71話 おさるのあそびば
――業界最大手芸能プロダクション・ヴァルハラプロモーション、解体。
そんな衝撃的なニュースはヴァルプロ醜聞の第一報から一か月もしないうちに報道された。創業者であり代表取締役社長の神原主税氏は近いうちに逮捕されるそうだ。
「梓のところも大変ね」
俺の膝に頭をのせて、難しい顔で新聞を広げながら十和子は呟いた。
「人の膝の上でのんきなこと言ってんなよ。電話くらいしてあげろっつの」
十和子は新聞をワサワサと俺の顔に近づけていたずらをしながら口を尖らせる。
「大丈夫。もうすぐ来るから」
「なんでも急だな、お前は」
それからそう間を置かず、インターフォンが鳴る。
「うあぁ~っ、いそがし~っ、つっかれたぁ~。トワコ癒してぇ~」
靴を脱ぐなり時鳥さんは十和子に飛びつき、十和子はそれを抱きとめるとそのままよしよしと頭を撫でる。
「本当、お疲れ様」
「だっこしてぇ~」
「甘えんな」
十和子と時鳥さんが室内に来たのを見て俺は帰り支度をする。十和子にべったりとくっついた時鳥さんは咎めるように俺をジト目で見る。
「お?イツキくんはあたしのこと嫌い?あたしが来たらすぐ帰っちゃうなんて」
「いやいや、お邪魔かなと思いましてね」
俺の羽織ったコートの裾を時鳥さんは笑顔で引く。
「まぁまぁ、ゆっくりしていきなよ。ちょうどイツキくんにも話あるし」
「俺に話?」
一度着たコートを脱いで、三人分のお茶を淹れて、テーブルを囲む。
「はぁ~、温まるねぇ。イツキくんの淹れてくれたお茶最高っ」
「ふふん、当然」
十和子が我が事のように得意げにドヤ顔を決める。
「いや、でもマジで大変っすね。最大手ってからにはかなりのタレントさんが所属してるんすよね?その人らどうなるんですか?」
「まぁ基本的に会社が悪いだけで所属タレントは悪くないしね。みんな他の事務所に移籍してるよ」
自分で持ってきた手土産を自分で開いて、自分で食べる時鳥さん。本当に自由だ。
「梓は?」
ほんの少し心配そうに十和子が問う。時鳥さんであれば引く手あまただろうけれど、大きければいいわけじゃないのは今回のヴァルプロの一件が証明している。小学校に入る前からずっと一緒だった会社がこんなことになったんだから、明るくふるまってはいるけれど、内心ショックなのは間違いないはず。
「あたし?本当に色んな事務所からお誘いがあったんだけど~」
ポケットから無造作に何枚もの名刺を取り出し、カードゲームのように机に並べる。その中にはかつて十和子が所属した事務所の名もあった。
そして、そのすべてを吹き飛ばすようにA4サイズの封筒を一枚テーブルに置く。比喩でなく、名刺たちはテーブルの下へと飛び去って行くが、俺と十和子の興味はもうそこには無い。
封筒の中身は書類。定款、設立登記申請書、法人設立届出書、など。
時鳥さんは満面の笑顔で両手を広げて見せる。
「自分で個人事務所作っちゃったぁ」
俺は唖然として、十和子は楽しそうに笑う。
「っふふふ、梓らしい」
株式会社・おさるのあそびば。代表取締役社長・時鳥梓。
「かわいい名前」
「へへへ、でしょ?」
明るく笑ってから腕を組んで難しい顔で頭を捻る。
「本当に手続きとか大変だったんだよ~。パパに手伝ってもらったりしながらなんとかね。今のところ今まで出てた番組とかは継続してくれてるけど、弱小個人事務所だからこの先どうなるか先行き不安なんだよねぇ~」
僅かに心配そうに目元を動かした十和子の表情を逃さず、時鳥さんは両手を合わせて十和子に頼み込む。
「だからトワコお願~い。あたしの事務所入って~。かわいそうな梓ちゃんを助けて~」
わざとらしいくらいあざとくそうお願いをして、ペロリと舌を出す。
十和子は嬉しそうに、あきれ顔で、困り顔で、小さくため息をつく。
「私でいいの?」
「ばかたれ。最っ強戦力じゃん!」
力強く、一切の迷いなく時鳥さんは言い切る。
「もちろん、ワコじゃないよ。あたしはトワコにオファーを出したんだから。そっちの活動に当事務所は関与しないので、今まで通り二人でよろしくやってくださいっ」
時鳥さんならそう言うと思いつつ、最初の言葉を思い出す。
「で、時鳥さん。俺に話ってのは……」
うぬぼれでなく、自意識過剰でなく、この流れで話なんて一つしかない。
時鳥さんはニッと笑い、俺にも両手を合わせてウィンクをする。
「イツキくんも入ってぇ!優秀な裏方超欲しい~っ。給料今の百倍出すから~」
「俺今お給料ゼロなんすよ」
「あはは、知ってる。ゼロはいくら掛けてもゼロだねぇ。残念――」
「やろっ!」
時鳥さんの笑いを遮り、十和子が声を上げる。 初めてのキッズスペースを目の前にした子供のように両手を握りしめ、瞳を輝かせた十和子に向ける言葉なんて一つしかないに決まっている。
俺は時鳥さんにペコリと頭を下げる。
「そんじゃお世話になります、社長」
「ぶっぶー、梓ちゃんって呼ばないやつはクビで~っす」
「一切遠慮のないパワハラすげぇな」
「あはは、じゃあ私もクビだね」
書類を眺めながら十和子が笑い、時鳥さんはビクッと身じろぐ。
「トワコは別っ!トワコは梓でいいから!あっ、でも?……たまには?……梓ちゃんって呼んでくれても?」
「呼ばないけど?」
書類を手にクスクスと笑う十和子。次の瞬間、その眉が寄る。
「んんん?」
「どした~?」
「会社の住所なんだけど……」
十和子は俺の意見を聞くように、書類を指さす。そこに記されている住所のは、見慣れた住所――、~レジデンス1401号室。
時鳥さんはいたずらがばれた子供のような顔で、上を指さして悪びれず答える。
「あっは~、買っちった。ここの14階」
「本気ぃ!?」
「本気本気。お泊り会!女子会しよっ」
「……するけどさぁ」
「やったぁ!」
本当に嬉しそうに、時鳥さんはパチパチと両手を叩く。
こうして、新会社・『おさるのあそびば』は発足した。
時鳥さんの仕事は早く、――もしかすると、十和子が受ける前から用意していたのかもしれないけれど、十和子の初仕事は決まる。
『真夜中ガラクタオーケストラ』
新人女優・柊木十和子のデビュー作だ――。




