53話 【一夜限りのトワコン文化祭!】
――うちの高校の文化祭から一週間後の日曜日。つまり、今日はいよいよ【トワコン文化祭】の開催日だ。
時刻は午前十時。いつもであれば夜九時三分から始まる配信も、今日は超拡大版。午後二時から十時まで八時間ぶっつづけで行われる長丁場だ。途中トイレで抜けることはあっても、まとまった休憩はない。飲み物も、食べ物も、これでもかってくらい準備して配信に挑む。
十和子は今まで一時間の配信しかしていない。だけど、一切気負った様子もなく、いつも通りソファに寝転がってスマホを眺めている。
「パソコンデスクに呼び鈴置いといたから、配信中飲み物とかなにか欲しかったら呼んでくれよ。色々買っといたけど、ほかに何か必要なものってあるか?あるなら今のうちに買いに行くけど」
「ん~、大丈夫。イツキはもっとリラックスして。いつも通り行こ」
本当にいつも通りな様子の十和子はスマホを置いて、両手でガッツポーズを見せる。
「そりゃ無理な話っすね~」
再びノートPCに向かい、うーろんさん経由で依頼したエンジニアさんたちとやり取りを行う。
「常人29号さん、すいませんね一週間前に急にサーバー増やしてもらっちゃって」
「いえいえ、キチンと相場以上の報酬はいただいてますので。お気になさらず」
うーろんさんが紹介してくれたエンジニアは三人組。
「……まったく、出資者は無理難題を仰る」
もう一人のエンジニア・アーノルドさんがグループ通話に参加。ため息交じりに芝居がかった物言いをする。
「あれ?無理でした?」
「できらぁ!」
またまたカットインしてきたのは三人目のエンジニアであるなめろうさん。基本的に常人29号さんと話すのが一番話が早い。年齢は常人さんが29歳で、他の二人も同じか少し上くらいらしい。
各サーバーごとのログイン数をリアルタイムで共有してもらって、次にワコが行くサーバーを決める。荒らしや不正行為への監視も含めて、すべて込み込みでプロ三人にお任せする形になる。当初34個のサーバー運用でお願いしていたものを、60個に増やした。もちろん費用も跳ね上がり、トータル512万円の大仕事。
十和子はそれを笑顔で、二つ返事で了承してくれた。
チャンネル登録者数は現在18万7402人。メンバーシップは7092人。……サーバー上限は9000人。もちろんこの全員が一斉にログインするわけじゃないんだ。大丈夫。大丈夫だよな?
確認することは山ほどあって、時間は有限だ。その時刻は、あっという間に訪れる。
――午後一時五十五分。
「イツキ」
カーテンを閉めた薄暗い室内、PCデスクに向かう途中で十和子が俺を呼ぶ。
俺を心配するそぶりなんて微塵もない、遊園地の入り口に向かう子供のような表情で、十和子は弾けるような笑顔で言葉を放つ。
「私たちの文化祭……、すっごく楽しみだね!」
そう言うと、少し申し訳なさそうに眉を寄せて、手のひらを俺に向けてくる。
「私の実行委員としての仕事はここまでだけど、あとはよろしくね」
「おう。任せとけ」
互いに力強く手を合わせ、パンと甲高い音がマンションに響く。
さぁ、祭りの始まりだ――。
――時刻は、午後二時。
『来るぞ』
『来るぞ』
『来るぞ』
――ユーザー名・azusaurus『入場料』1000円。
『さっそくw」
『でw』
『開幕azusaurus助かる』
『あんまワクワクさせんなよ』
いつもの待機画面と違い、十和子のロゴを元に作ってもらったアイキャッチに学校のチャイムが鳴る。画面には、『みんなで作る!一夜限りのトワコン文化祭!』の文字が躍る。
画面が切り替わり、いつもの私服とは違うブレザー姿のワコが現れる。――うーろんさんにお願いした文化祭特別衣装だ。腕には実行委員の腕章がついている。
「こーんとーわこーんっ。みなさんこんにちは。今日はまだ日が高いですねぇ」
いつもよりテンション高く、上機嫌に、にっこにこで、ワコは言葉を続ける。
「ついにやってきました、トワコンチャンネル文化祭っ!さぁ、果たして参加者はいるのでしょうか……」
『いねぇよなぁ!?』
『ドキドキ』
常人さんから送られてきた現在のサーバーデータを十和子のPCに返す。現在のサーバー接続人数は、592人。
「なんと、592人もの人がすでに会場入りしているみたいですねぇ。ひとまず、一人で回ることにならなくてよかった~、と一安心のわたしです。それじゃあ、さっそくワールドに入っていきましょうっ」
ゲーム画面を左半分に移す。右側はコメント欄と制服姿のワコ。
ワールドに降り立ち、自分の家からスタートするワコ。このドット絵のワコもうーろんさんに作ってもらった制服仕様。左腕には白い腕章が見える。
ワコの家からは道が伸びていて、その両脇にはきれいな花で舗装されている。結局、隣に家を建てるような人は一人もいなかった。
「お~、お花きれい。何のお花かな?コスモス?」
『コスモス!』
『彼岸花!』
『ぼくはラフレシア!』
「それはいやすぎる。だって、くさいんでしょ?誰か嗅いだことある?」
楽しそうに笑いながら、ワコは花に囲まれた通りを進む。早速ほかのユーザーが手を振ってお出迎え。
「こんにちは~。akitokitoさん。はろ~、はろ~」
ワコは両手を挙げてユーザーに近づき、互いに両手を挙げあう。
【akitokito】『ワコちゃんこんにちは!』
自身の周囲にのみ伝わるローカルチャットで、ユーザーがワコに話しかける。ワコはチャットでなく、配信上の音声で答える双方向コミュニケーション。
「こんにちは~。今日は来てくれてありがとね」
そうやってユーザーとコミュニケーションをとりながらワコは進む。当然、ログインしているユーザーたちはゲームのNPCのように所定の位置にいるわけではないので、ワコの近くに集まってきて、負荷も増える。
「どうです?今のところ大丈夫そうっすか?」
部屋の隅に広げたノートPCで、常人さんたちに呼びかける。
「どうということはないっ!」
アーノルドさんが頼もしく答えてくれる。
「意図的に負荷をかけようとしているユーザーがいれば対応するけど、今のところ問題はなさそうですね。民度が高いファンが多くて助かります」
常人29号さんはそう言って各サーバーの監視とデータの集計を続けてくれる。個人情報の書き込みや悪質なチャットの監視も行ってくれる有能ぶり。
「どんどん回っていくから、みんな待っててね。通りから遠いところに作ってる人はコメントで教えてくれれば立ち寄るよ~」
ワコは次々にみんなの建築物を巡り、模擬店を周る。作れる食べ物や小物の見た目は限られているが、店の看板は様々な模擬店が並び、想像力を掻き立てられた。
『焼きそばパンストリート』
大通りから西に延びた道には、そんな看板が立てられていて、そこに並ぶ店は全て焼きそばパン店の看板が立っていた。
「あっはは!やると思った!絶対あると思った~。焼きそばパン一つくださ~い」
店の中にいるユーザーに話掛けると、彼はお辞儀して何かを渡すようなジェスチャーを行った。
「もぐもぐ……、うんうん。おいしい。あのね、世の中には二種類の焼きそばパンしか存在しないんだけど、わかる?」
もぐもぐと咀嚼して食べているふりをしながらワコはユーザーに問いかける。
【gonfox055】『え?なんだろう。おいしい焼きそばパンと……、うまい焼きそばパン?』
ユーザーの答えを聞いて、ワコはぽかんとした顔で口を開ける。そして、そのまま数秒間沈黙が包む。
『放送事故ww』
『正解しちまったな』
ガサゴソ、とマイクがビニール袋の音を拾う。
『おいおいおいおい』
『まさかw』
「うん、そう。せいふぁい」
食べているふりでなく、明らかに何かを食べながらワコは笑う。
『食ってるwww』
『絶対リアルでも焼きそばパン食ってる~』
『たくさんお食べ』
「おいしっ。この店の焼きそばパンには二つ星を進呈するよ」
【gonfox055】『ありがとうございます!』
ゲームのログイン人数は配信が進むに連れて増え続ける。
「あはは。あ~、楽しい。わたし本当配信やってよかったな~。毎回思うけど」
感慨深げにそう言ってワコは頷く。そして、思い出したようにポンと手を打ち、言葉を続ける。
「あ、そうそう。このトワコン文化祭のワールドは、後日メンバーシップ限定でダウンロードできるようにしてくれるみたい。お祭りは一夜限りだけど、楽しい思い出にはいつでも触れられるようにね。祭りは終わっても、……お祭りは終わらないから!」
名言風にドヤ顔で語るワコ。その言葉はすぐにSNSを駆け巡ることになる。




