47話 元国民的子役の幼馴染、全部盛る。
金曜日。いつもより一時間早起きをして、一時間ちょっと早く学校の支度をして、家を出る。寝る時間は一時と決めたが、朝早く起きるのはギリギリセーフだろう。
メッセージを送って、目指すは十和子のマンション。
「おはよ。どうしたの、急に?」
制服姿でエントランスを出てきた十和子は欠伸を手で隠しながらそう言った。
「おう、おはよう。今日金曜日だろ?土日入る前に話進めたいから、ちょっと許可もらいに参上した次第っすわ」
それを聞いてまだ寝ぼけ眼だった十和子の瞳がキラリと光る。比喩でなくそう見えてしまうくらいに。
「へぇ、すご。早くない?でも、来てくれたのは嬉しいけど、メッセージでいいのに。朝は忙しいでしょ」
そう言う十和子に手のひらを向け、首を横に振る。
「いや、ダメだろ。人の金使おうってんだから、直接会って伝えないと」
「ふふ、そういうことか。それはいい心がけだねぇ」
十和子の学校はマンションからの徒歩圏内らしいので、コーヒーとカフェオレをテイクアウトして手近な公園のベンチに移動する。時間はあと20分くらいある。いつもと違う、秋晴れの朝のさわやかな空気感が新鮮で心地よい。
「まず結論から。今のメンバーシップ約5000人。プラスアルファした5100人。この全員が同時にBauKraftにログインできるようにする。どれだけの人数が来るかわからない。一人かもしれない。けど、最大限の5100人が、好きな時に、同時にログインして、ワコと一緒に文化祭を体験できるようにする」
カフェオレを片手に十和子は興奮した様子で、朝日を反射させた瞳で俺を見る。
「すっご。そんなの全部盛りじゃん。でも、本当にできる?150人くらいが上限なんじゃなかった?重くなるとか、固まるとか」
「そう。かなりいいサーバー借りてるんだけど、それでもそれが限界なんだ。だからそれを……、34個に増やす」
そして、バッグから取り出したノートを広げ、そこに描かれたイメージ図と共に説明を続ける。
「ワコは全部見たい、全員と会いたい。だけど、ユーザーのみんなは必ずしも全員と会う必要はないわけだよな?なので、前日22時の準備期間が終わったら、みんなが作った文化祭会場を34個のサーバーにコピーする――」
その全部を統合管理して、150人ごとに次のサーバーへと割り振って、ワコはその各サーバーを巡って皆と交流して、文化祭を楽しむ。 そして、コピーした各ワールドが全部同一であるために、文化祭当日は建築不可のアドベンチャーモードでゲームを運用する。
十和子は無言で、俺の話に時折頷いて相槌を打つ。
そして、ここからが本題。
「……で、これを俺がやるのは時間的にも技術的にも――無理だ。BauKraftに詳しい専用のエンジニアを何人か雇って、保守運用してもらう必要がある」
心なしか心臓が少し早く拍を打ち、ノートを持つ手が汗ばむ。十和子に『無理』と言うことが、こんなにも勇気のいることだとは思わなかった。もしかしたら、失望されるだろうか?がっかりされるだろうか?そんなことが頭を掠め、それでもそれは一瞬でどこかに消えていった。
俺は十和子を見て、指を三本立てる。
「ざっくり300万円。そうすれば――」
「おっけー、やろ!」
俺の言葉は、十和子の軽い返事でかき消される。
「すっ……ごいじゃん!よくそんなこと思いついたね!?すごくない!?天才すぎ!」
身を乗り出した十和子が贈るあまりにまっすぐな賛辞に、思わず少し身を反らす。
「や、そんなことはねぇかな。学校のクラス分けから着想を得たんだけど、結局『BauKraft・同接最大化』で調べたらすぐ同じようなこと出てきたし……」
十和子はいてもたってもいられないとばかりに立ち上がり、カフェオレを持った両手を広げる。
「そんなことあるよ。っふふふ、こんなの本当に全部盛りじゃん。すごすぎる」
柔らかな朝日に照らされた十和子は、俺を振り向いて微笑む。本当に嬉しそうに、微笑む。
「ありがと、イツキ」
「へいへい、どういたしまして。俺の金じゃありませんのでね」
軽口を返すと、十和子はムッと頬を膨らませる。
「あ、またそんなこと言ってる」
だって、しょうがないだろ。そうでも言わないとうっかり嬉しさが顔に出てしまいそうだったから――。
――そして、十和子を見送り俺も学校へと向かう。
学校についてからが忙しい。今日は金曜日、明日は土曜で次は日曜。あんまり焦ってもしょうがないかもしれないけど、今日決まらないと土日を挟んでしまう。
授業もそっちのけでそればかり考えて、休み時間はチャンネルを始めてからやり取りをしたクリエイターさんたちにメールやメッセージを送る。Live2Dを担当してくれているうーろんさんや、待機画面とBGMをお願いしているミジオロウさんなど。直接仕事の件ではないけれど、継続的に仕事をお願いしている関係でもあるから、次の依頼の確認に交えてそれとなく相談してみる。
IT系やイベント会社に業務として発注するべきなのか、それとも今までと同じく個人に頼むべきなのか。ネット調べだとどちらも一長一短っぽい感じではあるけれど、安心安全平均値でいえば会社発注、リスクはあるが最大値なら個人エンジニアってところだろうか?そう考えている時点でもう答えは出ているよな。
時間がないから安パイで――、そんな考えは全部盛りには似合わないだろ。
「お?イツキ、どしたー?」
難しい顔でスマホをいじっていると、浦原がちょっかいを出してくるので手のひらで制する。
「すまん、浦原。今日はちょっとマジで忙しい。あ、そうだ。都合よく身内にBauKraftに詳しい凄腕エンジニアとかいたりしない?」
「わはは、なんじゃそれ。いねぇ~」
机に頬杖をついて浦原はケラケラと笑う。
「じゃあ羽村。羽村の親父さんが実は天才ハッカーとかそんな説は?」
「ごめんだけど、ないかなぁ」
言葉とは真逆に、羽村はにこにこと答える。
「だよなぁ~……」
休み時間ごとに自分でも調べてみては連絡を取って、見積もりを聞いてみる。相手が信用できるかどうかはわからないし、実績のポートフォリオとやらを見ても、俺では相手の実力がわからない。二週間後、ワコが、十和子が楽しみにしている大舞台をきっちりと任せられるかどうかを見極めなければならない。十和子の金をドブに捨てる訳にはいかない。
特に進展なく迎えた昼休み、ピロンとスマホのメッセージが鳴る。
『すんません、寝てましたぁ』
メッセージの主は柊ワコLive2Dの生みの親・うーろんさん。俺と十和子が初めて一緒に関わったクリエイターであり、以降も継続して仕事をお願いしている関係もあり、主な連絡はメッセージアプリで行うようになっている。
『イツキくんにはいつも稼がせて貰ってますからねぇ、小生エンジニア界隈もツテつよつよですよ~?』
『お。マジっすか。送った条件で受けてくれる人、いませんかね?金額は多少応相談可能なので』
ずっと一緒に仕事をしてきたうーろんさんの紹介なら信頼できる。願ったりだ。
『割と無茶な条件ですからねぇ、頼む小生にも多少なりとも見返りが欲しい所存であります』
ビジネスメールやスパチャのコメントとは対照的に、メッセージだと砕けた癖のある口調のうーろんさん。
もちろん、うーろんさんにもお礼はしますんで――、と送ろうとして、再度メッセージが届く。
『非常に言いづらいのですが、……イツキくんはDKっすよねぇ?』
DK?少なくともダイニングキッチンではなさそうだ。俺はダイニングキッチンではないから。
「浦原、DKってなに?」
「男子高校生~」
「あぁ、なるほど。女子高生をJKって言うもんな」
『あのですね、変な意味じゃなくて。本当に変な意味じゃなくって!純粋に、百億パーセント資料的な意味で!失われた青春の画像がほっしいなぁ~……って。教室にいるDKの写真が……ほっしいなぁ~って、小生は切に思うのです』
まさかの提案に苦笑いが浮かぶ。
『一応確認なんすけど、うーろんさんの性別ってどっちでしたっけ?』
『え。なんですか?26歳の独身女がDKの写真欲しがってるのがそんなにまずいですか?事案ですか?あの、通報はまだしないでください。本当資料なんで。100パーセント変なことには使わないんで。創作意欲の薪なんで』
パーセントが下がっているのに少し笑ってしまう。
『投稿とか流出とかはマジで止めてくださいよ』
『それはもちろん!』
ちょうど俺の席は窓際。窓を背に撮ればほかの人は映らない。
「浦原、ちょっと写真二、三枚撮ってくれる?」
「別に構わんけど。とわこに送るん?」
「違うよ」
どんな顔して映ればいいのかわからず、ぎこちなくピースをしてみると浦原がぷっと噴き出すのでカチンと来た。
『いっすね、いいっすね、いいっすねぇ~~~~~!もう一枚!もう一枚ください!DK二人で向かい合ってる写真とか!?ないですかねぇ!?これで最後!これで最後なんで!』
写真を送ると、瞬時にメッセージが届く。どんだけタイピング早いんだよ、この人。
「……羽村、トワコン文化祭の為に力を貸してくれるか?」
「え、なにこの流れ。いいけど、なんか怖っ」
事情と状況と相手を説明すると、羽村は三秒くらい首を傾げてから承諾してくれる。
『一応警告なんですけど、流出したらうーろんさん通報しますからね笑』
(笑)で冗談めかして釘を刺す。俺だけならともかく、羽村に迷惑はかけられない。
『もちろんでございます!』
リクエストの写真を送ると、その日のうちに三人のエンジニアの連絡先が送られてきた。全部込みで289万円。着手金が半額と、残りは期間終了後の成功報酬。
――その夜、なぜか十和子からも同じ写真の感想が届く。
流出経路は明らかなので、警告文を送ると秒で返事が返ってきた。
『十和子さんはセーフ!十和子さんはセーフですよね!?二人で依頼主ですもんねぇ!?チームですもんねぇ!?依頼主に情報共有しただけなんですよぉ、旦那ぁ!』
結局、差分衣装一つ最速で手を打つことにした。文化祭は、近づいている。




