41話 元国民的子役、招待される。
「それでは、暫定ですがこれで一旦ステージの時間配分を決めようと思います」
ホワイトボードにはステージ使用を申請している各クラスや部活動のリスト。ここを一年間の大きな目標にしている軽音部や演劇部、浦原が所属しているダンス部、ほかに変わったところだと放送委員主催のステージ企画・『三分スポットライト!』。マイクだけのステージではあるが、持ち時間三分で好きなことができるという企画。今のところ漫才やコントなどのお笑い系が何組か申請されていて、クラスの出し物の宣伝にも使われるようだ。
「藍沢、体調もう平気なの?風邪?」
実行委員の佐藤さんが心配そうに問いかけてくれるが、逆に申し訳ない。
「いや、寝不足。親に止められた。迷惑かけてすいませんね」
「あー……、納得。半年分の議事録全部読み込んでくると思ったら、朝までなんかのドラマ見てるし、こいついつ寝てるんだよって思ってた」
「毎日四時五時っすかね。あ、今はちゃんと一時には寝るようにしてるから。体調管理もできずにダウンなんてかっこ悪いことはできないからな」
軽く笑うと佐藤さんは不思議そうに首を傾げる。
「園芸委員もやってるんでしょ?なんでまた急に実行委員やろうなんて思ったのかわかんないんだけど。ごめんだけど、そこまで行事に積極的なタイプって思わなかった。寝不足でダウンしてまでさ」
「お?聞く?長々~っと自分語りするけど」
茶化し気味にお茶を濁すと、佐藤さんは腕時計をちらりと見る。
「じゃあ冒頭十分だけ聞こうかな」
「聞くんかい」
「あれ?教えてくれない感じ?」
お茶濁し失敗。若干照れくさいが、ここでまぜっかえして言わないほうが逆に恥ずかしい。
「まぁ長々とってのは嘘でして、かいつまんで言うと……『負けた』って思って、負けたくねぇって思っちゃったから。だから、まず文実をやってみようと思った次第だ」
サラリと世間話のように端的に答える。佐藤さんは『なんのこっちゃ』とばかりに眉を寄せる。
「え。深まる謎。だから文実って、脈絡謎すぎる」
「わはは、いいのいいの。とにかくなんでも経験して、自分の引き出しを増やす……って趣旨っすね」
言葉を足すごとに佐藤さんの首の角度は深くなる。資料を持つ手で腕組みしながら、眉を寄せて首を捻る。
「私は助かってるからいいんだけどさぁ」
「じゃあ今度は俺のターン。佐藤さんはなんで実行委員なったんすかね?春先のテンションって訳じゃなさそうだけど」
「え、私!?……いやいや、私はそんな大した理由ないから」
「いいねぇ、その大した理由じゃないのが聞きたいんすよ。大丈夫、ホームルームでしか言わないから」
「言うんかい」
佐藤さんはあきれ顔ながらクスリと笑う。当然それは冗談で、ちゃんと佐藤さんにも伝わったようだ。言いづらそうに、照れくさそうにしながら『本当に大した理由じゃないよ?』と前置きをして教えてくれた。
「……去年、私立行ってる姉の文化祭行ったんだけど、……なんかそれに感動しちゃってさ。中学とはこんなに違うんだ、って。だから、私もやってみたいなって思って。それだけ。終わり。あー、はっず……」
黙って聞いていると、佐藤さんは咎めるような視線を俺に送る。
「ちょっと、何か言ったら?面白くないでしょ?」
「いやいや、超いい理由だなって思って」
望み通り正直な感想を述べると、佐藤さんは照れたように少し顔を赤くして声を上げる。
「はぁ!?」
「さらにやる気出てきた。頑張ろうぜ。スローガンは『寝不足禁止、超ホワイトな文実』でいこう」
「ダウンするまで寝不足なのは藍沢だけだと思うよ?」
途中参加の実行委員、少しずつちゃんと活動できてきた気がする――。
――そして、土曜日。
「十和子、これ要る?」
飾りのない業務的な茶封筒を差し出すと、十和子は一瞬きょとんとした後で目を輝かせて両手を差し出してくる。
「うん、もらうもらう。なんだろ?映画かな?美術館?」
あんまりワクワクされるとなんだか申し訳ないが、封筒の中身は映画のチケットでも美術館でもない。
封筒の中身を見ると、十和子は驚きの声を上げる。
「うそっ!?」
俺を見上げた十和子の瞳は、封筒を開くときよりもキラキラと輝いていた。
「文化祭のチケットじゃん!チケット制じゃないって言ってたのに!いいの!?もらっていいの!?」
「え、あー、うん、まぁ。うちの文化祭は元々チケットとかなくても入れるんだけどさ、その話聞いたらちょっとおもしろそうだなって思って。チケットを渡す、って行為自体がイベントにできそうだなって。だから、招待券じゃなくて、優待券。一店舗だけ、どこの模擬店でもそれを出すとちょっとした特典があるから」
十和子の話から着想を得て、佐藤さんにアイディアを話したら二つ返事で賛同してくれて、実行委員に提案してくれた。手間も費用も最小限で、でも文化祭をほんの少しだけ特別にするような小さなアイディア。生徒一人につき3枚。なくても入れるけど、あると少しだけ嬉しいような、そんな程度のもの。
「へぇ~、すご。ちゃんと仕事してるじゃん。梓予定空いてるかな~。厳しいかな~」
二枚のチケットを照明に透かすように掲げながら、十和子は本当にうれしそうに椅子をクルクルと回す。そして、急に椅子はピタリと止まって、真顔の十和子は俺を見る。
「渡すって行為自体がイベント、って言った?」
失言。そこを十和子は的確に拾ってくる。
「いや?言ってないが?そんなことより、時鳥さんが来るとなると混乱やばそうだよなぁ。うちみたいな普通の高校にいきなりトップタレントが――」
強引に話題を変えてごまかそうとするが、十和子は俺を指さして糾弾の声を上げる。
「あっ、嘘ついた!……ってことは、そこに意味があるって捉えていいんだよね?」
チケット二枚で口元を隠しながら、意味ありげな含み笑いを浮かべる十和子。口元が隠れていようと、目だけでそれは伝わってくる。
「……ま、まぁ。端的に言うと、そんな見方もできる可能性も一概には否定できないよな」
「ふふっ、まわりくどぉ」
椅子がクルリとひと回転。チケットも、十和子の髪も揺れる。
「心配と迷惑掛けちゃったからな。だから、十和子と、母さんにはちゃんと仕事の成果見てもらいたいんだよ」
「おっけー。楽しみにしとく。すっごく」
パタパタとチケットで自分をあおぎながら、十和子は言葉通りの顔で笑った。




