはこの辺りでいい?」
「うん、それさえやってくれたら終わりだから」
佑樹はクラスメートの倉敷悠亜に頼まれて、体育の備品運びを手伝っていた。
悠亜は黒髪ショートのクールで整った顔立ちのスポーティーなイケメン系美少女で、同性からも人気の高いボクっ娘である。
「ねえ天音君、最近ちょっと変わった?」
「変わったって、何が?」
「ちょっと前までみんなをあからさまに避けてた天音君が、最近は堂々とするようになって……顔付きっていうか、目が活き活きしてるんだよね」
悠亜が少し真剣な目で佑樹を見つめた。
悠亜にまで佑樹の変化に気付かれれば、最早卒業までの普通の陰キャ生活は絶望的で、別の意味で目立つ生活が彼を待っている。
だが佑樹は動揺することなく、静かに答えた。
「ボクも上手く言えないけど、もう逃げることに疲れたんだ。色々あって、ボクはそれらに向き合わずに目をそらして逃げ続けてた。でもね、分かったんだ。逃げたところで何も変わりはしないって」
「……それだけ?他に何かあるんじゃないかってボクは思うけど……でも、安心したよ。君には色々と事情があるんだろうし、天音君がきちんと前を向いて歩いてるんだなって分かったから」
佑樹が何か隠していると感付くも、敢えてこれ以上追及しない悠亜は爽やかなスマイルを浮かべてそう言った。
彼女は小学生の頃から、陰キャで誰とも深く関わろうとしなかった佑樹を、影ながら心配し、気にかけていた数少ない存在だった。
「ねえ天音君、あのね……」
『1年生D組の天音佑樹君、至急保健室に来て下さい。
繰り返します、1年生D組の天音佑樹君、至急保健室に来て下さい』
突然の校内放送が何か言いたそうな悠亜の言葉を遮った。
「倉敷さん、ごめんね。呼ばれたから保健室に行ってくるよ」
佑樹は小さくため息をつき、悠亜に軽く会釈をして保健室に向かって歩き出した。




