59話 柊木十和子の現在地⑥
◇◇◇
――スタジオでの撮影から三週間後の土曜日。
この日が番組の放送予定日だ。
トワコンチャンネルの配信を翌日に控え、この日もイツキは十和子のマンションで作業を行っていた。
「ねぇ、イツキ。今日ちょっと時間ある?少し遅くなっても平気?」
帰り支度の気配を察して、十和子はイツキを引き留める。時刻は午後九時半を少し過ぎる。
「そりゃ別に構いませんが。なんかあんの?」
「ふふっ、うん。ちょっとね~」
十和子はいそいそと上機嫌に片づけをしつつ、飲み物とお茶請けの準備を始める。
撮影のことはイツキには言っていない。秘密にしているのは理由がある。シンプルで、子供じみたたった一つの理由。テレビに映る自分を見て驚いてほしい。ただそれだけだ。
「一緒に見たい番組があってさ」
ウキウキと準備を進めて、イツキに着席を促す。煎餅やクッキー、焼き菓子の載った皿を置いて、ソファに座りテレビをつける。
「なんだろ。時鳥さん関係?」
促されるままに座ってクッキーを一枚頬張るイツキに、十和子は嬉しそうに首を横に振る。
「ぶっぶー、はずれ」
「マジかよ。じゃあもう選択肢すらないんだが」
「見てのお楽しみ」
時刻は午後十時になり、二人はソファに並んでテレビを見る。テレビに映るのは中堅お笑い芸人がMCを務めるトーク番組。『ごぶんのに!』は毎週開始十五分頃から始まる。
『それじゃ、次のコーナー。毎度おなじみ『若手タレント生き残りサバイバル……ごぶんのに!』
始まった――、と言いかけて違和感に言葉を飲み込む。スタジオでのやり取りはいつも細部まで覚えている。入りが違う。なぜ?
答えはすぐわかった。この日放送されたのは、あの日の収録分ではなかった。
「あれ……?」
浮かれ気分だった十和子の表情が一瞬で陰るのは、イツキにもすぐに伝わる。
「な、なんだよ。そろそろ種明かししてくれよ」
テレビを消して、十和子はスマホを手にする。すでにおおよそ察しはついている。この業界ではよくあることだ。
新田ディレクターにメッセージを送ってみる。
『なにかありました?』
すると、十和子から連絡が来ることが分かっていたとばかりに、即座に新田から返信が届く。
『申し訳ない、僕の力不足です。ギャラはきちんと振り込まれますので、そちらはご安心ください』
連絡が遅れて――、とメッセージは続くのだが、十和子はそこで読むのを止めてスマホを置くと、小さくため息をついた。
そして、ぎこちない笑顔で、イツキを見上げる。
「これはひどくない?」
その表情でイツキは事態がただ事ではないことを悟る。
「何が何だかわかんねぇよ。いい加減教えてくれ」
十和子はクッションを持つと、ぼふっとソファに叩きつける。風と共に、テーブルに置かれていた菓子の外包が揺れて落ちる。
「なぁ」
イツキの言葉に耳を貸さず、十和子はまたクッションを叩きつける。ぼふ、ぼふっと。二度、三度と。珍しい、イツキも見たことがない。――八つ当たりだ。
「十和子」
泣き出すのを必死に我慢するように口を結び、感情の吐き出し口がわからずに、十和子はクッションでソファを叩く。イツキは十和子を止めずに、その手が止まるまで、ただ見守っていた。
やがて、十和子は口を開く。クッションへの謝罪のようにそれを抱きしめて、顔を埋めて口を開いた。
「テレビ、今日出るはずだったんだ」
イツキはできる限り平静を装いながら相槌を打つ。
「へぇ、いつの間に」
「三週間前に撮ったの。昔一緒に仕事したADさんから連絡があって、今はディレクターになってて、……ワ、私を番組で使いたいって」
「それがなんで?」
十和子は顔をクッションに埋めたまま横に振る。
「知らない。事務所の圧力とかじゃない?向こうから言われてちゃんと辞めたはずなんだけど。あはは、私……なにか悪いことしたかなぁ?」
イツキは大きく息を吸い、十和子にも聞こえるくらい大きく、長く、わざとらしくため息をつく。
「まじか~、見たかったなぁ」
「え?」
思わぬ言葉に十和子はクッションから顔を上げてイツキを見る。その目は少し濡れていた。イツキはそれに気づかぬふりをしながら、軽い口調で言葉を続ける。
「なぁ、どんなコーナーだったんだ?」
あまりに普通な素振りに毒気を抜かれた十和子は、きょとんとした表情で言葉を返す。
「……若手タレントを集めたトークバラエティ、だったけど」
「若手タレント。そりゃひどいな」
「何がひどいの?」
「若手タレントと十和子が同じ画面で戦えるはずねーじゃん。そういうのなんていうか知ってる?公開処刑って言うんだよ。だからお蔵入りしたんじゃねーの?」
あまりの物言いに十和子はクスリと笑う。
「ひっど。そんなことないよ。みんな頑張ってたんだから」
「はい、上から目線ー。そりゃ公開処刑を電波に乗せるのはまずいよな、何が『私悪いことしたかなぁ』だよ。十分すぎるほどしてるわ。謝れ」
「え、ごめん」
「軽っ」
そう言って二人でケラケラと笑う。笑い合ってから、十和子は申し訳なさそうに眉を寄せて、イツキを見る。
「……でも、出たかったなぁ。テレビ」
菓子受けに手を伸ばし、クッキーを手に取りながらイツキは頷く。どれだけ配信が上手くいっていようと、十和子のその気持ちは、少しは理解できる。
「無責任なこと言うけど、まぁ大丈夫だろ」
十和子はジト目をイツキに向ける。
「うっわ、本当に無責任。別にいいけど」
ソファの背もたれに頭を乗せて天井を見上げ、足をぶらぶらと揺らしながら、十和子は思いついたまま言葉を口にする。
「あ〜あ、じゃあ十和子でも配信やっちゃおうかなぁ。十和子チャンネル作っちゃおうかな〜。誰か一人くらい見てくれないかな〜」
チラチラとイツキを横目で見ながら、十和子はこれ見よがしに独り言を装おい、イツキは苦笑する。
「当然見るけどさ。だけどミントスコーラやったら即登録解除だから」
「あはは、ひっど」
軽く笑ってから十和子は一瞬何かを思い付いたように考える。そして、自分自身を納得させるように一度頷いた——。




