4話 柊木十和子の現在地
◇◇◇
――都内某所にある高校の芸能科。その1年D組が柊木十和子のクラスだ。
「あ!トワコ、おっはろ~!」
校舎を照らす朝日が二つになったかのような燦然とした笑顔とオーラで十和子に挨拶をするのは、クラスメイトの時鳥梓。十和子と同じ子役出身のバラエティタレントで、互いに十年を超える芸歴を持つ戦友のような存在だ。
「おー、梓。おはよー。朝から来るの珍しいじゃん」
栗色のショートボブを揺らしながら梓は十和子に駆け寄ってくる。
「今日仕事休みだからね!」
売れっ子タレントであり、いくつものレギュラー番組を持つ梓は多忙を極める。純粋なオフは月に三日あるかどうか。
「……休みは休むためにあるんですけど?」
「だって~、仕事しながらでもみんなとちゃんと青春したいじゃん!学生生活は一度しかないんだよ!?」
少したれ目気味の目に熱を込めて、梓は力説する。子役時代からのボーイッシュな雰囲気はそのままに、年相応の女性らしさも加わった彼女の変化は、世間や市場からきちんと『成長』と受け取られていた。――十和子とは違って。
「留年すればもう一回いけるよ?」
「それはもう青春じゃないんだよ~。いや、その少しくすんだ蒼も含めての青春……かも?」
腕を組み、首を傾げながら自問自答をする梓を見て十和子はクスリと笑う。
単純にかわいらしいと思っての笑みではあったが、十和子はそこにチクリとした自嘲的なものを感じてしまう。小学校に上がる前から互いの存在を知っていて、今でも芸能界で成功している梓を見て嫉妬していないといえば噓になる。きっと、梓は純粋に友人と思ってくれているだろうことも知っている。
「あ~……、あのさ。あとでちょっと相談があるんだけど、いい?」
すると梓の瞳はキラキラと輝き、十和子の目を見上げる。
「恋バナ!?ついにあたしとトワコが!?」
「い、いやいや。違くて。そういうんじゃなくて。まぁ、あんまり楽しい話じゃないから、本当にあとででいいし……」
苦笑いで目を逸らした十和子を見て、梓はその両手をぎゅっと握る。
「今。すぐ聞かせて。行こ」
「今!?ホームルーム始まっちゃうけど!?」
「そんなの後でいいから!」
梓は十和子の手を引き、足早に教室とは違う方向へと進んでいく。
始業のチャイムを背に、施錠された屋上扉の手前、階段の踊り場に腰を下ろす。
「何かあった?」
カフェオレを手渡しながら心配そうに梓が問う。
「んー。っと、ね。契約、解除されちゃってさ。事務所」
それを聞いた瞬間、梓の顔は怒りに紅潮する。
「はぁ!?なんで急に!なんにもしてないんでしょ!?そんなの明らかに不当じゃん!」
踵を踏んだ上履きでダンと階段を踏みしめて怒りを表す。
「うん、なんにもしてないよ。……仕事もだけどね、あはは」
自虐的な言葉とともに乾いた笑い声をあげる十和子。
「全然面白くない冗談やめてくれる?ていうか、タイミングもバカすぎるよね?なんで高校上がった今?……そうだ!トワコうちの事務所来なよ!そんな見る目のない馬鹿な事務所こっちからお断りだ、ってさ!」
鼻息荒く、梓は親身にそう提案した。彼女の事務所は業界最大手であり、十和子の元所属事務所より明らかに力関係は上だ。
だが、梓の所属事務所は既に十和子が回った六社のうちの一つだった。そこで『柊ワコはオワコンだ』と突き放されたことなど、梓に言える訳もない。
話に乗らず微笑む十和子を見て、梓はさみしそうに眉を寄せる。
「……やめちゃうの?」
今にも泣きそうな梓の表情を見てあらぬ誤解を生んでいる事に気が付いた十和子は、慌てて首を横に振ってそれを否定する。
「違う。まだやめないから。だから泣くな。ずるいから、それ」
今にも涙がにじみそうな梓の目の下を指で触れてから、慰めるように頭をよしよしと撫でる。
「……なんで私が慰めるんだよ。本音を言うと、もうやめちゃおっかな~って思ったんだけどね。『ファンの人』に発破かけられちゃって。だから、もう少し悪あがきしてみようかなって」
「ファンの人」
その単語に梓は訝しげに疑惑の眼差しを十和子に向ける。
「え。ファンと繋がってんの?男?女?」
「えっ……SNS!SNSでね!」
「はい、うそ~。あたしトワコのSNS全部監視してるけど、そんなやり取り欠片もでてきてませ~ん。ていうか、もうそれ答え合わせなんですけど。嘘つくってことは男確定なんですけど。ねぇねぇ、結局恋バナしてくれるの?誰!?どんな人!?」
顔を近づけてグイグイと質問を続ける梓から距離をとって壁の方を向きながら十和子は話を逸らす。
「こわっ。人のアカウント監視しないでよ。私も梓の見てるけどさ。こないだ共演した宮國くんとリプでイチャついてましたねぇ?」
「ん?全然だが?あいつうざいよね~。なんであんな馴れ馴れしいんだろ。脈なんか微塵もないのに」
「あはは、辛辣すぎる」
十和子の笑いに合わせてケラケラと笑う梓は、次の瞬間ニッコリと圧のある笑顔を十和子に向ける。
「話全然終わってないんですけど。誰?どんな人?芸能人じゃないよね?あたしの知ってる人?」
沈黙を許さぬ笑顔。十和子は言いづらそうに、ぎこちない苦笑いで口を開く。
「幼稚園が一緒の、幼馴染〜……みたいな?昔からずっと柊ワコのファンの人」
「ふむ」
顎に手をやり少し思案。
「……トワコの幼稚園からの交友関係。そこから男に限定するとなると、話に出てきたことがあるのは……『アイザワ』くんか、『イツキ』くん。もしかすると同一人物の可能性も――」
「えぇっ!?こわっ。なんで私の周りこんな人ばっかなの!?」
驚きの声を上げて引き気味に距離を取る十和子に梓はにっこりといい笑顔で親指を向けてくる。
「友達でもあるけど、ファンだから~。当然?」
「もっと素直に喜ばせてくれない?」
梓がカバンから取り出したスナック菓子をパーティ開きして、踊り場でのおやつタイムが始まる。
「話戻るけど、事務所はどうするの?うちでもよそでも紹介できると思うけど」
「梓が言えばそりゃ通るだろうね。でも、やめとく。そしたら私はずっと引け目感じちゃいそうだし」
十和子の言いそうなこととはいえ、梓は不満げに頬を膨らませる。
「気にしなくていいのにさー」
「それに――」
意味ありげな含み笑いを浮かべて、十和子は梓を見る。
「今ちょっと面白そうなこと考えてるから。楽しみにしてて」
まるで子役時代のように、瞳にワクワクとキラキラを宿して十和子はそう宣言した。その顔を見られただけで、梓はもう嬉しくなってしまう。
「ハードル上げるねぇ。んふふふ、楽しみにしとくっ」
あの日、放課後の駅の裏で藍沢樹と会って弱音を吐きだしていなければ、十和子は本当に転校を考えていただろう。自分が求められなかった世界で燦然と輝く友人の隣で、劣等感を持たずに笑っていられる自信が無かったから。
――ほんの少しのきっかけ一つで本当に私は単純だなぁ。
そう思いながらも、友人の期待に素直な笑顔で応えることができた自分を少しだけ誇らしくも思った。




