6話 全部盛り
「な、なぁ十和子。本当に俺もお金出さなくていいのか?」
週末、電気街に向かう電車の中で問いかけると、キャップを深めに被った十和子はきょとんと首を傾げる。
「ん?なんでイツキが出すの?あ。出資者になりたいとか?」
「そういうんじゃねぇけどさ。でも金額が金額だし……」
「じゃあ半分出して」
そう言ってからキャップのつばの向こう側で十和子は悪戯そうに笑う。
「って言われても困るでしょ?」
143万円。ただの高校生が『気にしなくていいよ』と言われて、はいそうですかと流せる額ではない。おそらく相場より遥かに高いその金額は、Live2Dアバターの発注費用だ。
『イツキ、わかってると思うけど私本気だから』
そう言って十和子が選んだのは俺がネットで探したどの案よりも高額な個人モデラーだった。いわゆる全部盛り。著作権の譲渡や元データ、アフターケアも含めた全部をひっくるめての総額だ。
俺の提供した何枚かの絵と何十枚かのラフや設定画を元に、二週間後には動作確認用の簡易的なモデルが上がるらしい。
「あ」
降りる駅が近づき、席を立ちながら、十和子はおそらく申し訳なさとか無力感を感じていた俺の表情を覗き込みながら言葉を続けた。
「本当に気にすることないから。だって、イツキは絵をくれたじゃん。それで十分過ぎるんだけど」
そんな一言で少し許された気になってしまう単純な俺。
「じゃ、じゃあ。それで折半ってことでいいか。俺の絵はお安くないからなぁ」
どれだけ時間をかけて描いたとしても、70万の価値があるだなんて傲慢なことは本心では言えはしない。その言葉を待ってましたとばかりに十和子は得意げに笑いながら指折り数える。
「無限リテイク権、永久アフターケア権、永久専属契約、衣装差分永久保証、などなど。全部ひっくるめてその金額は安くない?」
あまりに無茶でストレートな要求に、つい俺も笑ってしまう。
「永久って言葉多くねぇか?」
そして、電車を降りて駅を出る。
PC、マイク、オーディオインターフェイス、トラッキング用の機材。ウェブで買うよりも実際に実物を見て触れて買った方がいいと思ったので、訪れた電気街。
「おねーさん!超カッコいいね!モデルとかやってんの!?」
駅を出て二、三分。スーツ姿の軽そうな男性が十和子に声を掛けてくる。
「してません」
視線もやらず、足を止めることもなく十和子は答える。これは噂に聞くスカウトの類か?
「芸能界とか興味ない?大丈夫、うち大手だから。超安心。全然怪しくないからさ」
そう言ってスカウト氏は十和子に並んで歩きながら名刺を差し出して、十和子は『ヴァルハラプロモーション』と書かれたそれを一瞥する。
「へぇ。ヴァルプロって超大手じゃん」
とっかかりを掴んだとばかりに、スカウト氏の口が回る。
「そう!知ってるでしょ!?君ならすぐにトップタレントになれる!彼氏くんもそう思うだろ?」
「や。そういうのじゃないんで」
「ヴァルプロの社長は神原さんだよね?」
スマホを触りながら十和子はスカウト氏に問い、彼の反応を待たずにスマホを差し出す。笑顔もなく、ぞっとするほどの冷たい表情で差し出されたそのスマホには『神原主税』の名前と電話番号が表示されていた。
――あとで知ったところ、ヴァルプロにはすでに断られていたらしい。
「はい。じゃあ掛けてみてよ。柊木十和子をスカウトしたいって言ってみて」
「え……」
思わぬ反応にスカウト氏は絶句してしまい、それを見て少し苛立った様子の十和子はスマホを彼の眼前へと向ける。
「トップタレントになれるんでしょ?掛けてよ。ほら」
十和子が柊ワコの本名と知っているかどうかは知らないが、どう考えても訳アリな人物と悟り、スカウト氏は苦笑いを浮かべて口をつぐむ。
「もういい?行こ、イツキ」
呆れ顔の十和子は黒髪を揺らして足を進める。スカウト氏は、もう追っては来なかった。
「……はぁ」
しばらく歩くと、十和子は俯いてため息をついた。
「意地悪しちゃった。あの人も仕事なのに」
「しょうがねぇよ。声掛けてきたのはあっちだし。でも、中々見る目のあるスカウトさんだよな」
幼馴染の贔屓目を差し引いても、十和子の外見が並外れて整っていることは分かる。それに加えてオーラと言うか雰囲気がある。駅を出てすぐスカウトされるのも納得なくらいに。
本当にイメージが違うくらいで使われなくなるのか?この十和子が?
気を取り直して、機材購入。アバター発注の時点で分かっていたことだけど、十和子は言葉通り本気だった。
時代を築いた子役の収入がどのくらいのものなのか知る由もないが、数十万円のゲーミングPCを十和子は躊躇いなく購入を決める。
「……すげぇなぁ。俺なんて昼飯のおにぎりですら悩むのに」
悩んだ結果安い惣菜パンにすることがほとんどだ。そんな庶民の悩みを聞いて、十和子は楽しそうにクスクスと笑う。
「わかる。最近おにぎり高いもんね」
「それがわかるやつは143万即決で出さないんすよ」
そんな十和子に白い目を向けつつ、わざとらしくイヤミを言ってみる。
すると、十和子はスッキリとした涼しげな顔で言葉を返す。
「かもね。……私貯金あと3000万ちょっとあるんだけどさ」
「3000万……」
それが多いのか少ないのか、俺にはいまいちピンと来ない。間抜けに復唱するしかできない俺に、少しおどけたそぶりと口調で十和子は語る。
「マンション買っても月々お金は出ていくし、子役時代に稼いだこのお金を節約しながら生きていかなきゃいけないんだ〜」
そう言って、その顔は不敵な笑みに変わる。
「って、思ってた。でも、それって文字通り過去の遺産を食いつぶしてるだけなんだよね」
週末の昼間、人々で賑わう電気街の真ん中で、十和子は大きく両手を広げた。
「だから、未来にお金を使うことに決めたの」
――まるで、映画かドラマの撮影をしているように見えた。
道ゆく人もみんな十和子を見ていたので、俺だけの錯覚ではないんだと思う。
「節約はする。でもケチらない。わかった?」
決意が、覚悟が違った。過去の遺産で安泰に生きるのではなく、自分の意志で『未来』を買うという強さ。俺は急に自分の軽率な言葉が恥ずかしくなり、十和子に頭を下げる。
「ごめん。全然分かってなかった」
それは十和子の予想外の言葉だったようで、一瞬間を置いたあとで、十和子は俺の頭をわしわしと撫で回す。
「ふふん、でしょ?ちょっと前の私なら考えられない出費なんだからね。でも、素直に謝れるのは偉いね。超偉いっ」
嬉しそうに、弾む声で十和子は俺の頭を撫でる。
「お詫びに昼飯奢らせてくれ。節約に協力するわ」
「おっ、いいの?なんでもいい?」
「常識の範囲内なら。お前の『節約』の定義を信じるぞ」
十和子は腕を組んで首を捻る。
「えーっとね、じゃあ〜」
辺りを見渡し、ピンと閃いた顔で指を立てる。
「牛丼。牛丼デートなんて……、高校生っぽくて良くない?」
「あれ?でぇと?機材買い出しだったはずだが……」
意地悪くとぼけてはぐらかすと、十和子は楽しそうに笑いながらキャップを脱ぎ、俺の頭に被せてくる。
「あ、そう。じゃあ機材買い出し牛丼デートでいいんじゃん?」
「すぐ全部盛りしやがる」
当然、買い物を終えてから訪れた牛丼店で、十和子が頼んだ牛丼には『これでもか』というほどのたくさんのトッピングが載っていた――。




