63話 時鳥梓は覚悟を決める。
◇◇◇
――都内某所、テレビ局内の控室。
普段控室で休憩を行わない梓は待機時間をスマホを眺めて過ごしていた。離れた椅子に座り手帳とにらめっこをしている細身の中年男性は篠田。梓のマネージャーで、子役時代からの付き合いだ。眼鏡にスーツ姿の彼は見た目通り堅実な男性で、35年ローンで買ったマンションに住み、梓と同じ歳の娘がいて、忙しいながらも幸せな家庭を築いている。
「へぇ~、『トランジレンジ』さん配信チャンネル始めたんだ。すごっ、もうチャンネル登録五十万人だって」
スマホを眺めながら梓が声を上げる。『トランジレンジ』とは梓と同じヴァルプロ所属のお笑いコンビだ。
「そうなんですよ。まぁ実際配信内容は構成作家が考えてますけどね」
顔を上げて篠田が答えると、梓は意外そうにスマホを掲げる。
「へぇ、そうなんだ。それじゃテレビと一緒じゃん」
「自分で考えてガチンコでやっている人もいるにはいますけど、少数派ですね。芸能人は演者であって企画者ではありませんし。台本なしでフリートークでオチまで付けられる人もそう多くはないでしょう」
「だよねぇ~」
そう相槌を打ちながらも、梓は誇らしさでいっぱいになる。それをやってる子がいるんだぞ、と。
「『トラレン』さんのチャンネル、あたしも出たげよっか?五十万人突破記念~とかって」
それを聞いて篠田は手帳を片手に身を乗り出す。
「それはまじめな話ですか!?『トラレン』のお二人も喜ぶでしょうし、きっとかなり数字も取れますよ!?いいんですか、スケジュール押さえちゃいますよ!?」
今まで配信に全く興味を示さなかった梓からの申し出に篠田も興奮を隠しきれない。
「おっけーよぉ。なんか人の家に遊びに行くみたいで楽しそうだしね。事務所別だとまずい?こないだ共演した掛川チルミちゃんともコラボとかしたいよね~って話してたんよね」
「まぁ可能ですよ。先方の企画次第ですが、梓ちゃんのブランド力を損なわずに、相乗効果が出るような企画であれば通るでしょう」
「へぇ~、そっかそっか。じゃあそっちも話通しといて。あとコラボしたいのは~」
「おぉ、燃えてますね。どんどん希望下さい」
篠田の声を聴きながら、梓は顎に人差し指を当てて考える――フリをする。本命は次の質問だ。
梓は思いついたとばかりにピンと人差し指を立てる。
「あっ、そうそう!『トワコンチャンネル』!ワコがVTuberになってやってるチャンネルでさ!もう登録者数40万人超えてるんだよ!?あたしとコラボしたら絶対盛り上がるよね~。トレンド独占しちゃうかもっ」
楽しそうにクスクスと梓は笑う。だが、篠田は困り顔で首を捻る。
「あ、あぁ~……、こ、個人勢ですかぁ。なにかあったときに損失の担保が取れませんから……、難しいとは思いますね」
「そっかぁ」
梓は残念そうに眉を寄せてみるも、次の瞬間にはまた笑顔に戻る。
「あっ、じゃあじゃあ!名人は!?鷹屋敷圭!あの子もチャンネル持ってるんだよ、ぜんっぜん更新しないけど。梓ちゃんのネイル講座、とかバズリそうじゃない?」
話題が変わったことに若干の安堵を見せながら、篠田は笑顔で頷いて見せる。
「それはいいですね」
篠田の同意を引き出してから、梓は思い出したように言葉を付け加える。
「あ。名人も事務所入ってなかったっけ」
「そ、そうでしたか。残念ですね」
一連のやり取りで梓は確信してしまう。鷹屋敷圭の所属事務所の有無を知らずに、なぜワコに対しては即答できたのか。答えは一つ。ヴァルプロが十和子を干しているのは事実であり、……子供のころから親のように接してくれていた篠田マネージャーも、組織側の人間であるということだ。
「ね。残念だねぇ」
梓の言葉も、表情も、きっと嘘ではない――。
――その夜、時鳥家では久しぶりに梓を含めた家族四人で少し遅い夕食のテーブルを囲んだ。
「ねぇ、パパ、ママ。今日はちょっとした報告がありま~っす」
まるで新作発表会のように、軽い口調で梓は切り出す。すると、少し年の離れた弟の楓は不満そうに口を尖らせる。
「ねーちゃん、俺は~?」
「もちろん楓も聞いて」
「しょうがねーなー」
「くそがきっ」
絵にかいたような円満な家庭。両親はそれぞれ地位のある仕事に就いている。
「映画かしら?」
「いや、……大河じゃないか?」
まるでクイズゲームのように、両親も梓の問いを考える。それを嬉しそうに眺めながら、梓は答えを発表する。
「ちょっと芸能界辞めちゃうかも。迷惑掛けちゃったらごめんねっ」
軽くそう言って梓は両手をパンと合わせて先に謝る。
驚き目を見張る両親。先に口を開いたのは弟の楓だった。
「え~、じゃあねーちゃん芸能人って自慢できなくなるじゃん」
子供らしい答えにクスクスと笑いながら、梓は楓の頭を撫でる。
「じゃあ友達見捨ててテレビで笑うおねーちゃんなら自慢したい?」
それを聞いて楓は露骨に嫌悪を示す。
「はぁ?するか。しょぼっ」
「でっしょ~?」
「なにか手伝えることはあるか?」
父は優しくそう言った。
「んー、ちょっとまだわかんないことだらけなんだ。言えないことも多いから、大丈夫。気持ちだけありがと」
「梓ちゃんが芸能界辞めたらママといっぱい遊べるわね~。ママ梓ちゃんと行きたいお店いっぱいあるのよ~」
ニコニコと笑顔でのんきなことをいう母に梓は白い目を向ける。
「や、まだ辞めるとは決まってないけど。あたし仕事大好きだから」
「え~。ママさみしいな~」
「はいはい、ママはパパと遊んでなっ」
「仕事辞めちゃっても、パパがちゃんと稼いでくれるから大丈夫だからね。よくわかんないけど、思いっきりやりなさいね。梓ちゃんなら絶対大丈夫っ」
そう言って母は両手で小さくガッツポーズを取る。
その言葉で梓の腹も決まる。
「うん、ありがと。見ててね、あたしとトワコの遊び場を汚したやつらを……ぶっ潰してやるから」




