65話 全部教えて。
12月に入り、少しだけ気になることがある。
『動画チャンネルを開設しました。毎週日曜の九時に動画投稿するから、ファンのみんな絶対見てくれよな!』
『なんと!この度ゲーム配信をすることになりましたぁ!毎週日曜の午後九時は、みら~のチャンネル!チャンネル登録お願いしま~っす♪』
人気芸能人の動画チャンネル開設が続いている。それ自体は別に全然構わないのだけど、目にした幾つもが、『日曜午後九時』に動画投稿や配信をすると告げていた。気のせいかと思って、『日曜午後九時』とかで検索すると、想像したより多くの芸能人チャンネルが引っかかった。八時や十時での検索結果と比べると、その数は偶然とは言い難い。
俺一人が抱えていてもしょうがないので、一応十和子にも共有すると、さも無関係とばかりにソファの上から気の抜けた返事が返ってくる。
「へぇ、不思議だね。流行ってるのかな?」
毎週日曜日の九時三分と言えば、もちろんトワコンチャンネルの配信日。まるで、それに合わせたように示し合わせての日曜九時……、ってのは邪推だろうか?動画投稿に最適な時間を検索すると、大概金曜か土曜が上がるにもかかわらず、日曜の九時。
「まぁ、でも関係ないよ」
十和子は言葉通りケロリとした表情で、持っていたクッションを俺にポンと投げて笑う。
「何十人が同時に配信を始めても、イツキはワコを見るでしょ?」
「……そりゃ、まぁ、そうだけど」
「だったら、私のやることはひとつだけ。楽しい!とか、頑張れ!って想いを、世界中に叫ぶだけだから。生きるのは……最高だよ!って」
両手を高く突き上げて、十和子は高らかにそう宣言した。
——昔、俺はただの幼稚園児で、十和子はワコになって、国民的子役になった。
一言で言えば、分不相応。だから、俺はファンと言う鎧越しに十和子に触れてきた。
その声と、笑顔は、そんな予防線を、台風のように一瞬で吹き飛ばした。
「それはちょっと、大袈裟すぎませんかね……?」
何秒か言葉を返せずにいた俺は、苦し紛れの言葉と共に、クッションを投げ返す。
「ううん、全然。本気だよ。……本当に、私はもうどうしようもなかったから。そう言えば、言ってなかったっけ」
クッションは再び俺へと戻る。
「何が?」
いつのまにか始まったクッションのキャッチボール。十和子はクッションを受け取ると、優しく、柔らかく微笑んだ。何に例えたらいいのだろう、と考えて何にも例える意味なんて無いと知る。今まで俺が見た中で、一番美しい十和子の微笑みを——。
「あの日、駅に来てくれてありがとね」
十和子が投げたクッションは、ぼふっとフローリングに落ちる。俺は、ただ黙って、その言葉を受け取る訳にはいかない。
立ち上がった俺はどんな顔をしていたんだろうか?十和子が心配そうに眉を寄せたのを見て、少しでも安心させるようにと笑ってみたが、きっとぎこちない笑いだっただろう。
「あのさ、……俺、お前に言わなきゃいけないことがあるんだ」
一瞬驚いて目を見開いた十和子は、次の瞬間首を傾げる。
「告白?」
「……この流れでするやついねぇよ」
苦々しく苦言を呈すると、十和子はクスクスと笑う。
「そっかぁ、まだかぁ」
俺は言葉を渋り、十和子はジッと俺を見て言葉を待つ。
俺が一歩進むために必要な言葉。もしかしなくても、これを言ったら幻滅されるだろう。俺自身、そんなことを思ってしまった自分が情けなくて、許せない。
まるで親に怒られる子供のように、俯いて立ち尽くしていると、十和子は両手を広げる。
「大丈夫。なんでも聞くよ」
その声で、腹は決まった。十和子が俺をどう思おうと、俺が十和子を好きなことが変わることはない——。
「あの日、駅の裏で、十和子は言ったよな?諦めたような笑顔で、『契約解除されちゃった』って」
十和子はこくりと頷く。
「ん。言った」
「……それを聞いた時、俺が最初に何を思ったか分かるか?」
どんな気持ちで言葉を続ければいいんだろう?多分泣きそうで、ひきつった顔で、きっとバカみたいな顔で俺は言葉を続ける。
「ホッとしちまったんだよ。あぁ、十和子はもうワコじゃなくなった。俺と同じ……ただの高校生だ、ってさ!……っははは。最低だろ?最悪だろ?お前があんなに落ち込んでるのが分かってるのに……、俺はさ——」
言いながら目からボロボロと涙が溢れてしまう。
「ほんの少しでも喜んだんだ」
次の瞬間に湧き上がったのは猛烈な恥ずかしさと、激しい怒りだった。
だから、俺は怒りのままにワコの復活を掲げた。
だから、俺は時間の限りチャンネルの運営を手伝った。
だから、俺は報酬なんて受け取る権利などなかった。
だから俺は、——十和子に好きと伝える権利なんて持たない。
「そんなこと考えてたんだ」
十和子の声がした。
恐る恐る顔を上げると、ソファに座った十和子は、頬杖をついて、ジッと俺を見ていた。
「……はは、軽蔑するよな?」
「ん?別に。それもイツキでしょ?」
さも当然とばかりに十和子は答えると、ぐいっと俺の手を引きソファーへと誘う。
「ねぇ。もっと教えて。私、もっともっとイツキを知りたい……全部!教えてっ!」
こんな状況にも関わらず、思わず呆れ笑いが浮かんでしまう。
「……こんな時まで全部盛りかよ」
「ふふんっ、なんか勝手に罪悪感感じてくれてるから今がチャンスかなって。好きな食べ物は?」
ウキウキと悪びれることなく打算的な言葉を放ち、十和子は質問を始める。
「え、弱みに付け込むの最低すぎん?」
「ふふふ、それも私〜。はい。好きな食べ物は?」
「……天丼」
「えっ!?初耳!言ってよ!まだ一緒に食べたことないじゃん!」
それからいくつも取り留めのない質問が続いた。例えば、『犬と猫どっちが好き?』とか、『行ってみたい観光地は?』とか、『お風呂に入ったらどこから洗う?』とか。
俺の手を引いた十和子の手は、罪人を捕える手錠のようにそのまま俺の手を握っている。
「これ、いつまで続くんですかね?」
「しょうがないなぁ、じゃあ次で終わりにしてあげる」
俺の問いにため息混じりに答えると、十和子はいたずらそうな笑みで俺の顔を覗き込む。
「私のどこが好き?」
あまりに馬鹿らしい質問に俺はニコリと笑う。
「ん?無駄な質問しないところ」
「あ、怒ろ。怒っていいよね?」
本当に馬鹿げた質問だよ。そんなの朝までかかったって挙げきれるはずが無いんだから——。




