61話 宣戦布告
『柊木十和子、十六歳。誕生日は、四月十一日』
見慣れた部屋の、見慣れたデスク。頬杖を突きながら画面の中で十和子はそう言った。
十和子は画面の中のようにパソコンの前で頬杖をついていて、俺はソファに座ってスマホでその動画を眺めている。
ただの冗談かと思った『十和子チャンネル』を十和子は実際に作っていて、いつの間にか撮っていたその動画はトワコンチャンネルでのワコとは違い、ただ十和子がいつの通りの様子で話しているだけの動画だった。
『好きな飲み物はカフェオレ。嫌いな食べ物はなんにもない。今特別食べたいものは~、生春巻きかな。後で買ってこよっかな』
「これってもう投稿してんの?」
「してるよー」
こっちを見ずに十和子が答え、画面の中の十和子の声も続く。
『年中組のお遊戯会の後で、子役のオーディションを受けて、そのまま運よくお仕事をもらえて、芸能の仕事を始めたんだよね。歌も、踊りもバラエティも好きだったけど、やっぱり一番好きだったのはお芝居かな。『おひさま』、『パパ各』、『海のひとしずく』。子役として、いろんな演技をさせてもらったけど、背が伸びちゃった今でも、本当はいろんなお芝居がしてみたいんだ』
明らかにワコと同一人を匂わせるその語りに内心不安を覚えて、いったん動画を止めてチャンネル情報を確認する。口元に手を当ててあくびをしている十和子がアイコンの十和子チャンネルは、説明文も一切のリンクも説明もなく、それでもアイコンの十和子のルックスだけですでに四桁近いチャンネル登録者がいた。
「こ、この動画って、みんなに見せても平気なやつ?」
「んー、そうでもないかな。でも大丈夫――」
まるで他人事のように答えてから十和子は振り返り、挑発的な視線を俺に向けて呟く。
「これ、限定公開だから。送ったイツキにしか見れないから」
「……限定、公開?」
よく見ると、十和子チャンネルの投稿済み動画は0本だった。十和子は俺の反応を楽しむようにクスリと笑い、説明をしてくれる。
「URLを送った人しか見れない動画。そういう設定があるの。だから大丈夫。安心したら続き見てよ。せっかく撮ったんだから」
指をさしてそう念を押すと、十和子はまたパソコンへと向き直り、俺は動画の再生を続ける。十和子は淡々と芸能生活を振り返って語る。それぞれのドラマや映画の裏話を交え、時折懐かしむようにクスクスと笑い、ドラマ以外に週に五本のレギュラー番組を持っていた当時の多忙さを語り、減っていく恐怖を自虐的に笑った。忙しすぎて、一つ減って安心して、二つ、三つと減った頃から不安を覚えたそうだ。
身長は毎年十センチ以上伸び続けた。この頃、俺と十和子は年に一度か二度しか会わなかったので、見る度に背が伸びる十和子に驚いたものだ。
中学時代はまともな芸能の仕事はほとんどなかったらしい。今回のように、小さな仕事を受けたと思ったら直前で差し替えのようなこともしばしばあったそうだ。聞いているだけで、胸の真ん中がえぐられるような錯覚を覚える。
やがて、語りは現代に追いついてくる。
『あの日、駅の裏でイツキは言ったよね?ワコを復活させて、私が、ワコと戦って――超えるって』
十和子の瞳と、声が、熱を帯びた気がした。
『だから超えるね』
十和子の瞳は画面越しにまっすぐ俺を見据えて、俺はスマホに目を引き寄せられる。
『一番最初にイツキが拍手したのは、目を輝かせてくれたのは、ワコじゃなくて私だもん。だから、これは宣戦布告——』
十和子は画面の向こうから俺を指差し、力強く宣言する。
『私は、イツキの視線をワコから取り返すから』
そう言うと、十和子はニコリと微笑む。
『とりあえず、今日はここまで。チャンネル登録、高評価お待ちしてま〜す。またね〜』
ひらひらと手を振り、十和子チャンネルの初動画は終える。カチッとマウスの音がして、十和子はいつものルーティンの様に、ふぅと小さく一度息を吐いてから水を一口飲む。
椅子を回して俺の方を向いた十和子は、何事もなかった様な顔で俺に笑いかける。
「ねぇ、お腹空かない?生春巻き買いに行こうよ」
「いやいやいやいや、待て。待ってくれ。今の動画の説明は?」
十和子はキョトンとした顔で首を傾げる。
「ん?ないけど。全部言ったとおりだから」
「言ったとおり……、って」
まだ困惑する俺に十和子はムッとした様子で口をへの字に結び、ゆっくりと俺に近づいてくる。
そして、おもむろに俺の胸ぐらを掴み、引き寄せる。
「イツキが最初に見てたのは私なんだから、ワコに浮気してんじゃねーよ、バーカ」
言い終えて、にっこりと微笑む。
「ってこと。わかった?」
その微笑みの放つ眩しさとオーラに圧倒されながらも、俺はぎこちなく口を開く。
「み、見てるよ」
最大限で最低限の抗弁は、余裕の笑みで首を横に振られて却下される。
「ううん。足りない。全然」
十和子はそう言うと、手を放して掴んだ服のしわをぽんぽんとはたく。
「とはいえ、それは私の力不足でもあるからね。そこは多少大目に見るよ。あ、服伸びちゃったらごめんね?」
その表情は、あの日駅の裏で久しぶりに会った十和子とはまるで違う、昔とも違う無敵感を感じさせた。
「……本当、お前はすげぇな」
自嘲気味にそう呟くと、十和子は俺を見上げて当たり前のように答える。
「でしょ?だから言ったじゃん。イツキももっとすごくなって、って。もっと。もっと、もっと!」
そこまで言われて、答えなんて一つ以外あるわけない。
「あぁ、もちろん」
——俺の初恋は黒雪姫と共に始まった。
だから、本当は最初から分かっていた。
俺は胸を張り、十和子を見下ろし、まっすぐに目を見て宣言する。
「十和子や時鳥さんみたいなすごさは俺にはない。身につくとも思えない。それでも、俺は俺なりにすげぇって思えるようになってやる。そしたら——、」
俺は勢いのまま言葉を続ける。
「十和子が好きだって伝えられる気がする」
瞬間、十和子の顔が真っ赤に染まる。輝く瞳は宙を泳ぐ。
「んん?」
「だから首を洗って待ってろよ」
照れ隠しがてら不敵な笑みで付け加えると、十和子は自分の首に触れながら首を捻る。
「あ、うん。洗うよ?ちゃんと洗うんだけどもさ。……もしかして、私今告白された?」
的外れな問いに、俺は毅然と首を横に振る。
「いや、されてないだろ。ほら、生春巻き買いに行こうぜ。近い?俺食べたことないんだよ」
玄関に移動しようとする俺の腕を十和子は必死に引き留める。
「ねぇ、待って。今生春巻きの話別にいいから。あとでいっぱい食べさせてあげるから。だから今の話もっと詳しく!」
腕を引かれながら少し考える。袖は確実に伸びているだろうけど、そんなのは関係ない。
「少女漫画誌『シュシュ』8月号の巻頭特集、読者質問コーナー。覚えてるか?」
「覚えてるわけないじゃん。そんなのいいから、ねぇ!」
十和子は袖を引き続ける。『伸びちゃったらごめんね?』なんて言っていたのが嘘のようだ。
「『やっぱり告白するよりされたいなぁ。好きな人を振り向かせて、好きって言わせるように頑張る!』……だろ?」
得意げに引用する。すると、十和子は驚いたように一瞬目を見開く。
「……はいはい、ワコワコ」
そう言いながら、呆れながら、十和子は嬉しそうに笑った——。




