44話 元国民的子役、釘を刺す。
トワコン文化祭と同様に、俺たちの高校の文化祭もだんだんと出来上がってくる。
「じゃあ、焼きそばパンの種類は以上10種類で決定しますんで、調理班の人当日よろしくお願いしまーっす」
各種焼きそばを作る係、それをコッペパンに挟む係、てりやきバーガーでおなじみのL字開きの耐油紙に包む係。商品に触れる販売と、お金に触れる会計は別の係。あとは客引きと宣伝、在庫管理。佐藤さんと仕事を割り振っているので、以前ほど一人で抱え込んではいない。
浦原は客引き、羽村は販売。適材適所である。
少し長引いたホームルームを切り上げて、俺は委員会へと向かう。今日は水曜日、園芸委員の日だ。三週間後の文化祭に合わせて花壇に花を植えたり、剪定を行う。
「あ。ひーちゃん、藍沢くん、お疲れ様」
先に作業をしていた隣のクラスの園芸委員・牧野さんが、軍手を付けた手をひらひらと振る。ひーちゃんとは、うちのクラスのもう一人の園芸委員である氷見さんのことだ。
「私はまだ疲れてないけど。疲れてるのは委員会兼任してる奇特な人だけじゃない?」
「それもしかして俺のこと?俺も別に疲れてねーよ。ちゃんとみんなに仕事振りまくってるからな」
軍手を装着しながら軽く笑うと、氷見さんはあきれた様子で小さくため息をつく。
「でも滝田とかなんにもしてないじゃん」
「それはそれでいいんだよ。無理やりやらせて嫌々やられても士気下がるからなぁ。牧野さんのクラスは射的だろ?順調?」
話を振ると、牧野さんはビクッと大きく身じろぐ。
「はいっ!よくご存じで!」
「まぁ、実行委員っすからね」
世間話をしながら視線を花壇のコスモスに向ける。以前うっかり抜いてしまった苗たちは、ありがたいことに順調に、元気に育っている。
「そういえば!」
牧野さんは勢いよく声を上げたかと思うと、俺を見たまま口を開けて一、二秒動きを止めて、ぎこちない笑いで氷見さんに話しかける。
「ひっ、ひーちゃんこないだ見た!?配信。ワコちゃんの配信!」
「私に聞くなよ、見るわけないだろ」
二人のテンションの差に少し面白くなってしまうが、その話題は捨て置けない。
「おっ、牧野さんワコの配信見てくれたのか?さんきゅー」
思わぬ話題につい嬉しくなってしまう。
「や、たまたま……たまたまね!こないだ藍沢くんと話した後だったし、たまたまおすすめに出てきたから見ただけなの!」
軍手で包んだ手を握り締めて力説する牧野さん。
「あぁ、問題ないよ。たまたまだろうと正座待機だろうと、一再生は一再生だから。チャンネル登録・高評価・コメントお待ちしておりまーっす」
「何目線?」
牧野さんは言いづらそうに、照れくさそうに言葉を続ける。
「えへへ、あのゲームさ、弟もたまたまやっててさ」
「たまたま多いな」
「ひーちゃんうるさい。これは本当だもん!」
「これ……は?」
氷見さんはいぶかし気な顔で牧野さんを見て、その反応で己の失言に気が付いた牧野さんは慌てて両手を振って言葉を取り消す。
「うぁっ!?違う、違うから!全部本当なの!本当!絶対!」
「わはは、まぁ真偽はこの際どっちでもいいんだ。今大事なのは牧野さんの弟がBauKraftやってるってこと。つまり……牧野さんもトワコン文化祭に参加できる……ってことだよな?」
神妙な顔で名案を放つ俺に、氷見さんは冷ややかな視線を向けている。
「友達が宗教の勧誘に会うの初めて見た」
「宗教?あぁ、ワコは神ってことか。さすが氷見さん」
「勝手にさすがんないでくれる?」
氷見さんの横で、ポンポンと軍手で土を均す牧野さんが口を開く。
「いや、えっと、あのね。なんというか」
口ごもりながら、牧野さんは真っ赤な顔で言いづらそうに俺を見あげる。
「……メンバーシップ?登録しちゃったぁ。弟が?どうしてもやりたいっていうから」
コスモスよりも真っ赤な顔で照れ笑いをする牧野さん、それに目もむけず俺はスッと立ち上がる。
「あ、藍沢くん?」
俺は自販機の方を指さす。
「メンバーシップ登録ありがとうございまーっす!ジュースおごるよ。何がいい?何でもいいぞ」
「えぇ!?なんで!?」
「牧野が好きなのはレモンティーだよ」
「レモンティー了解。氷見さんは?」
「ん?私もいいの?じゃあエナドリ。一番高いやつ」
「わはは、オッケー。行ってくる」
◇◇◇
――イツキが校内の自販機へ向かう後ろ姿を見送る牧野と氷見。
「ねぇ、牧野」
軍手を外して、落ち着いた口調で氷見は牧野を呼ぶ。二人は同じ中学出身だ。
「え、なに?」
氷見は言いづらそうに少し眉を寄せて、ため息交じりに呟く。
「藍沢はやめときなよ。完全に脈無いって。アレ牧野の気持ちに気付いてわざとワコワコ言ってるよ」
「んー……」
困り顔で牧野は笑う。
「かもしれないけど、でも藍沢くんがワコちゃんを好きなのは嘘でも冗談でもなく本当だよ?……逃げちゃった私に、ちゃんとどこが好きかって教えてくれたから」
「でもさぁ……」
氷見の言葉を待たずに、牧野はわざと元気そうに軍手を握りめて言葉を続ける。
「同じ園芸委員の友達と、もっと仲良くなりたいって思うのは普通なことじゃない?」
中学時代からの友人として、言いたい言葉はたくさん浮かんできたけれど、氷見はそれをため息で逃がして一言だけ呟く。
「それならまず同じクラスの園芸委員から仲良くなろうな?」
「そっ、それはそれ!」
◇◇◇
――同時刻、放課後の多目的室。
普段はダンス部の幽霊部員である浦原。さすがに文化祭はステージがあるので部活に出て他の部員とダンスを合わせている。
小休止、汗を拭きながらスポーツドリンクを飲み、スマホを眺める。ちょうど数分前に十和子からのメッセージが届いていた。
『お疲れ様、めぐるちゃんのステージ楽しみにしてるね』
メッセージのやり取りで、今日はダンス部の活動があることを知っている十和子からの激励メッセージだ。
『おー。ばっちり度肝抜いてやんよー。うちのクラスの出店はイツキに口止めされてるから内緒な?』
イツキたちのクラスは焼きそばパン専門店。当日までのワクワク感を与えたいとの思惑で、イツキも浦原も羽村も十和子には内緒にしてある様子だ。
『そっちも超楽しみ。イツキはー、ちゃんと休んでる?今日は園芸委員だっけ?』
なんとなく窓の外を眺めると、正面入り口付近の花壇で作業をする三人の男女が目に入る。それはイツキと、牧野と、氷見。浦原の視力は1.5。この程度の距離は容易に識別できる。
『あ、ちょうど見つけた。女たちと土いじくってる』
『女ぁ!?複数と!?いじくってる!?』
まるで画面から声が聞こえるような勢いに浦原は一人声を出して笑ってしまう。
『切り抜きやばいな』
『ですよね。やばいですよね。ちょっと、今から行きますね』
『いや、来んなし。重すぎんよこの女~』
『全然重いとかじゃなくて。単純に釘刺しとかないと』
『イツキ、逃げて~。刺されるぞぉ』




