57話 元国民的子役、打ち上げをする。
トワコン文化祭を無事に終えて数日後の夕方五時、俺たちはトワコのマンションからそう遠くない個室系焼き肉店にいた。
「あ、じゃあイツキくんお願い~」
時鳥さんに促されて俺はグラスを持つ。中身はもちろんウーロン茶。
「えー、っと。こういう時なんて言えばよくわかんないんすけど、とりあえず『トワコン文化祭』大きなトラブルもなく無事に終えることができました!皆さんお疲れさまでした!かんぱーい!」
『かんぱーい!』と皆がグラスを合わせる音が室内に響く。
参加者は俺と、十和子と、うーろんさん。あとはエンジニア集団・『ケルベロス』のお三方。……そして、時鳥さん。
「時鳥さん、なんでいるんすか?」
あきれ顔で問いかけると、時鳥さんは眉を大きく寄せて声を上げる。
「あっ、ひどい。あたしだけ仲間外れにしようとしてる!?トワコ~、イツキくんがいじめるんだけど~」
そう言って隣に座る十和子に抱き着くように泣きつき、十和子はとくに拒絶するでもなく、よしよしと頭を撫でる。口をムッとへの字に結び、不満そうなまなざしを俺に送りつけながら。
「え、えーっと十和子さん?なにか?」
「いえ、なんにも?」
個室系の焼き肉店、未成年者が多いから酒は無し。十和子がチョイスした、割といい値段のお店。少なくとも普通の高校生が来られる店ではない。
「うーろんさん、差分衣装ありがとうございました。超よかったっす」
「へ、へへへ……。じゃあ、流出の件はそれでチャラってことでひとつ」
ぎこちない笑いでもみ手をしながらうーろんさんはペコペコと頭を下げてくる。
「わはは、まぁ今回はこれで。すいませんね、せっかくの打ち上げなのにお酒なしで」
「いえ、全然。小生お酒苦手なので」
「あ、じゃあやっぱりウーロン茶ですか?」
そう言ってグラスを見ると、うーろんさんのグラスにはコーラが満ちていた。
「いえ、小生ウーロン茶嫌いなので。苦いだけじゃないですか」
「それでなんでその名前!?」
まさかの発言に、年上にもかかわらずつい突っ込んでしまう。
うーろんさんは当然とばかりにケラケラと笑いながら、ストローに口をつけて言葉を続ける。
「や、だって大嫌いなウーロン茶の名前でやってれば、ネットで叩かれても全然気にならないじゃないですか。むしろ『わは、ウーロン茶ざまぁ』までありますよね?」
一見無茶苦茶な理論に聞こえたけど、妙に納得してしまう。
テーブルの一番端にはなめろうさんとアーノルドさん、その手前に常人29号さんが座る。
「常人さん、ラストすいませんでした。あれで評判下がったり、……してませんよね?」
真面目に心配して問いかけると、常人さんはこともなげに笑う。
「まさか。あれは事故みたいなものだし、あの程度で評判が下がるような仕事もしてないつもりだよ。なぁ?」
常人さんが二人に呼びかけるが、二人は視線をこちらに向けずに壁のほうを眺めていて、アーノルドさんが雰囲気を出してグラスの氷を鳴らしながら呟く。
「……戦いとはいつも二手三手先を考えて行うものだ」
だが、グラスの中身はクリームソーダだ。
アーノルドさんの返事を受けて、常人さんはニコリとほほ笑む。
「あぁ、深くとらえなくていいよ。彼らは仲良くなるまではネットミームでしか会話できないタイプの大人だから」
「そんな大人あります!?」
横で聞いていたうーろんさんがケラケラと笑う。
「ありますねぇ~。あるあるですよ」
「どれどれ、それじゃあそこに梓ちゃんをひとつまみっ、っと」
面白そうな空気を察して、十和子の隣から時鳥さんがやってくる。
そして、なめろうさんの隣に座り、ニコッと親しみやすい笑顔を向けながらグラスを向ける。
「はじめましてぇ、梓です。お仕事なになさってるんですかぁ?」
「……なんの店っすか」
トップタレントの至近距離でのほほ笑みに、なめろうさんは真っ赤な顔を逸らしながら、呟く。
「サ、サーバーとかインフラ系のエンジニアを、少々」
「え~、すっごい!かっこいい~。なんでコーラフロート飲んでるんですか?」
なめろうさんへの質問に、アーノルドさんが割って入る。
「坊やだからさ」
「ちょ、お前は黙ってろ。梓さんは俺に聞いてるんだろ!」
「あっは、あたしの為にケンカしないで~」
本当に楽しそうに時鳥さんは笑う。
チラリと十和子を見ると、場所移動したうーろんさんの向かいで真剣な表情で肉を焼いていた――。
◇◇◇
「あ、と、十和子さん」
十和子の向かいに移動したうーろんがおずおずと十和子に声を掛ける。
「あ!ごめんなさい、もう少しだけ待ってもらっていいですか!?2……、1……ゼロッ」
真剣な表情で十和子は網から焼けた肉を取り上げる。そして、一仕事終えた感じの表情でニコリと笑いかけた。
「あはは、ごめんなさい。なんですか?」
「小生、……十和子さんにずっと謝らなければならないことがございまして」
正座に座り直し、もぐもぐと肉を食べながら、うーろんは言葉重く口を開く。
「謝ること?」
きょとんとした顔の十和子を気にせず、うーろんは頭を下げた。
「一番最初の依頼の時、『ファンだった』って言ってごめんなさいです。……表現者として、言ってはいけない言葉でした」
「ええっ!?ちょっと、頭上げてくださいって!私は全然気にしてないです、っていうかむしろ嬉しかったんですから!『あぁ、好きでいてくれたんだ』って!」
うーろんは顔を上げて、まじめな顔で十和子を見る。
「だ、だから言い直させてください。ファンです。大ファンです。ワコさんと、十和子さんの!」
十和子は嬉しさをかみしめるように弛む口元を手で隠して、ペコリと頭を下げる。
「偶然ですね、私も大ファンなんです。うーろんさんの」
それを聞いたうーろんは大慌てで首を横に振り否定した。
「いいやいやいやいいや、小生なんてそんな!あっ、でも!もしよろしければ、新しいモデル作るときは、小生に元絵描かせていただけたり……しませんでしょうか!?これでも絵もそこそこ嗜んでおりまして、きっと――」
うーろんの申し出を遮るように十和子は手を向けて、申し訳なさそうに首を横に振る。
「それはごめんなさい。……元絵の人だけは、絶対に決まってんです」
「うぁ、それは出過ぎた真似を」
シュンとしながら焼けた肉を口に放り込み、コーラで流し込むうーろん。
「こちらこそごめんなさい。でも服はバリバリお願いしちゃいますからね」
「お任せくださいっ」
十和子の笑みに力強い返事でうーろんは返し、テーブルの反対側ではどっちが梓の隣に座るかを巡り、なめろうとアーノルドが真剣に険悪になりつつあった。
トワコン文化祭の打ち上げは、そんな和やかな空気とともに進んだ――。




