8話 元国民的子役、チャンネルを作る。
いよいよ今日の本題であるパソコンの設置。場所はリビング。一緒に購入したパソコンデスクもリビングに設置することに決めた。
「防音とかは……大丈夫そうだな」
段ボールをカッターで開封しながら、一人納得して頷いてみる。
「うん、そこは買う時もだいぶ気を使ったからね。実際全然音なんて聞こえないよ。まるで誰も住んでないみたいに」
「誰も住んでないんじゃねぇ?」
「え、こわ。やめてよ」
まずはパソコンデスクを組み立てる。十和子は近くに座り、俺の作業をじっと眺めている。
「なにかやることある?」
「そうだなぁ、じゃあ段ボールの片付けと、掃除お願いしようかな。割と段ボールカスが散らばるんですよ」
「おっけー」
パソコンデスクはコの字型の作業スペースの広い大きなもの。色は十和子の希望で白。おそらく、今日の作業工程の大半はこのデスクの組み立てに費やされるだろう。
「いつからここ住んでんの?」
作業をしながら問いかける。
「去年の五月から。ちゃんと両親の許可はもらってるから平気だよ」
去年って、中学三年だろ。14歳。それで一人暮らしの許可をするって、本当にいいのか?
「ご、ご両親はちょくちょく来るんだよな?様子見に来たり、心配してるんじゃないか?」
十和子は涼しい顔で思い返すように首を傾げる。
「買うときに一度一緒に来たくらいかな。私信用されてるから」
俺がどんな表情をしていたのかは自分ではわからない。だけど、十和子は俺の顔を見て安心させるように笑う。
「大丈夫。私もパパもママもちゃんと仲がいいから。メッセージのやり取りだってよくするんだから。ほら、証拠見る?」
そう言ってスマホを取り出し、家族のトーク画面を見せてくる。だけど、それを凝視して精査するようなキモさはあいにくと持ち合わせていない。
「私のことはいいの。イツキは?ちゃんとお父さんと会ってる?」
「正月に会ったよ。お年玉と、ちょっと早いけどって入学祝い貰った」
「へぇ~。私も入学祝いあげよっか?」
「なんでやねん」
雑な関西弁でバッサリと切る。
そんな世間話をしながらも作業は進む。十和子は思い出したように冷蔵庫に向かい、洒落たカットグラスに注いだ麦茶を持ってきてくれる。グラスは二つ、デザインは全然違うものだ。
よく見ると、椅子も、グラスも、カトラリー類も、すべてが一組ずつしかない。来客を想定していない、徹底して『一人』を前提とした暮らし。そんな勝手な邪推を胸の奥に隠し、俺は差し出されたグラスに手を伸ばす。
「さんきゅー」
「ミントスコーラのほうがよかった?」
「麦茶で安心した」
俺の軽口にクスリと笑いながら、十和子は俺の座る少し左を指さす。
「ちなみに、被害現場はその辺です」
「高級マンションが泣いてるぞ」
そして、ついに純白のPCデスクが完成。それにお揃いの色をした俺でも名を知っているお高い椅子を合わせる。十和子は『おおー』と歓声を上げながら、パチパチと拍手をする。
残すは本丸、PCの設置・セッティング。とはいえ、物理的にはさほどの手間ではない。大きめのモニターを設置して、白いゲーミングPCを設置する。キーボードも、マウスも、十和子の希望で全部白だ。
「ひとまず、オッケーかな。そんじゃ十和子さん、電源ボタンお願いしまっす」
「はーい」
十和子は楽しそうに、すらりと長い人差し指でパソコンの電源ボタンを押す。
真っ黒の画面にロゴが揺れ、すぐに設定画面に切り替わる。何の変哲もないはずのその画面を、十和子はキラキラした瞳で、瞬きもせずに見つめていて、『おぉ』と吐息を漏らした。
パソコンを起動してから、四苦八苦しながら機材の接続やらインストールを続けていく。トラッキング用の機材、オーディオインターフェイス、マイク。使い方はまだまだ勉強中だ。
そして、スマホスタンドも設置。
「スマホ?」
「そう。調べてみると、表情のトラッキングは高価な専用のカメラとかじゃなくて、顔認証のついてるリンゴのスマホが最適解なんだってさ。なんか変な感じだよな」
「へぇ」
椅子に座り、カタカタと作業を続ける。十和子は椅子の背もたれに手を乗せて、俺の後ろからそれを眺める。
「あ」
思い出したように、耳のすぐ後ろで声がする。
「チャンネル。今日作っちゃおうよ」
ワクワクを隠し切れない声に思わず振り返る。
「いいな。作っちまおう」
思いがけず顔が近くて少し焦ったが、まぁそれはそれ。
チャンネルを作るのであれば、主体は当然十和子だ。席を交代して今度は俺が後ろで眺める番だ。
「と・わ・こ・ん・ちゃ・ん・ね・る」
一音ずつ区切りながら、リズミカルに、歌うように十和子は文字を打つ。概要欄とかアイコンは後回しでいい。まずはとにかくチャンネル作成。
最後に十和子はエンターボタンを押す。すると、この世界にtoWako’nチャンネルが誕生した。
世界でまだ俺と十和子しか知らない、『柊ワコ』と十和子のチャンネルだ。
「作っちゃった」
振り返ると、少し高揚した様子で十和子はそう言った。
登録者数は当然0人。満足げに十和子が見つめるその数字は、次の瞬間『1人』に変わる。
「えっ!?あれ!?イツキ!登録者数!増えてるんだけど!?1人!」
興奮した声を上げる十和子。対照的にスマホ片手に俺は冷静に頷く。
「あぁ、それ俺。今登録した」
「えぇ!?ズルくない!?じゃあ私も――、あれ!?出来なくない!?」
キャスター付きの椅子を右へ左へと回しながら、十和子の表情も感情もころころと目まぐるしく変わる。
「ご本人はね、登録できないんすよ」
「ズルすぎるんだがぁ!?私だって登録したいのに!」
優しく微笑みながら教えてあげたのだが、十和子は椅子を回しながらまだ不公平を嘆いている。
「はいはい、それはいいから次は各種SNSのアカウントも作らないとな。事務所時代のは使えないんだから」
「でもなぁ〜、せっかく作ってもなぁ〜、フォロワー0人だとなぁ〜」
スマホをポチポチしながら十和子がこれみよがしにチラチラと俺をのぞき見てくる。
「心配すんな、秒で1人増えるから」
望んだ答えのようで、十和子は満更でもなさそうな顔で口元を弛める。
「へぇ、そうなんだ。なんでかわからないけど、それなら作ろっかな」
「……白々しい。あ。一応言っとくけど、お前は俺のフォローするなよ」
「なによその意地悪は。分かった、どうせ見られたら困るような画像ばっか見てるんでしょ?やましいことがあるからそんなこと言ってるんでしょ?」
「ワコの画像をやましいものと言うならそうなるな。じゃなくて。一般人を真っ先にフォローしてたらおかしいだろ?あらぬ誤解を招いたら困る」
十和子はまっさらなPCデスクに突っ伏して、またまた不平感を露わにする。
「分かってるけどさぁ。ずるくない?」
「全然ずるくありません。はい、次。作れ作れ」
短文投稿用、画像投稿用、ショート動画用。合計三つのアカウントを開設する。そして、アイコンにはアバター発注に使った俺の描いた柊ワコのイラスト。
『柊ワコです!トワコンチャンネルっていうのを作ったよ。ただいま配信準備中。誰も見なくてもやっちゃうよ!お楽しみに』
インターネットの片隅で、柊ワコは再び産声を上げた。




