58話 柊木十和子の現在地⑤
◇◇◇
イツキたちの高校の文化祭が終えてしばらくたち、SNSを中心に一本の動画が注目を集める。
それは、梓と十和子がともにステージに上がった『三分間スポットライト』。観客席から撮られた動画がいくつかネットに上がっていた。
『うちの高校の文化祭、梓ちゃん来てたらしい。多分これ』
『ネタはつまらないけど、すごい楽しそう』
『そんなお面じゃ隠せないオーラ』
それは、隣に立つ十和子にも波及する。
『隣の子スタイル良すぎ』
『立ち振る舞いが絶対素人じゃない』
『誰だろ?』
時鳥梓が隣でこんなに楽しそうにしている人物、となるとネット民はすぐに正解にたどり着く。
『ワコかな?』
『え、待って。スタイルよすぎん?』
『絶対美人』
『顔見たよ。超美人』
この動画も、トワコン文化祭のフィナーレを飾るサーバーダウンも、そこで見せたワコの涙も、そのすべてがかみ合って数字を積み上げていく。
チャンネル登録者数も、同時接続数も、メンバーシップ加入者数も、SNSの引用やリポストも、飛躍的に伸びていた。
柊ワコは、もう完全に世間に見つかった——。
——都内某所にある十和子の高校。
クラスで唯一の皆勤賞である十和子が帰り支度をしていると、スマホが震える。画面には『新田圭吾(湾岸テレビ・AD)』と表示されている。――かつて、一緒に仕事をした、十和子が消せないアドレスたちの中の一人だ。
「あっ……、はい!もしもし!」
『もしもし、昔湾岸テレビでご一緒させていただいた新田圭吾と申します。覚えて……いませんよね?」
記憶力には自信のある十和子。一度一緒に働いて声を交わした相手の顔と名前はすぐに覚えてしまう。なので、電話の先のハキハキした声の男性のことも当然覚えている。
「『朝ハロ』で何度もご一緒しましたよね?お久しぶりです」
朝の情報番組『朝ハロ』に十和子が出ていたのは小学二年から三年にかけて。さかのぼること八年前のことだ。
「覚えてるんですか!?……相変わらず、すごいですね」
自分から電話を掛けたものの、まさか覚えているとは思わず、新田は感嘆の声を漏らす。
「柊ワコさん、今少しお時間よろしいですか?」
業界人からの突然の電話。用件など容易に想像が出来る。十和子は心臓がドクンと鳴るのを感じながら、人の少ない階段の方へと移動する。
「はい、大丈夫です。どうか、されましたか?」
「『トワコンチャンネル』、僕も毎週楽しませてもらってまして。梓さんとのやり取りなんて、『朝ハロ』の時を思い出していっつも一人で笑ってるんですよ」
「あはは、あれはazusaurusさんですけどね。でもありがとうございます。『朝ハロ』、すっごい楽しい現場でしたよね、新田さんはいつも寝不足で大変そうでしたけど」
「あの頃はまだ何も知らないペーペーでしたからね。本当、ただがむしゃらに仕事するしかできなくて」
明るく笑う新田の声色が変わる。
「けど、春からディレクターに昇格したんです」
高揚を押し殺しながら、熱意と、真意を画面の見えない声だけに込める。
「単刀直入に言います。僕の番組に出てくれませんか?」
想像した言葉でありながら十和子の心は揺れる。それはプライムタイムの端の、若手タレントを多数使った企画コーナーだという。
テレビに出るために配信をしているわけではない。だけど、それはテレビに出たくないということではない。
「わ……、私今事務所に所属してませんけど」
「問題ないです。あ、でも一つだけ条件が」
条件、と聞いて十和子は内心身構える。八年前、彼はまじめで誠実な人間だったと記憶している。でも、八年あれば人は変わることも知っている。ギャラなし?梓にも出るように頼んでほしい?予防線のようにいくつかの可能性が十和子の頭に浮かぶ。だが、彼の出した条件はそのどれにも当てはまらなかった。
「柊ワコさんじゃなく、十和子さん。あなたに出てほしいんです」
予想しない条件に言葉を飲む十和子。新田は言葉を続ける。
「決して懐かしさとか、同情なんかじゃないですよ?今のあなたからは数字の匂いがする。それが理由です」
十和子は考える。
――イツキに相談したほうがいいだろうか?
そう考えて、きっと相談すれば彼がなんと返すかはわかっていた。『それは俺が決めることじゃない』『決めるのはお前』。いつだって、彼は十和子の決断を尊重した。『俺の顔色窺いながらやるならもうチャンネルごと辞めちまえよ』と言われたことすらあった。
――『これならテレビに戻れる日も遠くないな』
両親はそう言って、嬉しそうに笑った。
テレビに戻る為に配信活動をしていた訳では無い。だけど、それでも十和子にとってテレビは特別な場所だった。
――『すっご。あの子、テレビのひとみたいだね』
幼稚園・年中組のお遊戯会。緊張で、震える足で舞台を降りようとしたその時、最前列で、夢中で手をたたきながら、彼は暗幕の隙間から差し込む陽光よりも眩しく瞳を輝かせながらそう言った。彼も覚えていない、その瞳の輝きが十和子だけが知る始まりの光。
その輝きをもう一度自分に向けてほしくて、十和子はスマホを持ちながら、コクリと頷いた。
「よろしくお願いします」
――撮影は週末に行われた。
『よろしくおねがいしまーっす!』
番組は毎週土曜の夜十時から始まるトーク番組。十和子が声を掛けられたのはその一コーナーである『若手タレント生き残りサバイバル・ごぶんのに!』毎週五人の若手タレントが登場して、週替わりのゲームで勝敗をつける企画であり、上位二名は翌週も出演する権利を得ることができる。
MCは中堅お笑い芸人。彼らの主導で番組は進む。
「はいっ、それじゃあ今週もやってまいりました!。五分の三の若者の芽を摘む鬼畜企画『ごぶんのに!』」
「逆だよ、逆。五分の二の若者にチャンスを与えてんの。別に負けても芽は摘まれないから。この番組そこまで影響力ないから」
「あ、言いよった。ディレクターさーん、こいつ降板で~」
そんな風に場は温まり、企画は始まる。今日のゲームは『白紙は誰だ!?』
五人に同じお題が書かれた紙を配り、それをテーマに五分間フリートークをする。ただし、五人の中に一枚だけ白紙が混ざっているのだ。白紙を引いた人は、それを気づかれないように周囲に話を合わせ、五分後誰が白紙かを当てるゲーム。
もちろんお題を口にすると失格。場を盛り上げるトーク力や、白紙を引いた時の演技力や対応力が問われる心理戦の側面もある。
スタジオのライトに照らされて、MCの声を聴きながら、十和子は自然と口元が緩んでしまう。『柊木十和子』と名乗ってしまうと、字面が似すぎてすぐにワコと繋がってしまう。そう思われたくなかったから、『十和子』の名で出演した。
「それでは始めましょうっ!『白紙は誰だ!?』お題、オープンッ!」
テンションの高いMCの声とともに、五人は渡された封筒からお題を取り出す。
十和子の紙は――白紙。
内心微笑む。さぁ、腕の見せ所だ――。




