51話 今までずっと、イツキが私を見てたのに。
◇◇◇
——文化祭実行委員の仕事に戻るイツキを見送り、十和子は梓と合流する。
梓は戻ってきた十和子の腕にくっつきながら、笑顔で問いかける。
「おかえり~。次どこいこっか?行きたいとこある?フロアガイド見る?」
無邪気に問いかける梓に十和子は首を捻る。
「行きたいところ?」
そして、不敵な笑みと共に言葉を続ける。
「全部。イツキが作った文化祭だもん。全部回るに決まってるじゃん」
それを聞いて梓は嬉しそうに微笑む。
「だよね~。そんなトワコ超〜好きっ」
当然その言葉は梓の想定内。その為に15分間身体を休めていたのだ。
その言葉通り、十和子と梓は端から文化祭を堪能する。夕方6時の閉場までの2時間。比喩でなく、片っ端から全ての模擬店を制覇する。
帽子を目深く被っていても、中には梓と気がつく生徒もいた。だけど、至近距離でしーっとお願いされれば、誰でも秘密の共犯者になってしまう。
二年生のフロアを歩いても、二人は注目の的だ。周囲の目など一切気にせず、梓は常に十和子にくっついて文化祭を回る。
「お化け屋敷楽しかったね〜、もう一回行く?」
入場無料のお化け屋敷は2年D組の出し物だ。
「行かない。次行くよ」
進む廊下の先に、十和子はイツキの姿を見つける。ボードを片手に、同じ文化祭実行委員の佐藤とともに、上級生となにやら話している。
「おっ、イツキくんとエンカウント。女連れじゃん」
わざとそんな言い方をして、梓はイタズラそうに十和子を見上げる。
「全然違う、あれはきっと同じ文実の佐藤さん。そういうのじゃなくて仕事仲間。イツキは仕事してるだけだから」
そう言いながら十和子はムッと頬を膨らませて、それを見て梓もクスクスと笑う。
「ごめんて。ほら、早く回らないと全部制覇できないよ?全部見るんでしょ?イツキくんの作った文化祭をさ!」
腕を引く梓の言葉に十和子も力強く頷く。
「うん、だね」
三年のフロアに移り、チョコバナナを買って、お面を買って、喫茶店に入った。
「……ちょっと。お面つけすぎじゃない?」
梓は阿修羅像のように、頭に三つキャラクターのお面を付けている。十和子は一つだけ。ペンギン型のモンスターのお面だ。
「これ、変装にちょうどいいじゃん。最初からこれにすればよかった」
「却下〜」
クラス棟を制覇した二人はフロアガイドを眺めながら校舎を出る。五時半からは体育館でダンス部のステージが予定されている。友人である浦原の晴れ舞台を見逃すわけにはいかない。
その道すがら、色とりどりに整えられた花壇を見つける。
「あっ、コスモス。うちにもあるよ、これ」
「おっと、その顔でオチが読めたぞ」
十和子は満面の笑みで言葉を続ける。
「イツキに貰ったの」
「惚気が止まんねぇや」
揺れるコスモスに鼻を近づけて香りを楽しむ梓。
季節の花々を楽しみながら二人は体育館へと向かう。
全部見るとは言ったものの、体育館で常時行われているステージだけはすべては見きれない。二人が到着したときにはステージでは軽音楽部が演奏していて、大きな盛り上がりを見せていた。
同年代の子よりも遥かにプロのミュージシャンの演奏に触れる機会の多かった二人にとって、その演奏は荒く稚拙なものだったかもしれない。それでも、十和子も、梓も、普段番組で見せる表情よりも殊更目を輝かせてステージを眺めた。
「いいねぇ~、超文化祭って感じ」
「本当だね。すっごい」
小学校も中学校も違う二人。こんな高校生活を少しでも共にしたくて、同じ高校を選んだ。選んだ学校とは違う場所で、十和子と梓は、手のひらが痛くなるほどの手拍子と歓声を上げて、ステージを楽しむ。
やがて軽音部のステージが終わり、手慣れた動きで機材が舞台から運び出されると、放送部のアナウンスが流れる。タイムテーブル通りだ。
『続きましては、ダンス部のステージパフォーマンスを行います』
「始まるよ、もっと前行こ」
「うえぇ、ここでいいじゃん~」
文句を言いながらも、十和子に手を引かれて梓は最前列へと向かう。
最前列付近は座席がなく、スタンディングでの観覧。演劇部の照明班協力のライティングが舞台を照らし、いつもより凝った編み込みのされた髪型の浦原が、いつもより露出の多い服装で、他の部員と共にステージに現れる。
「めぐるちゃんっ」
十和子が声を上げ手を振ると、浦原はステージから十和子を見つけ、ニッと笑って二本指を向けてくる。
暗転。
ズン、と身体を揺らす重低音。鼓動よりも速い拍を刻むそれに華やかな電子音が乗り、色とりどりのライトがステージを切り裂くように照らしては消える。
全員が同じ振り付けで手足を動かし、身体を揺らす。同じ動きをしているはずなのに、一人だけなぜか一際目を引く。
梓はパチパチと義理の手拍子をしながら、苦々し気な表情でそれを見る。
「……あの女だけ動きキレッキレすぎん?」
それを聞いて、身体を揺らしながら真っ赤な手のひらをたたき続ける十和子は得意げに微笑む。
「ふふふっ、でっしょ~?」
ライトに照らされたステージの熱で、動きで、汗を滴らせながら、笑顔で浦原たちは踊り、やがて曲が終わる。
シン、と一瞬の静けさの後で、歓声と拍手が鳴り響く。
「めぐるちゃ~ん!」
少しだけ涙目で、十和子は雨の様な拍手を送り続ける。
疲労感のある笑顔を浮かべた浦原は、汗を拭きながらひらひらと手を振り、ステージを後にした——。
二人は身体の火照りを覚ますように席に着き、息をつき、喉を潤す。
「次、なんだろうね」
「はいはい、そんな時は~『フロアガイド~』」
梓はどこかで聞いたような音程で再びフロアガイドを取り出す。各模擬店の情報の他に、ステージのタイムテーブルも載っている。
「放送部主催の『三分間スポットライト』だってさ」
「へぇ、なにそれ」
「なんだろねぇ。楽しみっ」
だが、二人が待てどもステージは始まらない。それどころか予定時刻になってもアナウンスすら流れない。
「始まらないね」
「始まんないねぇ」
なんとなく舞台袖に目を向けると、声は聞こえないものの何やら揉めている雰囲気。それを察した梓はニヤリと笑いおもむろに席を立つ。十和子の手を引いて——。
「いや、無理だって。順番おかしいだろ。この後になんかやったって絶対滑るにきまってんじゃんか」
「そうだよ、せめて順番変えてくれよ。トップバッターは無理だって」
芸人風の衣装に身を包んだ男子生徒二人は、進行役の放送委員に懇願する。
「え、えっと……それじゃあ誰か代わりにやってくれる人は——」
他の参加者を見渡すが、誰も視線をそらして手を挙げない。誰もがダンス部のパフォーマンスがあんなにハイレベルとは思ってもいなかった。あのパフォーマンスの後に、稚拙な素人芸を見せろというのが酷な話だ。
「おっこまっりですかぁ~?」
十和子の手を引いて、弾むような足取りで梓が現れる。
「えっ、とっ……」
「梓ちゃん!?」
「うそでしょ!?」
舞台袖はにわかに色めきだつ。
事情を聞いた梓は、いたずらそうな笑みを十和子に向ける。
「ねぇ、十和子。あたしたちも、……青春したくない?」
十和子は呆れ笑いでため息をつく。
「却下。……って言っても聞かないでしょ?でも、条件が一つ!絶対に目立たないこと。これは、イツキが作った文化祭なんだから」
梓は嬉しさを噛み締めるように笑ってピッと敬礼を行う。
「えへへ、了解っ!」
——場を繋いでいた音楽が静かにフェードアウトする。そして、アナウンスが流れる。
『大変お待たせしました。次は、放送部主催の参加企画・三分間スポットライトです。歌でも、漫才でも、模擬店の宣伝でも、三分間自由にアピールしてください。それでは、トップバッター……どうぞ!』
司会の声に促されて、二人は舞台袖からステージに現れる。
「どうも〜」
「こんにちは〜」
演劇部で借りたマントを羽織り、顔は模擬店で買ったお面で隠した二人がステージ真ん中のマイクに至る。
梓のお面はひょっとこのお面で、側面にもアニメキャラのお面の三面仕立て。十和子はペンギン型のモンスターのお面だ。
困惑する場内の空気を心地よく吸い込んで、梓が第一声を放つ——。
「えー、そうそう、隣の家に塀が立ったってねぇ」
すこぶる楽しそうに生み出された言葉は手垢まみれの使い古されたダジャレ。
「……正気ぃ!?」
十和子も思わず素でツッコむ。
「隣の客はよく柿食う客だ!」
「別にいいでしょ!?好きなんじゃないの!?」
客席はシン、と静まり返る。奇妙な出立ちをした二人組の、漫才とも言えない稚拙なやり取り。
それとは裏腹に、やけに通る声と、堂々とした立ち振る舞いから目が離せずに、席を立つ人はいなかった。
「——で、そこであたしは言ってやったわけよ。まんじゅう、……怖くないよって」
「返しに困る改変やめてぇ」
「じゃあなんか面白いこと言ってよ」
「え!?えっと、じゃあ……み、ミントスコーラ〜」
「……ぶはっ」
あまりのしょうもなさに梓はつい噴き出す。
二人の体内時計では、残り十秒。そろそろ締めの時間だ。
「お前とはもうやってられ……るわ!一生!」
十和子はクスリと笑い、二人同時に頭を下げる。
「ありがとうございました〜!」
放送委員のストップウォッチはジャスト三分。二人は舞台袖に戻る。
「いや〜、滑った滑った」
お面を外して汗を拭う梓は、心底楽しそうに笑う。
「ね。クスリとも笑いあがんなかったね」
梓に飲み物を渡して、十和子もお面を外す。
「そりゃそうよ。『ミントスコーラ〜』じゃあね」
「あ、怒ろ」
「うそうそ、えへへ」
ステージでは、二人の舞台に勇気づけられた次のグループが漫才を始め、場内からはクスクスと笑いが漏れ聞こえる。
それを見て二人も満足げに微笑む。
「楽しかったぁ」
「次は、100万人ね。その時は絶対、全員笑顔にしちゃお」
「おーうっ」
二人は笑顔で拳を合わせる。
――やがて夕方六時が近づき、文化祭の初日は終わる。
二日目は生徒のみの文化祭なので、十和子たちが参加できる文化祭はもう終わりだ。
日は沈みかけて、空は紺色に染まる。
校門の外から名残惜しそうに校内を眺める十和子は、視界の端で忙しそうに動き回るイツキを見つけた。
イツキはトワコたちに気づかずに指示や作業を続けていて、その横顔を、後姿を、十和子はただ眺めていた。
「なんか変な感じ」
「なにがぁ?」
十和子は少し考えて、言葉を続ける。
「今までずっと、イツキが私を見てたのに」
——今は、イツキの作ったものとイツキを十和子が見ている。
梓はイツキを見つめる十和子を見上げながら、少しの間を置いて問いかける。
「好きなの?」
言葉を飾らず、まっすぐな問いかけに十和子は一瞬驚いた顔をして口を開けるが、そのまま口は微笑みに変わる。
恥ずかしさを、少しの勇気で飾った言葉。きっと、これを最初に告げるのは梓にと決めていた。
十和子はこくりと頷く。
「うん。好きだよ」
梓は十和子の腕に頬を寄せ、本当に嬉しそうに笑う。
「そっかぁ。っふふふ、やっとトワコと恋バナできたねぇ」
クスクスと笑う梓を見ていると急に恥ずかしくなってくる。
「……そっ、それなら梓はどうなのよ!?誰か好きな人いないの!?」
梓は『なにを今更』と言った顔で、人差し指を十和子の前でくるくる回す。
「ここにいるがぁ?」
「……私抜きで」
「おらーんっ。ま、トワコに男ができたら考えるよ。あはは」
そう言って梓は明るく笑う。




