48話 元国民的子役、ハードルを上げる。
――木曜日、文化祭前々日。
「なぁ、十和子。今更なんだけどお前の高校、文化祭いつ?」
時折俺の下校時刻に合わせて駅裏に来る十和子に問いかけると、心底驚いたという風に目を丸くしてから大きくため息をついた。
「ほんっ……とうに今更な質問。本当に私のことに興味ないのねぇ」
我ながら失言に気づき、慌てて取り繕う。
「いやいやいや、気にはしてたよ?ただ、炎上騒ぎと、うちの文化祭と、トワコン文化祭と、いろいろ重なっているうちにすっかり頭から抜け落ちちゃってさ」
指折り数えながら弁明をすると、腕組みをした十和子は俺に白い目を向けつつぼそりと呟いた。
「ドラマ『刑部総一郎』で、ワコ演じる楠水色の――」
「11月7日」
言葉の途中で答えると、十和子はぽかんと口を開けたままで俺を見たので、得意げな笑みで返す。
「楠水色の姉・楠夕日が通う高校の文化祭はいつ?――だろ?」
10月に入り長袖に衣替えした腕まくりした袖を引きながら、十和子は心底不思議そうな顔で俺を揺らす。
「えっ?大丈夫?得意げにそれ言って私が『すご~いっ』ってなると思った?逆に私への興味のなさを浮き彫りにしただけなんですけど?ねぇ」
「……つい反射的に答えちまった。まさか罠だったとは」
十和子は俺の袖を持ったまま、柵に寄りかかり空を見上げ、投げやりに言葉を放つ。
「別に罠でもないんですけど~?うちの高校の文化祭は11月ですけど~?芸能科は準備も参加義務もないんですけど~?」
「え、そうなの?」
「うん、だって芸能科ってお仕事があるからあんまり学校に来れない人たちの集まりじゃん?全員同じ日に仕事休める訳ないもんね。だからクラスの模擬店とかはないの。普通科はあるよ」
とはいえ、自分たちがほとんど参加していない自校の文化祭、どれだけの生徒が出るんだろうな。
十和子は袖を引き、不満を視線に表しながら俺を見上げる。
「少しは理解できましたぁ?もう少し私に興味持った方がいいと思うよ」
「いやいや、持ってる持ってる。仮にも幼馴染だぞ?ほかのやつより知ってるっつーの」
それを聞いた十和子は袖を離し、腕を組むと、俺を試すように挑発的な視線で口を開く。
「お、言ったね?じゃあ十和子クイズ。第一問!」
「なんじゃそりゃ。超楽勝だっつーの」
「私の誕生日はいつでしょう」
「……十和子の、誕生日?」
俺が復唱するのを聞いて、十和子は質問を変える。
「第二問。ワコの誕生日はいつでしょう」
「4月11日。それ問題か?一般教養だろ。ファースト写真集『birthday』の発売日で、翌年には――」
「ぶっ飛ばしていい?」
十和子はニッコリと笑って、拳で手のひらを二度鳴らした。
「待て、早まるな。じゃあ逆に聞くけど、お前俺の誕生日とか知ってんの?」
「2月15日。何年付き合ってると思ってんのよ」
絶句。即答である。
「じゃあ、挽回のチャンスをくれ!第二問!来い!」
「恥の上塗りになると思いますけどね。第二もーん、私の好きな飲み物はなんでしょー」
「カフェオレ!」
投げやりに問いを投げる十和子。今度は俺が即答、十和子は絶句してからクスリと笑う。
「せいかーい」
ふぅ、と安堵の息を漏らして胸を撫でおろす。
「今日はこの辺にしといてあげる。次回はちゃんと予習しておくように」
「へいへい、気が向いたらな」
「あ、それ向かないやつ」
カフェオレを飲みながら十和子はスマホを取り出す。
「そうだ、梓から質問」
「……またクイズか」
肩を落とすと十和子は楽しそうに手を横に振る。
「あはは、じゃなくて。単純な質問。『文化祭にドレスコードとかある?』って」
「あるわけないでしょ、気楽な服でお越しくださいって伝えて」
「だよね。伝えとく」
十和子が返信をすると、即座にピロンとスマホが鳴る。
「早っ。学校いなかったから今日仕事なはず」
――『おっけ。こんな感じで大丈夫そ?』
メッセージを見た十和子が俺にスマホを見せる。
「この服でいいか?って」
添付された写真は楽屋か控室で撮られただろう自撮り写真。白のブラウスにベージュのロングスカート。胸元には緑のリボンが躍る。オーバーサイズのカーディガンの色は黄色で、同じ色のサングラスをかけて、目深くバケットハットを被る時鳥さんが得意満面に口元にピースサインを添えている。そう派手な服装ではないはずが、画面越しにも伝わる圧倒的なオーラ。
「うえぇ、もっと地味にお願いしまーっす」
「え、そう?かわいいじゃん」
「いやいや、かわいいとかそういうのじゃなくて。……サングラスが目立つのかな?」
首を捻る俺を見て、十和子は得意げな笑みを見せる。
「サングラスかけないともっと目立っちゃうよ、梓は」
「……マジか。どんな世界だよ」
確かに一部一流芸能人ってみんなサングラスを掛けていて、逆に目立つじゃんって思っていたけど、実はあれで隠してたってわけか。オーラとかそんなやつを。
「明日も仕事だから、今服決めてるみたい。ふふ、梓も楽しみにしてるみたいだよ。文化祭」
「そりゃ光栄なことで」
画面を俺に向けたままの十和子のスマホにメッセージが入る。主は時鳥さん。
『文化祭デート、楽しみだね!』
その文字を見て、十和子は慌ててスマホを隠す。
「ちょっ……、あのね、違くて。これは冗談で、梓はいつもこんなことばっかり言ってるだけだから!」
慌てふためく十和子の弁明が面白くて、つい笑ってしまう。
「時鳥さんが十和子大好きなのはとっくに知ってるけどな。ちゃんと返信しとけ?」
隠したスマホを指さしそう告げる。十和子は不満そうに素早いタッチで時鳥さんに返信をしてスマホをしまうと、ベンチに座って不貞腐れたように足を揺らす。
「で、結局何のお店やるの?」
露骨な話題転換。だけど、答えは決まっている。
「ん?秘密。来てのお楽しみ」
十和子は両手を高く、高く上げて挑発的な視線を俺に向ける。
「いいの?そんなに期待させて。超ハードルあがっちゃうよ?もうこーんなっ」
俺はニヤリと笑う。そんなの答えは決まっている。
「好きなだけあげといてくれよ。多分超えるから」
「ふっふふふ、……言うねぇ。じゃあ明後日、本当に楽しみにしてるから」
――翌日・文化祭前日。
この日は例外的に下校時刻が拡大されて、夜九時まで校内で作業ができる。俺は文実として校内を慌ただしく動きながら、クラスの仕事を手伝い、園芸委員の仕上げにも参加する。忙しい。だけど、無茶でも無理でもない。健全な忙しさだ。
「藍沢くん、もうこっちは平気だよ。ゲートの装飾ももう終わるし」
「クラス戻りな、忙しいだろ」
牧野さんと氷見さんがそう言ってくれるので、お言葉に甘えて次の仕事場へと向かう。
「あぁ、ありがと。帰りは気を付けてな」
秋も深まり、日が暮れるのも少しずつ早くなる。九時なら当然真っ暗だ。
クラスの装飾も、資材の準備もすでに粗方整っており、班ごとに分かれて明日の手順の確認を行っていた。
「食材関係は平気?足りないのあったら明日すぐ買いに行くけど」
調理班担当の子に問いかけると、今のところ問題はないそうだ。
包装紙も、優待用のトッピングもオーケー。釣銭はすでに用意してあって、職員室の金庫に保管してもらっている。
夜九時が近づき、教室の明かりも少しずつ消えていく。全校生徒が帰るのを確認するのも文化祭実行委員の仕事だ。
最後のクラスが帰り、手分けして校舎の確認をしてから先生に報告をする。
そして、校門のところで解散。
帰り道、いつもよりも遅い時間なので、駅まで向かう人らはまとめて一緒に帰るようで、俺は門のところでみんなと別れる。
「あ。藍沢」
佐藤さんの声に振り向くと、駆け寄ってきた佐藤さんは俺に手を差し出す。
「今日までお疲れ。明日、頑張ろ」
「おう」
パン、と手を合わせ、音を鳴らす。佐藤さんは満足そうに、ヒラヒラと手を振りみんなのところへと戻っていった。
明日、文化祭が始まる。




