7話 孤城
『放課後空けといて』
休み時間、十和子からのメッセージ。なぜかいつもコンビニで買ったパンを開くと同時にメッセージが鳴る。
『今日委員会なんで、それ終わってからでよければ』
『へぇ。なに委員?』
『園芸委員』
シュポっと音が鳴り、青ざめたインコのスタンプが届く。
『初耳なんだけど』
『まぁ言ってないからな』
柊ワコが笑顔で親指を立てるスタンプを返す。
『それ』
あまり間を置かずにメッセージは続く。
『もう売ってないから大事に使いなね』
思わぬ一言に目を見開いて動きが止まる。そうか。事務所と契約解除になったんだから、公式スタンプとかの販売ももう終わっているのか。少し考えればわかることのはずなのに、己の察しの悪さに腹が立つ。
「イツキ、どしたー?」
机を囲む浦原がパックジュースのストローをくわえながら問いかける。
「あー、いや。『柊ワコ』のスタンプ、もう売ってないんだって。販売終了」
「マ……?マ!?マジじゃん!よかったー、買ってて!」
スマホで即座に調べた浦原は歓喜の声を上げてスタンプを連打する。シュポシュポシュポと音を立てて、俺のスマホにワコがお礼を言っているスタンプが連投される。
「君たち本当ワコ好きだね」
机を囲むもう一人の友人が、俺と浦原のやり取りをほほえましく眺めながら笑う。
「いや、好きとかじゃなくて――」
「すーはい、でしょ?」
俺の言葉を遮って浦原はケラケラと笑う。
――放課後。
花壇やプランターの花がら摘みや、写真などの記録を取るのが園芸委員の日々の仕事。曜日ごとに交代で行い、俺は大体水曜日が担当だ。
大体一時間くらいの作業を終えて、ほかの園芸委員の子と一緒に日報を提出して業務は終了。
「ゴミ袋、俺捨てとくから上がっちゃってよ。お疲れさん」
ひらひらと手を振り、雑草や枯れ葉が入ったごみ袋をゴミ捨て場に持っていく。
さて、と思いスマホを取り出すと十和子からはメッセージは来ていない。
『終わったぞー』
メッセージを送るとすぐに既読になる。
『お疲れ様。校門にいるから』
「え」
一人で思わず声が出てしまう。
息を切らせて、急いで校門に向かう。下校する生徒たちが皆一様に門の脇を振り返っているので、姿は見えないがそこに十和子がいることがわかる。
「な……、なんでいんの?」
案の定、門を出たすぐの壁に寄りかかりスマホを眺める十和子を発見。制服姿で黒いマスクを付けた十和子はチラリと視線を上げて俺を見つけると、切れ長の目元が少し弛み、小さく手をあげた。
「待っててあげたのにその言い草ひどくない?昨日パソコン届いてるからセッティングしてよ」
先日の機材買い出しで、十和子が即決で購入したゲーミングPC。メモリもグラボもモリモリ積んだハイエンドな機種。値段はちょっと考えたくない。
「それは別に構わないけどさ。親御さんとかいるならちょっと緊張しちまうよなぁ」
同じ幼稚園の藍沢です、と言って思い出してもらえる自信はない。なんせ卒園以降十年近くたっている訳だから。冗談半分の軽口を聞いて、十和子はマスク越しにニコリと笑う。
「それなら大丈夫。私一人暮らしだから」
「お、そっか。それならよかった……、とはならねぇよなぁ!?」
つい大きな声を出してしまうが、十和子は意に介さず笑顔で言葉を続ける。
「安心した?」
「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ柊木さん。それはそれでまた別の問題が発生した気がするんだけど、気のせいか?」
「別に問題ないでしょ。ほら、いいから行くよ。イツキが大きな声出すからみんな見てるよ」
そう言って十和子は俺の制服を引き、周囲を見ると確かに下校中の生徒たちも足を止めて俺たちのやり取りを眺めていた。
「そ、そうっすね。行きますかね」
――学校を離れ、電車に乗ること約10分。
俺の目の前には広いエントランスの高級マンションがあった。
「賃貸?」
「ううん、分譲」
「ですよねー」
マンションと聞いて勝手に一般的な賃貸マンションを想像してしまった自分の想像力のなさを呪う。そりゃそうだよな、そうなるよ。
「あっ、でも……!1LDKだから!そんなに広くないから!」
「はいはい、丁寧な前フリありがとうございまーっす。えーっと」
入口に掲げられたマンション名のプレートを見て検索しようとすると、十和子の手がスマホを遮る。
「ちょっとぉ!検索禁止!」
「いや、おいくらくらいなのかなぁって」
「まぁまぁそこそこ結構な値段!」
十和子に背中を押されながらオートロックの自動ドアを通り過ぎる。自動ドアの手前には警備さんが常駐している部屋が見えた。
「仕事が減って、焦って買ったんだけどさ。買ってからも普通に維持費かかるんだよね。家賃?とあんま変わんないよ」
「そういうもんですか」
18階建てのマンションの12階。その通路の一番先のいわゆる角部屋。そこが十和子の家らしい。
「はい、どうぞ。いらっしゃい」
「お、おじゃましまーっす……」
一歩足を踏み入れて、ドアが閉まる。それだけで、そこはまるで別世界のように静謐な空間に変わる。
その場できょろきょろと辺りを見渡す俺を見て、十和子はクスリと笑う。
「なんか珍しいものあった?」
「今のところ全部、かな」
「あ、そう」
玄関先に取り残された俺の靴のなんと場違いなことよ。せめて、と思いきれいにきちんと並べてみる。
「ここがトイレで~、お風呂はこっち」
「きれいすぎて使えねぇよ、こんなトイレ」
「え。漏らすのはやめてよね」
比喩だよ、比喩。十和子によるルームツアー中にどうにも気になったことが一つ。聞いていいのか少し考えてやっぱり聞いてみる。
「なぁ、部屋入った時から気になってるんだけど。この匂い、なんなの?」
スンスンと鼻を鳴らして聞いてみると、俺を先導する十和子は後ろで見ていてわかるくらいにビクッと身じろぎし、ぎこちない笑いとともに振り返る。
「え。あ、ごめん。なんか変な臭い……した?」
「なんでやねん。逆逆。このいい匂いは何の匂いなんですかねー?って話」
それを聞いた十和子は胸を押さえて大きく息を吐いてから、ハッと思い出したようにジト目を俺に向ける。
「言い方、紛らわしすぎるんですけど」
「ははは、それは悪い」
十和子は洗面台の隅に置かれたガラス容器を手に取り、俺に差し出す。そこには線香によく似た棒状の何かが数本入っていた。
「ん。これ。いい匂いでしょ?私も好きなんだ」
「へぇ。あー、確かに。これか。これもお高いの?」
ついまた値段を聞いてしまう庶民性。十和子は洗面台の下から新品のそれを取り出して俺に手渡す。どこかで見たことのあるパッケージ。
「ううん、全然。これ100均だもん。色々試したけど、これが一番好きなんだ。いっぱい買ってるからあげるね」
「マジか」
そして、さらに取り出した高級感のあるパッケージのものをその上に乗せる。
「で、こっちが一箱8000円のやつと、いくらか忘れたやつ。もう使わないからあげる。使い比べしてみなよ」
「俺の部屋に似合いますかねぇ……」
そして次はリビングとダイニングキッチン。広い。かなり広い。そして、物がほとんどない。本当にここで生活してるの?と疑問に思うくらいものがなく、その中心にて異質な存在感を放っているのが、PCショップのロゴがついた巨大な段ボール群。
「パソコン、どこに置いたらいいかな?」
「不都合なければここでもいいと思うけど、他にはどんな選択肢があんの?」
「ん?ベッドの部屋。見る?」
「いや、結構」
俺の返事に意味はなく、十和子はリビングから続く部屋を開き、手招きする。
「はい、ここが寝室で~す」
「聞いてねぇ~。そうやってイケメン俳優連れ込んでるんじゃないだろうな」
他意のない軽口のつもりだったのだが、十和子の表情はスンと冷たく変わり、ビシッと力強く床を指さす。
「は?親以外初めてなんですが?正座。それは言って悪い冗談ってわかんないかなぁ?」
「あ、すいませんでした」
正座のまましばらくお説教を受けたあと、俺は痺れる足でパソコンの設置を続けた――。




