43話 トップタレント、暗躍する。
◇◇◇
都内某所のテレビ局・とある収録スタジオ。
収録と収録の空き時間、スタジオの端で折りたたみいすに座る時鳥梓はカチカチと携帯ゲーム機を操作している。トップタレントである梓、当然専用の控室が用意されているのだが、梓はメイクや衣装替え以外ではほとんど控室を利用せずに現場の端にいることが多い。
「梓ちゃん、今なんのゲームやってるの?」
「バウクラ~」
共演者やAD、ディレクターやスポンサー側の人々が現場を行きかう。その空気に触れずに控室に引きこもっているなんてもったいないことは梓にはできない。
「SNSでもちょっとした話題になってるよね。ワコちゃんのバウクラ企画でしょ?」
「いえすっ。テツさんやってる?ちょっと手伝ってほしいんだけどさぁ。一日90分でサンボなんて足りるわけないじゃんね」
テツさんと呼ばれた制作会社のディレクターは首を捻る。
「サンボ?」
「サンドボックスゲーム。何でも作れるやつ。ねぇ~、手伝ってぇ。テツさ~ん」
甘えた猫なで声で露骨に媚びを売る梓に、テツさんはバツが悪そうに眉を寄せて頭をかく。
「……悪いけど、そんなに時間がなくてなぁ」
「だよね~。やっぱ演者側からひっぱっていくかぁ。あっ、おーい」
梓は暇そうに歩いていた人気芸人に駆け寄っていく。
「ベンチャートイレットさん、暇?暇でしょ?超暇じゃない?」
「なんでやねん。これからヤニ吸うのに忙しいっちゅうねん」
すでに手に煙草を持ちながら、ベンチャートイレット・武井は笑う。梓はニヤリと悪そうな笑顔でヒソヒソと武井に耳打つ。
「ふふん、ここだけの話なんだけど、タバコなんて女子供の吸うやつじゃなくって、もっと良いものがあるんだけどなぁ」
「子供は吸ったらあかんやろ。男女差別えぐいな、自分」
武井の苦笑にかまわず、梓の言葉は続く。
「中毒性抜群で、一度ハマると抜け出せなくなっちゃうやつ。……ヤル?やろう!一緒にキメよう!」
「……おいおい、まさかヤバいやつやないやろな」
わざとらしく神妙な顔をする武井に、梓は得意満面に携帯ゲーム機を見せつける。画面にはBauKraftが映っている。
「これです」
「あぁー、それ抜け出せんやつや」
武井は天を仰いで声を上げる。
その反応で梓は察する。
「おっ。武井さんやってるね!?お願い!手伝って!少しでいいから!」
「おん、ちょっとくらいやったらかまへんけど。なに作るん?」
武井の返事を受けて、梓は太陽のような笑みを見せる。
「本当!?」
その笑顔を見ただけで、武井も己の選択の正しさを感じてしまう。
梓はパラパラと手帳を広げて、何やら武井に見せながら説明をする。
「うん、トワコが今配信やってるのは知ってる?それの企画で文化祭やってるから、こんな建物を作りたいんだけど……」
説明を聞きながら武井は目を見開く。
「自分、まじかぁ。これ、アリなん?」
「んっふふ、アリでしょ。絶対びっくりするよね」
「いやいや、世の中なんでもびっくりさせりゃいいってもんちゃうで……」
その反応を見て、梓は満足げに胸を張る。
「あ~、トワコの驚く顔が早く見たいなぁ~。詳しい登録方法とかは後で送っておくね。あ、宣伝とかは無しの方向で!トワコ絶対嫌がるから」
口元に人差し指を当てて、シーっとジェスチャーをする。
「おん、了解了解。自分、ワコちゃんと仲良かったもんなぁ」
「今でも仲いいんですけどぉ?」
梓のジト目で失言に気づき、武井はピシャリと自分の額を叩く。
「そりゃ、すんません。最近は知らんけど、ずいぶん美人さんになったんちゃうの?あの歳時分でもうスラリとモデルみたいにキレイなっとったもんなぁ」
十和子が褒められることは梓にとって自分のことのように嬉しいことだ。
「ふふん、当~然っ。超絶限界突破美人――」
胸を張り、鼻を高くしてそういう途中で、梓は武井を見る。
「やっぱり、そう思うよね?」
その『やっぱり』は武井には伝わらない。
「なんのやっぱりやねん」
そんな話をしていると、ADが武井を呼びに来る。
「あっ、いた。武井さ~んそろそろお時間で~す」
「ちょー、待って。ヤニ一本……いや、一口!一呼吸だけ吸わせて!」
梓は申し訳なさそうに武井に手を合わせる。
「あはは、ごっめん。じゃあ、バウクラの件よろしくで~っす」
「おう、ほなまた」
武井は短く答えて足早に喫煙室へと移動する。
梓は顎に手を当てて、首を傾げる。
「ふむ」
◇◇◇
十和子から業務用備品と言う固い名目で預かった携帯ゲーム機。十和子と俺のアカウントは管理者権限なので、サーバー開放時間外もゲームができる。というか、原則として十和子は開放時間内はプレイしない。みんなとプレイするのは配信の時のお楽しみらしい。
トワコン文化祭準備期間・一日目。ワコの家予定地付近は意外なほど誰も建築物を作らず、遠巻きに一定の距離を空けて放射状に家が建ち始めていた。
「時鳥さん隣建ててないな。今日忙しかったかな」
スマホでビデオ通話をしながら、お互いの家で建築を進めながら問いかけると、十和子は首を横に振ってあきれ笑いを見せる。
「あのね、イツキ。梓は忙しいくらいで自分のやりたいことを諦めるようなかわいらしい性格はしてないよ」
ある種の確信に満ちた声色で十和子はそう言った。
となると、さらなる別のサプライズを考えているということか?スパチャ芸ではああ言ったものの、配信でのワコの主体性を重視してくれている時鳥さんが実際にワコの隣に家を建てるとは確かに考えづらい。いくら子役時代からの戦友とは言え、特別扱いと思う人が出ても不思議ではないだろう。
さすがの距離感である。どんなサプライズが来るのか、今から俺もワクワクしてきた。
「あ、じゃあイツキ隣に建てなよ。ほら、空いてるよ」
自分の家の隣の空き地に立つワコがジェスチャーで両手を上げ下げしてアピールをしてくる。
「いやいやいや、炎上どころの騒ぎじゃないんだが?」
俺の拒否も意に介さず、十和子は看板を立てる。
「ふーん。とりあえず予約しておこっか。『い・つ・き・の・い・え』っと」
「個人情報、ダメ絶対!」
十和子の立てた看板をすかさず引っこ抜く。
「あっ!許可なく人の建てた看板破壊した!」
自分の無法を棚に上げて俺を咎める声を上げる十和子さんは頬を膨らませて不満を表す。
「じゃあイツキはどこに住むのよ」
「俺は適当な原っぱに小屋でも建てるからいいんすよ。そんなことよりさっさとインフラ作っちゃおうぜ。ワコの家と会場を繋ぐ目抜き通り……ワコストリートと名付けよう」
「はいはい、ワコワコ」
文句を言いながら十和子も道路を整地する。
「こっちじゃなくて、うちの学校の文化祭の日。時鳥さん予定どうだって?」
「うん、絶対行くって。『文化祭デート~!?』って超はしゃいでた」
一度も会ったことがないのに、なぜか妙にリアルに脳内で音声が再現される不思議。
「ちゃんと二人とも変装してきてくれよな。実行委員としてトラブルはごめん……と言いたいところだが、それも腕の見せどころか」
「あはは、なにそれ。梓はともかく、私は平気でしょ。誰も今の私なんて知らないんだし」
そう言って十和子は笑う。
はい、出た。その笑い。
あえて何も言わずにジッと画面を見ていると、笑いは苦笑いに変わる。
「え、なに?」
「一応聞くけど、それは卑屈と謙遜とどっちなの?」
「や、事実……だけど」
俺は大きく、大きくため息をつく。
「はいはい、出た出た。じゃあ原因ははっきりしたわ。事実誤認か。あのな、お前がうちの学校の門に来たとき、みんなに言われたんだぞ?『あのモデルみたいな超美人』って。一人じゃない。二人じゃない。みんなだよ。その『モデルみたいな超美人』が?時鳥さんと一緒に来たら超目立つだろって話をしてんの。理解したか?まだか?」
「う。わ――」
言いかけた言葉を止めて、十和子は恐る恐る人差し指を立てる。
「も、もう一声……かなぁ?いまいち理解が……。あ、ちょっと待ってね」
そう言って十和子は何やらスマホをいじって、『はい、どうぞ』と俺を促す。やれやれ、まったく。
「お前みたいな超美人とトップタレントが並んでると目立つからちゃんと変装してこい。ってことだよ」
言い終わると、大きく目を開いた十和子は口をむぐむぐさせながらまたスマホを操作する。すると、ピロン、と音がする。
「何の音?」
「ん?録画。録画しただけ。っふふ、ちゃんと梓にも聞かせときますね」
「はぁ?聞かせなくていいよ、お前が伝えてくれれば」
「まぁまぁ。さ、道路作ろ?なんだっけ?ワコワコロードだっけ?」
「ワコストリートだよ」
「はいはい、ワコワコ」
リズミカルにそう言いながら、なぜか楽しそうに、十和子は道を舗装してくれた。のちのワコストリートの完成である――。




