49話 元国民的子役とトップタレント、文化祭に行く。
◇◇◇
――土曜日、イツキの学校の文化祭当日。
正門の少し先にタクシーが止まり、そこから現れたのはキャップを被った長身女子と、黄色いサングラスをかけてバケットハットを被ったロングスカートの少女。いうまでもなく、十和子と梓だ。
「おおぉ」
いつも通り十和子の腕にしがみつきながら、梓は校門を彩る花のゲートを見上げて感嘆の声を上げる。
「超文化祭って感じじゃ~んっ。いいね、いいねぇ!」
興奮した様子で十和子を見上げるが、十和子は迷惑そうに梓を押しのける。
「ちょっと、今日はくっつくのやめてよ」
「はぇ?なんで?いやだけど。あたしが迷子になってもいいの?」
当然の権利を侵害されたとばかりに梓は首を傾げて疑問を問う。
「いや、それはだめだけど。……あ、ほら。服の裾つかんでていいから!」
「やーだよっ。服伸びたらかわいそうじゃん」
午前中は生徒たちが楽しむ時間で、一般来客は昼の二時から。今は午後三時。
「フロアガイドお配りしていまーす。必要な人はお声かけくださーい」
腕章を付けた文化祭実行委員が声を出しながら、校内の地図と模擬店の場所が書かれたA4サイズのチラシを配っている。広報委員作成だ。
「はいは~い、くーださいなっ」
ヒラヒラと手を振りながら梓は十和子を引き、チラシを貰いに行く。
「はいっ、どうぞ。私のクラスは射的なので、よかったら――」
笑顔でチラシを渡しながら梓を見た瞬間に女子生徒の声が止まる。それに気づいた梓はにひっと笑い人差し指を口元に当てる。
「ありがと。後で行ってみるね」
そう言ってチラシを受け取り、そのまま流れで握手をする。
女子生徒は顔を真っ赤にして、その場で固まってしまう。
「トワコ行きたいとこある?演劇見る?食べ物持っていけるかな?」
チラシを見ながら梓が問いかけて、返事がないのでチラリと見ると、十和子は真剣な顔でチラシから目を背ける。
「ねぇ、梓。知ってると思うけど、私ネタバレ嫌いだから。だから最初に言っておくね。まず、一年C組に急行します。だから、絶対にネタバレはしないで。何の模擬店かは見て初めて知りたいの。わかった?」
十和子の真剣な表情の圧に、珍しく梓も気おされてコクコクと頷く。
「あ、うん。わかった。絶対言わない。ネタバレ、ダメ絶対」
まるで戦場に赴くような緊張感で、十和子は校内に向かう。その腕にくっつく梓もつられて緊張してしまう。29時間テレビでも緊張しないような鉄の心臓の持ち主が。
賑わう校内、いたるところで客引きの声が聞こえてくる。
「1年D組、射的やってまーっす!優待もありますよー」
「2年A組の舞台演劇は夕方四時からです、ぜひお越しくださいね~」
それを聞いた十和子は途端に青ざめて、慌てて耳を塞ぐ。
「あっ、ダメっ……。梓、どうしよう!」
おろおろと狼狽える十和子を見てクスクスと笑いながら、梓はワイヤレスイヤホンを取りだす。
「しょうがないなぁ。ノイキャンワイヤレスイヤホ~ン」
どこかで聞いたような音程をつけてイヤホンを取り出し、十和子の耳につける。
「これでノイズをキャンセルすれば平気っしょ」
曲はすでに流れているので、梓の声は十和子には届かない。梓は得意げに親指を向けて、十和子は親指を合わせて感謝を伝える。
「いこっいこっ」
二人は廊下を進んでイツキのクラスを目指す。
明らかに二人は人目を引いて、すれ違う人たちはみんな振り向いた。それでも、梓がまるで恋人のように十和子にべったりとくっついているからか、声をかけようとする男子は一人もいなかった。
「C組、C組、C組~♪」
梓は楽しそうに歌い、十和子は視覚情報も遮断するように薄目で廊下を進み、傍目にはそれは睨んでいるようにも見えて、やはり通り過ぎる人は道を開けて振り返る。
やがて二人は目的地に着く。色とりどりの装飾がされた立て看板を見て、十和子は目を輝かせる。
「焼きそばパン……専門店。梓っ、やっとたどり着いたよ!」
「うんうん、トワコはかわいいなぁ」
ノイキャンイヤホンを回収しながら、背伸びして梓は十和子の頭を撫でる。
「おっ、やっぱりとわこじゃん。外で美人が騒いでるっていうから、もしかして~って思った」
教室からひょっこり顔を出したのは浦原。金髪に近い明るい色の髪を黒いバンダナでまとめ、濃紺の作務衣を着ている。
「あっ、めぐるちゃん!なにその恰好!かわいいね」
「ふふん、まぁウチは何着ても似合うしね。売り子とか会計は普通にエプロンよ。客引きは目立ってなんぼだから」
「へぇ~、だねぇ」
手を広げてクルリと回る浦原に相槌を打つと、十和子の身体はグイっと浦原から引き離される。
「……この女、誰ぇ?」
十和子の腕にしがみつきながら、梓は苦々し気な顔で浦原を見る。
「……この女言うな。浦原めぐるちゃん。私の友達」
梓は不満げな顔で十和子を見上げて自分を指さす。
「梓ちゃんは?」
あきれ顔でため息をつきながら、微笑んで十和子は答える。
「一言じゃ表せない、でしょ?」
明らかに特別扱いな言葉に梓は一気に上機嫌になり、浦原に手を差し出す。
「えへへ、トワコの唯一無二の存在の梓ちゃんです。よろしくね」
「……とわこもそうだけど、オーラえっぐいなぁ。よろ」
梓と浦原は握手をして、梓は上機嫌に手をぶんぶんと上下に揺らす。
「そんじゃ、二名様ごあんな~い」
浦原に促され、二人は教室に入る。
焼きそばパン専門店。その文字を見て、十和子が想像したのは艶やかな褐色の焼きそばが、柔らかなコッペパンに挟まれているオーソドックスなもの。緑色の青のりと紅ショウガが彩を添えるそれを想像して、口元が弛む。
イツキはどれだけハードルを上げても超えると言った。どんな味なのだろう――。
そう思って入口に下げられた暖簾をくぐると、十和子は立ち尽くして見入ってしまう。
焼きそばパン専門店。その名に恥じぬ、十種類の焼きそばパンの写真が大きくプリントされていて、番重には耐油製包装紙に包まれた焼きそばパンたちがズラリと並ぶ。
スタンダードな焼きそばパン、塩焼きそば、魚粉もちもち太麺焼きそば、カレー焼きそば、塩レモン焼きそば、明太マヨ焼きそば、オム焼きそば、ピリ辛ラー油味噌焼きそば、焼うどん、焼きラーメン。
十和子は輝く瞳でそれらを見て、つい笑ってしまう。
「これは困っちゃうなぁ……。全部食べたくなっちゃうじゃん」
クラスの模擬店である以上、イツキ一人で決めたはずがない。けれども十和子は確信している。この企画を決めたのは絶対にイツキだと。
梓は十和子の嬉しそうな表情を見上げて、自分も嬉しくなってしまう。
「い、いらっしゃいませ。何になさいますか?」
異質な二人連れに緊張しながら、クラス男子は声を掛ける。
嬉しさで半ば上の空の十和子はそれに反応して、答える。
「あ、じゃあ……イツキをお願いします」
「え」
「は?」
「ちょ」
クラス男子も、梓も、浦原もそれぞれが短く声を漏らす。
廊下の喧騒とは対照的に、教室内は静まり返る。まるで引き潮のように。そして、次の瞬間それは爆発する。
「藍沢!イツキ!一丁入りましたぁー!」
「誰か藍沢君呼んできて!すぐ!」
「なんであいつがこんな美人に……畜生ッ」
怒涛に沸く教室で、十和子は困惑した様子で梓と浦原を見る。
「えっ、ちょっと。どういうこと?」
「今のはしゃーないよ、とわこ……。こうなるわ」
「ワンチャンイツキくん焼きそばの可能性は~?」
「メニューにはないかなぁ」
浦原も梓もあきれ顔を十和子に向ける。
「違うの!……こんなの考えてくれたのが嬉しくて、それを伝えたいなって思ったんだけど」
「言葉足らずやねぇ」
ほどなくして、息を切らせて猛ダッシュでイツキが教室に現れる。
『とにかくすぐ来て!』と呼ばれてきたイツキは状況を聞いていない。イツキ到着にクラス中ワッと囃し立てる。
「イツキくん、到着でっす!」
「はぁ?なんだよ、トラブルじゃないのか?」
「ちげーよ、あの美人が呼んでるんだって!イツキくんを、ってさ!」
イツキが視線を送ると、十和子は申し訳なさそうにしゅんとしている。腕を組んでいる梓が視界に入らないくらい、十和子の表情を見てイツキにスイッチが入る。
「お前らなぁ」
イツキはゆっくりとはやす男子に近づいていき、その雰囲気を察して浦原が止めようとする。
「呼んでくれてサンキュー。俺の客。幼馴染なんよ」
止めようとした浦原が拍子抜けするくらい、いつも通りの顔でイツキは笑う。
あまりに当たり前の反応に、男子たちは一瞬で囃し立てる気力を失う。
「優待券お持ち?ご注文は?」
何事もなかったように平然とイツキは十和子の接客を始める。
十和子は嬉しさをこらえ切れない表情で、言葉を返す。
「分かってるくせに」
メニューは十種類。イツキの答えは決まっている。
「へい、毎度。十種類全部、お買い上げな」
梓は名残惜しそうにしながらも浦原により十和子から引きはがされ、十和子は満面の笑顔でチケットを差し出す。
「優待券もあるよ」
それは実行委員としてイツキが提案した文化祭のチケット。
「まいど。おまけは天かすのパックです。かけて食べな。そういえば、入り口の門は見た?」
十種類を袋に詰めながらイツキは世間話を振る。梓が見上げて感嘆の声を上げていた、花で飾られた入口の門。
「あれ、園芸委員で飾り付けたんだぜ」
誇らしげに告げるイツキ。
「見た。あれもイツキの仕事だったんだ。……すごいね!」
まっすぐ褒められて照れくささを隠せず苦笑いのイツキ。
「いやいや、まだまだ修行中っすよ」
袋を手渡された十和子は、子供のような視線でチラリと上目にイツキを窺いみる。
「……一個だけ、今食べても平気ですかぁ?」
「そんじゃ、端でどうぞ」
窓際に寄った十和子は、クリスマスプレゼントの包装を解くように、ワクワクした様子で包装紙を開く。現れたのはスタンダードなソース焼きそば。
教室中が見守る中、大きく口を開けて、遠慮なくパクリとほおばる。口元にソースがついても、青のりがついても一切気にせず、楽しそうに咀嚼して、ゴクリと飲み込んだ。
「……おいしっ」
短く一言、十和子はそう言って笑った。




