45話 元国民的子役、おもてなしをする。
ショート動画の撮影や配信準備などで、俺は今日も十和子のマンションを訪れる。いつもは割と駅で待ち合わせているのだが、今日はなぜか一人で家まで来いとのお達しだ。
もう何十回も訪れたこの高級マンションも、一人で訪れるとやはり敷居が高く感じてしまう。見上げると、心なしかいつもより高く思える。
警備員さんにペコリと頭を下げてインターフォンを鳴らす。週に最低三回はここを訪れる俺を警備員さんは何だと思っているんだろう。
自動ドアが開き、エレベーターは12階へ。今度は玄関のインターフォン。鳴らすと応答もなく、少しして玄関のドアが開く。
「お疲れ様、イツキ。あがってあがって」
気のせいかいつもより上機嫌な十和子が、俺を室内に促す。
「はい、カバン預かるよ」
「なんだよ、気持ち悪いな」
上機嫌だった十和子は一瞬むっとしたような苦々し気な顔に変わるが、またすぐに笑顔に戻る。
「まぁまぁ、いいから。あっ、ちょっといいケーキ買ってあるから食べない?ミルクレープとガトーショコラどっちがいい?」
「マジでなんだよ……」
椅子を引いて、冷蔵庫から取り出した高級そうなケーキの箱からケーキを皿に取り分ける。
「コーヒーでいいよね?」
「お、おう」
いたせりつくせり。なんとなく気分は注文の多い料理店だ。
十和子は俺の向かいに座り、こじゃれた皿に載ったミルクレープにフォークをつけずに、俺が食べるのをニコニコと眺めている。
「食わねぇの?」
「食べるよ?」
ガトーショコラを刺したフォークを口に運びながら動きを止め、じっと十和子を見る。
「毒見?」
「毒なんて入ってないよ?」
十和子の意図が読めずに内心困惑する。うん、だけどケーキはうまい。確かにうまい。コーヒーの苦みとガトーショコラの甘味が絶妙に調和する。おいしくてうまい。
十和子は終始ニコニコと俺を眺めていて、俺がガトーショコラを半分ほど食べるとようやくミルクレープに口をつける。
「ん、おいし。イツキも一口食べる?」
「じゃあガトーショコラと交換な。これもうまいぞ」
「ふふ、ありがと」
十和子は紅茶とガトーショコラを合わせる。どう考えてもおいしいやつだ。
俺たちの皿からケーキが消えて、十和子は紅茶のカップを一度口に寄せ、ふぅと食後の一息をつく。
「あ、そうそう。これはただの世間話とかで、全然重かったり堅苦しい話じゃないんだけど――」
なんとも不穏な前置きと思った次の瞬間、苦々し気な、忌々し気な表情で、テーブルに身を乗り出す。
「……女の子たちと楽しく土いじりしてたみたいですけど、誰さんと誰さんなのかなぁ?って」
思わぬ湿度の質問につい笑ってしまう。
「あぁ、浦原経由か。同じ園芸委員の氷見さんと、牧野さんだよ」
それを聞いて十和子はため息をついて指折り数える。
「めぐるちゃん、佐藤さん、氷見さん、牧野さん。ずいぶんイツキの周りは女の子ばっかりなようで。女子高?女子高なの?」
「わはは、羽村も入れてやれよ。泣いちゃうぞ?」
軽口で返して、コーヒーを一口。
「何を勘ぐってんのか知らないけどさ、俺の興味がワコ以外に向くことがあると思ってんの?」
本来なら言うまでもない当たり前の言葉を受けて、十和子は困り顔でコーヒーカップを俺から取り上げる。
「……思わない、全然」
そう言うと、俺から取り上げたコーヒーカップに、新しいコーヒーを淹れる。
そして、砂糖もミルクも入れずにそれを口にする。
「にがぁ」
言葉通りの表情で、十和子は小さく舌を出す。
――高級ケーキのティータイムを終えて、PC作業に移る。バウクラはサーバー開放時間なので、俺たちはやらない。
「女ばっかりって言ってたけど、委員会活動って大体そんなもんじゃないの?各クラス男女一名」
「あ、蒸し返してきた。望むところよ。じゃあなんで二人いるの、氷見さんと、牧野さん」
「氷見さんが同じクラスで、牧野さんは隣のクラス。そっちの男子が全然仕事しないですぐどっか行くから、うちらと合流したって訳よ。氷見さんと牧野さんは同じ中学だから」
「はいはい、お優しいこと。そんなんじゃ牧野さんとやらもコロっと惚れちゃうかもねぇ」
「え」
「え?」
互いに短い声を出して、沈黙が部屋を包む。
椅子を回すと十和子も小さく口を開けたまま俺を見ていた。そして、十和子は話を遮るように右手のひらを俺に向ける。
「や、待って。違う。大丈夫。聞かないから。イツキにはイツキの学校生活があるのはわかってるから」
その右手を胸に当てて深呼吸をしてから、挑戦的な笑みを俺に向けてくる。
「じゃ、じゃあ話を変えてうちの学校の話でもしよっか。うち芸能科でしょ?梓とか鷹屋敷くんの他に、なんと!あの大人気アイドルグループの広瀬くんとかもいるんだよね。超人気の。嫌いな女子いないんじゃないかな~。みんな惚れちゃうかもな~。超かっこいいもんね。超だよ、超」
「お、そうか。興味ないから全然知らんけど。ところで芸能科って委員会活動とかあんの?」
「さぁ?知らない。自分で調べればぁ?」
◇◇◇
――場所は変わって都内某所、テレビ局内。
梓を含む数名の制作会社スタッフは会議室のテーブルを囲み、それぞれが携帯ゲーム機を手にしている。会議室では直前まで会議が行われていた様子で、ホワイトボードには殴り書きのような文字で番組情報が書かれていた。
「同接人数、ちゃんと見ててね。上限近づいたら誰か抜けることー。マナー大事。子供たちもちゃんとプレーできるようにね」
「イエッサー」
大の大人たち数人がテーブルを囲んで無言でカチカチとBauKraftに興じる。
同接の上限は150人。人海戦術を使おうとも、それによって人の楽しみは奪いたくないという梓の配慮だ。
「あ、チーフ。俺そろそろ休憩終わりっす」
「おう、お疲れ。建築の進捗ziscordに共有しとくわ」
「おねしゃす」
多くの人を巻き込んで、箝口令を敷きながら、梓は来るトワコン文化祭に向けて建築を続ける。
「ねぇ、鵜飼さん。トワコンチャンネル登録者数15万人突破だってさ、すごくない?」
「だねぇ、僕もそう思う。いくつか配信見てみたけど、トークも歌もキレッキレだもんなぁ。ありゃ人気でるよ。なにがオワコンだよ。ちょっとオファー出してみようかな」
何気ない社交辞令かもしれない言葉。そんな言葉に梓は嬉しくなってしまう。
「いいねぇ。そしたらあたしも呼んでね、絶対!」
「梓ちゃんギャラ高いからなぁ……」
「あはは、そんなケチくさいこと言わないでさぁ!」
近づくトワコン文化祭に向けて、梓の建築も進んでいく——。




