52話 元国民的子役と幼馴染の、もう一つの文化祭。
――文化祭・二日目。
一日目と違って生徒や先生しか訪れないので、一日目と比べると客は少ない代わりに後夜祭にも似た開放的な雰囲気を感じる。
そんな生徒たちの間で今噂になっているのはトップタレント時鳥梓の文化祭来訪だ。
「くっそ、まじか~。梓ちゃん来てたのかよ。オレも会いたかった~」
店番をしながらクラスの男子が心底悔しそうに歯噛みする。さすがに隠し切れないオーラで気付いた生徒たちもいたようだが、心底楽しそうに十和子と文化祭を回る時鳥さんを見て、誰も邪魔をしようとは思えなかったようだ。
そして、もう一つ話題に上がるのは、時鳥さんと一緒にいた長身黒髪美人。
「ね、ねぇ。藍沢君の幼馴染さんって、梓ちゃんと友達なの?」
クラスの女子数人からもそんなことを聞かれる。
「俺は時鳥さんと面識なかったからよく知らないけど、友達なんじゃない?」
「藍沢、お前あの子と……付き合ってんのか!?」
「はぁ?」
クラス男子の頓狂な質問に思わず眉を寄せる。俺が次の言葉を放つ前に入口付近に立っていた浦原が割って入る。
「やめとけー?その話題振るとすぐ不機嫌になんよ、そいつ」
「なんで浦原は俺が短気だと思ってんの?お前もたいがいだぞ?」
「はいはい、お客さんいなくても喧嘩しない」
エプロン姿の羽村が仲裁に入るが、別に喧嘩なんてしていない。
「じゃあ藍沢さ!付き合ってないなら、俺に紹介してくれよ!いいだろ!?」
「おいこら、てめー。しつけーぞ。なんでお前にとわこ紹介しなきゃいけねーんだよ。身の程を知れ」
俺より先に浦原が噛みつく。
「ほら、お前の方が短気じゃん」
冷ややかな目で指摘すると、浦原はケロリと表情を変える。
「ん?別に?そうそう、そういえばイツキはステージ見たん?三分なんとかってやつ」
「三分間スポットライトな?見てないけど、アレだろ?お面の……」
そう答えると、浦原は意味ありげな笑いを浮かべてスマホを取り出す。
「わはっ、うち動画撮ったんだよね」
浦原は楽しそうに動画を見せてくれる。
そんな風に、文化祭・二日目も過ぎていく――。
終了は午後五時。それから諸々片づけをして午後八時。文実の打ち上げもクラスの打ち上げも丁重にお断りをして、俺は急ぎ十和子のマンションへと向かう。今日は日曜日、――トワコンチャンネル配信の日だから。
――十和子のマンションについたのは、八時四十分だ。
「悪い、遅くなった」
「文化祭お疲れ様。無理して来てくれなくてもよかったのに。打ち上げとかあったんじゃないの?」
首にヘッドフォンを付けた十和子は申し訳なさそうな顔で俺に飲み物を差し出す。
「いやいや、ワコの配信リアタイを差し置いて優先する用事なんてあるわけないだろ」
渡されたペットボトルの蓋を捻ると、プシュッと炭酸の泡の弾ける音がする。一口、二口と飲んでからノートパソコンの立ち上げと配信準備を行う。
「コメントの削除とかブロックまではできないけど、ただ普通に配信するだけだったら私だけでもできるのに」
席に着きながらもまだそんなことを言う十和子に、振り返り俺はあきれ顔を向ける。
「こっちの文化祭の実行委員は、君と誰って言ってましたっけ?」
「あ、そうだった。私と、イツキだった」
途端に十和子は嬉しそうに笑う。
「あっちの文化祭。イツキが頑張ってたのはちゃんと見てたよ、私。門も見たし、クラスも、花壇も見た」
「俺はステージを見たけどな」
「んなっ!?」
十和子は真っ赤な顔で振り返る。時刻は午後八時五十五分。
「見たの!?なんで!?いなかったじゃん、体育館に!」
「まぁ、実行委員なんでね、その辺はまぁ」
情報元はぼかしつつ、感想を端的に伝える。
「すげぇ楽しそうで、ちょっとうらやましかった」
予想外の感想だったようで、十和子は真っ赤な顔で、にひっと笑う。
「そうなの。超楽しかった」
俺はチラリと時計を見る。
「話の続きは一時間後。よろしく」
「ふふ、お任せ」
十和子はヘッドフォンを装着して、ふぅと短く息を吐く。
――時刻は午後九時三分。今日もトワコンチャンネルが始まる。
『あのさ、来週のトワコン文化祭。150人ずつ交代って言ったじゃん?あれね、嘘でした。黒子ちゃんが超がんばってくれて、よくわかんないけどメンバーシップのみんなまとめて入れるようにしてくれたんだ。つまり、全員と会えるってこと。いえーいっ!』
ワコは本当に楽しそうに声を上げて、コメント欄も大盛り上がりだった。発注の時点で5029人だったメンバーシップの人数は、今は6300人まで増えていて、サーバーの増強を追加発注しなければならない。34台では足りない。現時点で42台。……50、いやいっそ60で頼んでおくか。さすがに9000人分用意すれば、溢れることはないだろう。金額も増えるからあとで話しておくか。
ワコが全員入れるとみんなに言ったんだ。それなら全員入れるようにするのが俺の役目だろ。
ワコは手書きのフリップを使って当日のルール説明を続ける。当日は建築なしのアドベンチャーモード。ログインした人は150人ずつコピーした各ワールドに割り振られて、そこをワコが巡回する。アイテムの使用は可能なので、模擬店で販売するようなものは前日までに作っておいてね、と注意が入る。
『あ~、来週楽しみだなぁ。昨日ね、友達の高校の文化祭に行ったんだけどさぁ……。ほんっと、もう……楽しかったぁ。焼きそばパンも、超うまうまだったし』
きっと、その一言を受けてこれからトワコン文化祭ワールドにも焼きそばパン屋が乱立するだろうことは容易に想像出来る。
――そして今日の配信も終わり、十和子はヘッドフォンを外してこちらの世界に戻ってくると、いつも通り小さく一息をつく。
氷の入ったグラスに注いだカフェオレを渡すと、乾杯をせがむように十和子はグラスを掲げたので俺もグラスを合わせる。
「お疲れ」
「イツキこそ。文化祭お疲れ様」
「さっき聞いたぞ」
「あはは、そうだっけ?まぁ何回聞いてもいいでしょ。文化祭お疲れ様」
そう言って二人で笑う。
「予想通りうちの学校ですげぇ噂になってるよ。『時鳥梓と長身黒髪美人』が来た、って」
十和子はわざとらしいくらいのどや顔で、長い黒髪を一度手櫛でとかして揺らして小首を傾げる。
「長身黒髪美人かぁ。誰のことだろうね」
「……おめーのことだよ、わざとらしい」
椅子から立ち上がった十和子は自分の手を頭の高さで揺らして俺に問う。
「長身?」
「174だろ?かなりたけーよ」
クスクスと笑いながら今度は髪を揺らす。
「黒髪?」
「じゃなかったら何色なんだよ。黒は何を混ぜても黒だ」
「あはは、なにそれ。じゃあ、美人?」
人差し指を顔に当てて、いたずらそうに笑う。
「超美人。最初から言ってんだろ」
きっとお望みの言葉を得て、十和子は満足そうに再び椅子に戻って、一度クルリと回る。
「そっか~、私のことだったか」
「うちのクラスの男子はその話題で持ち切りだよ。あ、『紹介してくれ』って言われたんだけど、どうする?」
軽く笑いながらそう言うと、十和子はニコリと微笑む。
「うん、いいよ。じゃあいつにしよっか?どんな人?カッコいい?」
「あ、悪い。嘘だった」
シレっとそう返すと、十和子は意地悪そうな顔で俺の表情を覗き見ながら指でつついてくる。
「その小嘘は~、どんな効果を~期待しているのかな~?」
いつか言ったようなセリフで十和子は俺を煽る。
「意味なんてねぇよ。虚言癖ってそういうもんだから。意味なく嘘つくんだよ」
「あはは、真顔で嘘つくのやめよ?」




