50話 元国民的子役と幼馴染の、15分だけの文化祭。
「うん、これもおいしい。明太マヨは意外に合うね。梓も食べる?」
休憩を貰って、別室で十和子たちと食事をする。まだ休憩とれてなかったからちょうどいい。
「食べるー。あーんっ」
時鳥さんは当然の権利のように口を開けて、十和子も当たり前のように食べさせる。
「ふんふん、明太パスタがあるんだから明太焼きそばも悪くないね。シェフを呼んで~」
パンパンと手を叩く時鳥さんに首を横に振る。
「いや、呼ばねぇっすよ。調理班は忙しいんで」
苦言を呈すると、時鳥さんの丸く大きい目はチラリと俺を見た。十和子が言うのも納得の、サングラスで隠し切れない目力。
「君がイツキくんかぁ。お噂はかねがね。時鳥梓ちゃんでっす」
そう自己紹介して、時鳥さんはにひっと笑う。
「ずっとお礼言いたかったんだよね。ありがと」
初対面だし、礼を言われる筋合いなんてこれっぽっちもないので内心困惑するが、そういうことなら俺だって言いたいことはある。
「それは俺のセリフっすね。俺もお礼が言いたかったんで」
時鳥さんがサラリと解決した炎上騒ぎ、あれのおかげで色々考えることができたのだから。
「ふーん、よくわかんないけどどういたしましてかなぁ。って言うか敬語とか要らないよ?同じ歳なんだし、気軽に梓ちゃんって呼んでいいよん」
「いや、呼ばねぇっすけどね、時鳥さん」
「あはは、頑な~」
十和子がずいぶんおとなしいなと思って視線をやると、三つ目の焼きそばパンを食べ終えて、次の一本を模索しているところだった。
「さすがに焼きそばパン食べすぎじゃね?」
指摘すると、十和子は顔を真っ赤にして抗弁する。
「こっ、……こんなにおいしい焼きそばパンが悪いんでしょ!?」
「焼きそばパンは悪くねぇだろ。ほかにも模擬店あるんだから腹八分目にしとけよな」
「こんなのまだ全然だけど――」
と、言って何かを思いついたように十和子はすっとぼけた演技を始める。
「あ、他に模擬店もあるんだぁ。実行委員さんなら詳しそうだねぇ、誰か案内してくれないかな~?」
十和子の食べかけの焼きそばパンを食べながら、チラシをピラリと差し出す時鳥さん。
「フロアガイドあるよ」
「しっ!いーからっ!」
時計を見る。時刻は三時四十五分。
「休憩時間、あと15分あるから。その間でよろしければご案内いたしましょうかね」
十和子の顔はぱあっと明るくなる。
「本当っ!?」
その表情を見て、時鳥さんは座ったままひらひらと手を振る。
「あたしここで休んでる〜。あとでエスコートしてね、トワコ」
「うん……っ!任せて、梓!」
勢いよく立ち上がり、十和子は俺の袖を引き入り口ドアへと急かす。
「じゃ、行こっ。15分しか無いんだから!あ、優待券あるよ」
「さっきもう使ったろ?」
——待機部屋の空き教室を出て、文化祭巡りを始める。
時間は15分。
「おすすめは?」
「そうだなぁ。まず近いところだとD組の射的とか面白そうだったかな」
「いいね、お祭りっぽい!行こっ」
上機嫌の十和子を連れてD組へと向かう。すれ違う生徒たちがみんな見ては振り返るのがわかる。その視線は当然十和子だ。
「お前さ、よく普通に暮らしてるね」
十和子はキョトンとした顔で首を傾げる。
「え、なに急に」
「無自覚かい。視線の話」
「あぁ。別に昔からだから気にして無いけど。多分梓もそうだよ」
一切意に介さずとばかりに十和子はさらりと答える。
「……すげぇなぁ」
そんな凡庸な感想を漏らす間に、俺たちはD組に到着する。D組の模擬店はコスプレ射的。ただの射的だけでは面白くない、とのことでスタッフ全員がそれぞれ好きなコスプレをして来客をもてなしている。
定番のメイド服や学ラン、法被、ハロウィン衣装っぽい物やアニメのキャラクターなど。クオリティの差はあれ、みんなコスプレをして、射的に興じる来客を盛り上げている。
「あっ!」
喧騒の中で短く鋭い声が聞こえたかと思うと、声の主はパタパタと慌ただしく俺に駆け寄ってくる。大正時代を思わせる袴姿。園芸委員の牧野さんだ。
「藍沢くんっ、来てくれたんだ!射的やってく?忙しいですか?」
「……つーか服すごいな」
コスプレと言うにはあまりにも本格的な大正ロマン風装束。指摘すると、牧野さんは少し照れくさそうに袖を広げて見せる。
「……お母さんが、せっかくだからやるなら本気で、って。変、かな?」
「わはは、いいお母さんだな。いいんじゃね?」
軽く笑うと、俺の袖は後ろに引かれる。
——十和子だ。
十和子はニッコリと、怖いくらいの笑顔で俺の袖を引く。
「ねぇ、そのかわいらしい子は誰さん?私にも紹介してくれる?藍沢くん」
無駄に溢れるオーラに牧野さんもビクッと身じろぐ。
「あっ、私っ藍沢くんと同じ園芸委員をさせてもらっている牧野茜と申します!」
なぜか敬語で牧野さんは深々と頭を下げる。
「……牧野、さん?」
十和子は名前を復唱すると、訝しげな顔で俺を見る。
「牧野さん、こいつは俺の幼馴染。あんま時間ないから射的お願いしていい?」
「あっ、そうだね!5発100円ですっ」
「あいよ。十和子、特別に俺が奢ってやるよ。せっかく来てくれたんだしな」
わざと恩着せがましく言うと、十和子はクスリと笑う。
「ありがと」
弾はお祭りの定番であるコルク銃。牧野さんはコルク弾が載った小皿を、俺と十和子にそっと差し出す。
「……十和子さん、って言うんですか?」
牧野さんはおずおずと十和子に問いかけ、十和子はキョトンとしたあとで微笑んで答える。
「うん、柊木十和子っていいます。いつもイツキがご迷惑かけてます」
それを聞いた牧野さんは何かを察して、目を見開く。そして、少し困り顔で笑う。
「いい名前ですね」
そんなやり取りを横目に俺はコルクを銃に詰める。弾は5発……のはずが、詰めても皿には5発ある。十和子の皿も同じだ。
「牧野さん、コレって……」
皿を指差すと、牧野さんはイタズラそうに笑って『内緒ね』と呟いた。
コルクを放つ軽快な音が何度か響き、十和子が6発目を放った後で、教室内にはカランカランと軽やかな鐘の音が響き渡った——。
「ふふふ、100円でこんな大きいの取れるなんてすごくない?」
十和子は景品としてゲットした大きなラマのぬいぐるみを手にご満悦だ。ちなみに俺は収穫ゼロ。
「すごいすごい。少なくとも鐘が鳴るくらいにはすごいな」
次の目的地を目指しつつ、パチパチと賛辞を送る。十和子もまんざらでもなさそうだ。
「イツキはラマ、好き?」
「好きでも嫌いでもないかな。そもそも今まで人生でラマのことを考えたことがない」
そう言うと、十和子は戦利品のラマをグイっと俺に押し付けてくる。
「じゃあ今日から考えて。あげる」
「デカすぎていらねぇ~」
眉を寄せて拒絶する。だけど、十和子は構わず俺にラマを押し付ける。
「いいからっ。案内代っ。ほら、私このあとも梓と文化祭回るでしょ?梓は腕にしがみついてくるからこの子持てないの!」
無理やりな理屈に苦笑しながらも、しょうがないのでラマ氏を受け取る。
「しょうがねぇなぁ。俺が引き取ってやるよ、ラ-マイオン」
適当に名前を付けて頭を撫でると、十和子はぷっと噴き出す。
「あはっ。なに、その名前」
「いい名前だろ?」
そのあと食べ物の模擬店を急ぎ足で二つ回ったところで時間切れ。わずか十五分だけの、俺と十和子の文化祭巡り。




