55話 【一夜限りのトワコン文化祭!③】そして二人は肩を寄せる。
――その地下道は、まるでRPGのダンジョンのようだった。
ただ、ゲームのダンジョンと違って、それは分かれ道もなく、だけどぐねぐねと曲がりくねっていて、もちろんモンスターは出ない。
ワコは松明の明かりだけを頼りに、地下道を進む。
「これ、結構距離あるよね?こんなに掘るの大変じゃない?っていうかさ、みんなが見つけてくれなかったらこれ絶対気づかないやつじゃん」
『ワクワク』
『これは期待』
『何があるんだろう?』
進むごとに少しずつ深く、だんだんと深く、ワコは地下道を進む。
「これ戻るのも大変だなぁ。こんなに進んで行き止まりだったらわたし怒るよ。怒っていいよねぇ?」
だが、そんな心配も杞憂に終わる。
どれだけ進んだだろうか?たいまつの明かりは鉄のドアを見つける。
「着いたぁ!」
ワコの顔がぱぁっと明るく輝く。だが、開けようと触れてもドアは開かない。
「噓でしょ、開かないんですけど。おーい、わたしですよ~」
ジェスチャーでドアをノックし続けるワコ。すぐにコメント欄に答えが出る。
『鉄の扉はスイッチで開けるんだよ』
『多分近くにあるよ。探してみて』
「た・ぶ・ん・ち・か・く・に~♪」
コメントを歌うように復唱しながら、ワコは四方を明かりで照らし、やがてスイッチを見つける。
「あったあった。どうもありがと」
スイッチを押すと、『ガシャン!』と勢いよく鉄のドアの開く音がする。
「さて……、何があるのかな~」
松明片手に、ワコはゆっくりとドアに近づき、そして潜る。
そこには生活感のある部屋が広がっていた。ほのかな照明で照らされた、優しく明るい色の壁が玄関を彩り、来客を歓迎しているようだった。
それを見てワコも察する。
「これって、まさかぁ……」
入口にぶら下がる吊り下げ看板を見上げる。
――『azusaurusの家』
それを見た瞬間に、ワコはぶはっと噴き出して大笑い。
「あっははは、やっぱりお前かぁ!」
――ユーザー名・azusaurus『あちゃー、見つかっちゃったか』2525円。
『おとなしいと思ったらwwww』
『でwww』
『ワコアズ助かる』
ワコはキョロキョロと周囲を見渡しながら室内を進む。
「……っと、一応人の家だから挨拶くらいしておくか。おじゃましまーす……」
『育ちがいいな』
『これは育成成功』
部屋はかなり細かく作りこまれていて、3LDKでかつ三階建てになっていた。
「え……、えぇ、嘘でしょ?これって、一人じゃ作れないよね?凝りすぎじゃない?っていうか、この間取り……」
――ユーザー名・azusaurus『うちだよ』555円。
「こら、個人情報……か?間取りって個人情報?どうなの?」
『違うかな』
『立派な家すごい』
ワコはこの家に来たことがある様子で、風呂場、トイレと一つずつ確認しながら三階のとある部屋を目指す。
『azusaurusの部屋』と入口に貼られた部屋に入る。
「これ絶対一人で作ってないでしょ……。協力者いっぱいいそうだな~。別にいいんだけど。ルール違反じゃないからさぁ」
口を尖らせながら、ゴロンとベッドに横になる。
「ちょっと寝とくか。いっぱい歩かされたからな」
『ひとんちでねるなww』
『ふてぶてしさ100』
『勝手知ったるひとの家』
ワコはベッドに寝転がり、天井を見る。すると、天井にハッチを見つける。
「まだなんかあんの?おちおち寝てもいられないなぁ」
クスクスと笑いながら身体を起こす。
レバーを起こしてハッチを開くと、縄梯子を使って上を目指す。
出口のハッチを開いて、地上に出る。そこに立つのは見慣れた建物。立て看板には、――『柊ワコの家』
「ばかなの?うちじゃん。ひとんちの真下に家作ってんじゃないよ、もうっ」
どこか嬉しそうなあきれ笑いでワコは眉を寄せる。
『どこに建ててんねんw』
『愛が重い』
『有言実行過ぎるwww』
ワコはハッチを閉めると、固く閉ざさんとばかりにその場所で何回もジャンプして地面を踏みしめる。
「さて――」
スタート地点はワコの家。ワコは再び文化祭会場に目を向けると、ニッコリといい顔で笑う。
「だいぶ時間ロスしたな。文化祭行こっと」
『流したw』
『力作を時間ロス扱いw』
『塩すぎるwwww』
『よき塩加減』
『しょっぺぇ』
『封印っ』
そして、ワコは再び文化祭会場へと向かう。
チャンネルの同時接続は2万を超え、ゲームのログイン人数もうなぎ上りに増え続けて、今や4000人を超える人数がログインしている。この配信中にもメンバーシップの登録者数は増え続けている。
時刻は午後八時。残り時間はあと二時間――。
ユーザーが作ったステージに上がって一曲歌い、たくさんのアイテムをもらい、お返しに用意していた記念品を渡す。持ち物がいっぱいになると自宅に戻って箱にしまう。
途中、浦原のキャラクターとも遭遇したが、互いに一度手を振って持ち物交換をするに留めていた。
ワコは8時間の間、本当にずっとワールド中を走り回って、十和子の楽しそうな声は8時間の間ずっとマンションの一室を満たした。
カーテンを閉めた窓の外はいつしか真っ暗になっていて、やがて終わりの時が近づいてくる。
「あぁ」
海の見える会場に立って、ワコは呟いた。時刻は午後九時五十五分。
「楽しかったぁ、本当に」
言葉とは裏腹に、眉を寄せて、寂しそうに笑いながらワコはそう呟いた。
ゲーム内の時刻も夜。
残り五分、気持ちを切り替えてまとめに入ろうとワコが表情を切り替えたその時――、空に一筋の線が伸びる。
シュルル、と音を立てて伸びていくそれは、やがて弾けて空に大輪の花を咲かせる。
「わぁ」
花火だ。
ユーザーの誰かが打ち上げたそれに呼応するように、色とりどりの打ち上げ花火が上がり続ける。
ワコは、目を丸くしてその光景を見つめていた。
どのサーバーでも、誰が言うでもなく、みんなが花火を打ち上げていた。
――つまり、それはサーバーへの負荷を意味する。
ケルベロスさんたちのグループ通話がにわかにあわただしくなる。
『こりゃやばいな』
『まだだ!まだ終わらんよ!』
『まずいですね。この調子で一斉にアイテム使われると……、サーバーが落ちますよ。アイテム使用をブロックしましょう』
常人さんが少し慌てた様子でそう宣言して、俺がそれを遮る。
「いや――」
十和子を見る。十和子は画面を彩る花火を眺めて、ポロポロと涙を流していた。
「……このままで、お願いします。すいません」
『了解しました』
花火は、次第に動きが遅くなり、やがて動かなくなり、画面は固まり、そして、——落ちた。
マイクは十和子が鼻をすする音を拾い、なんとversion2.0は表情連動で涙すら実装していた。ワコは少しの間真っ黒な画面を眺めて涙を流していた。
「みんなごめん、時間過ぎちゃった」
時刻は午後十時二分。トワコンチャンネルが時間通り終わらなかったのは、これが初めてだ。
「閉会宣言、しなきゃね。わたし実行委員だから」
目を擦って涙を拭うと、ワコは笑顔で宣言する。
「これにて、『みんなで作る!一夜限りのトワコン文化祭』を終わります!みんな……ほんっとうに、楽しかったね!それじゃ、お休み!」
配信を終えた十和子はいつも通り、ヘッドフォンを外すとふぅと小さく息を吐いて、水を一口飲んで喉を潤す。配信後のルーティンだ。
「悪い、サーバー落としちゃった。見通しが甘かったわ」
常人さんたちに後の処理を任せて、十和子へ飲み物を差し出す。十和子は飲み物を受け取って、にへっと笑う。
「ううん、全然。それだけみんなの気持ちが大きかったってことだよね。すごかったね、誰もなんにも言ってないのに、一斉にさ」
両手を大きく動かして、興奮した様子で十和子は語る。……俺はなんともバツが悪い。
「あのですね、……実は俺も用意してたんですよ。忙しすぎて打ち上げる暇なかったけど」
みんな考えることは同じ、か。
それを聞いた十和子は煌めく瞳で俺を見上げる。
「ねぇ、見たい。見せて。私見てない」
「今?」
「いまっ」
常人さんに確認すると、使ってなかった60番サーバーならログイン可能とのことで、8時間配信が終わった直後にもかかわらず、俺と十和子はBauKraftに入る。
折よく、ゲーム内時間も夜。
ワコはブロックの上に座り、海を眺める。
「よし、じゃあ行くぞ」
導火線に火をつけて、ヒュルルルと音を立てて花火が紫紺の空を切り裂いてあがり、ドドンと空を彩る。二発、三発と花火は続く。さっきまでの配信と違って、ワールドには俺とワコの二人だけ。どれだけ打ち上げてもサーバー落ちなんてない。
俺と十和子はソファに並んで座り、互いのゲーム機で花火を見つめる。最新ソフトのような高精細な映像の花火ではなく、ドット絵の花火。それを、十和子は本当に幸せそうに見つめていた。
「文化祭、終わっちゃったね」
終わらない花火を眺めながら、十和子が寂しそうに笑う。
「終わっても、終わらないんじゃなかったっけ?」
「……それはそうなんだけどさ」
大量に作っておいた色とりどりの花火が小さな画面を照らし、薄暗い部屋で、十和子の顔もほのかに照らす。
「みんなも楽しんでくれたよね、きっと」
最終的な同接は約三万。ゲームログインは延べ7100人。これで楽しんでいないと言ったら嘘だろう。
「そりゃそうだろ。なんせ、ワコだからな」
得意げに、当然のようにそう答える。
——いつも通り『はいはい、ワコワコ』とかそんな返事が返ってくると思った。
十和子の髪が揺れ、十和子は俺を見た。困り顔で、何かを訴えるような顔で、俺を見て、口を開いた。
「ワコは、私だよ?」
——柊ワコ。かつて瞬く間に芸能界とお茶の間を席巻した、国民的子役。
対する俺はただの幼稚園児で、今だってただの高校生で、背が伸びようと、足が速かろうと、多少勉強ができようと、そんなものその程度でしかない。
きっと、俺も十和子のような困り顔で呟いた。
「お前は、……十和子だよ」
――柊木十和子。幼稚園からずっと一緒の、俺の幼馴染。
十和子は小さく息を吐いたあとで、少し諦めたように笑った。
「あはは、そうだった」
俺は、その作り笑いを見ないふりした。
十和子は俺の肩に頭をのせて、何度か目元を擦り付けてきた。
そして、そのまましばらくの間、二人で小さな画面の花火を見つめていた——。




