3話 看板
「ねぇ、配信ってどんなことやるの?やっぱりアレかな?ミントスコーラとかやる感じ?」
ファミレスでオレンジジュースのストローをクルクルと回しながら、十和子が素直にわくわくした様子でそう言ったので、俺は感心した様子で頷いてみせる。
「すげぇなぁ。今時小学生でもそんなこと言わないぞ」
「ふふ、そう?」
楽しそうに笑った次の瞬間、十和子の切れ長の目は不満げなジト目に変わり俺を見る。
「あれ?今馬鹿にした?」
「いや、全然。希少性のある純粋さだな、と思っただけ」
「しょうがないでしょ。全然見たことないんだから。じゃあどんなことやるのよ」
ツンとした表情でさっきまでくるくる回していたストローを使わず、グラスから直接オレンジジュースをあおる十和子さん。
「と言っても、俺も今まで全然見たことなくてさ」
「あら、そうなんだ?」
「だって、ワコ以外のコンテンツって見る意味ある?」
「……あるに決まってるでしょ」
十和子の苦言を受けながらノートを取り出してまとめたページを開く。
「だけど、始める上で勉強しない訳にもいかないから取り急ぎ一通り見てまとめてみた。結果がこれ。まぁ、だいたいどっかに書いてあることだけど」
「へぇ……。うわっ、きもっ!」
何気なくノートを覗いた十和子はびっしりとノートを埋め尽くす文字列を見て驚嘆の声を上げる。驚嘆の声だよな?気にせず説明を続けよう。
「ざっくり二つに分かれていて、編集して一本のコンテンツとしての完成度を作る『動画』と、雑談とかゲームとかをしながら視聴者と交流する『配信』。動画を作る場合は編集の方法を学んだり、かなり手間暇かけてやる必要があって、配信の場合はトーク力とキャラクター性が重要……って感じなのかな?素人考えですが」
ノートには人気配信者何人かのデビューからの配信状況と最近のトレンドをまとめた記録。それを眺めながら十和子の視線は俺に戻り、ノートを指さしながら引きつった笑顔を俺に向けてくる。
「これ全部見た……訳じゃないんでしょ?あ。AIで分析とか?」
「いや?見たが?十和子は知らないかもしれないけどな、一日は二十四時間あるんだぞ」
「正気を疑っていい?」
俺はあきれ顔でため息をつき、わざとらしく首を左右に振ってみせる。
「『やるべきことがわかってるのにそれをしないのは怠慢だと思うんです』……って、ことだ」
2020年9月発売のビジネス誌・『transit』でのインタビューで柊ワコが語った言葉である。十和子自身は思い当たる節もない様子だったが、俺の引用でワコの言葉だと気が付いたようで、頬杖をついて苦笑い。
「そんなこと言ったっけ……?」
「言ったよ。小四の時だな。人生三周目とか言われてたよな」
「ませてるなぁ……」
十和子は懐かしむように、思い出し笑いのようにあきれ笑いを浮かべる。
「あ、そうそう。契約書、詳しい弁護士さんに見てもらったよ」
十和子は思い出したようにリュックからファイルを取り出す。そこには付箋や赤ペンの跡がたくさんついた契約書のコピーが入っていた。
「おや、仕事が早いっすね。どうだった?」
「リーガルチェック?とかそんな感じ。三万円くらいかな」
「高いのか安いのかわかんねぇな。じゃあ代わりに今日奢るわ」
俺の言葉を聞いた瞬間、十和子はパァッと顔を輝かせてメニューを開いて獲物を物色し始める。
「ふふ、悪いわねぇ。じゃあ遠慮なく、これとこれとこれ」
「へいへい、食いしん坊め」
十和子が頼んだのはマルゲリータピザとサラダとチョコレートパフェ。意外とよく食べなさる。
契約書のコピーを見ると、注意点や解説が必要な箇所に付箋や赤ペンが引かれ、それが何を表すのかがわかりやすく解説されていた。法律の知識なんて全くない俺からすると、これで三万円って安いんじゃないかとすら思ってしまう。俺のお金じゃないですが。
まず、一番懸念していた芸名の使用はOK。ダメなものも大体予想通り。事務所所属時代の映像や写真の使用は禁止、SNSアカウントは事務所の資産、業務上知りえた情報の漏洩の禁止。
「昔は事務所辞めたら本名での活動を制限されたりもしたんだって。ブラック過ぎない?」
「なんだよ、それ。名前は親からもらったもんだろ……」
「あはは、だよね。さすがに最近はいくら契約だったとしても裁判で負けちゃうんだってさ。見たところ困りそうなのある?」
横目でメニューを眺めながら十和子が問う。
「ひとまず平気そうかな。このコピー持って帰っていい?じっくり読みたい」
「もちろん」
十和子の前にサラダが到着して、小皿に俺の分も取り分けてくれる。
「でさ、活動の方針なんだけど、キッチリ作りこんだ動画じゃなくて、生配信メインでやっていきたいと思うんだけど、どう思う?」
「どう思う――」
俺の言葉を復唱して、十和子は俺の分析ノートを眺める。視線はノートのまま、フォークに乗せたサラダを頬張る。シャキッと瑞々しい音を立ててレタスを咀嚼し、ごくりと飲み込んでから、十和子は一度、力強く頷く。
「うん、賛成。動画編集するには技術や機材も要りそうだし、それだとテレビとあんまり変わんなそうだよね。私たちは企画を見せたいわけじゃなくて……『柊ワコ』を見せたいんだから」
腹を括った様子の十和子は力強い瞳で俺を見たので、つい嬉しくなってしまう。
「そうだな。だから基本的には台本も無し。流行ってようがやりたくないことはやらない。そして、楽しさ最優先。そんな感じで行こう」
「じゃあ、ミントスコーラも……やる?」
ワクワクした様子で十和子は俺の表情を窺う。
「そんなにやりたいならやるしかねぇなぁ」
十和子はノートをめくると、『ミントスコーラ』と綺麗な字で記す。
「一つ決まり。次、チャンネル名。イツキから」
「なぜ。んー、柊ワコチャンネル?」
十和子はスラスラとノートに書いてから、ため息と共に勢いよく大きな×をつける。
「全然ダメ。普通。平凡。見どころなし」
「ひどすぎる。じゃあ次、お前の番」
カチカチとシャーペンをノックしてから、顎に付けて少し考える。しばしの思案のあとでペンはノートの上をサラサラと踊る。
「ふむ。と・わ・こ」
「本名は避けろよ」
「TO・WA・KO」
「自己主張すげーな」
大文字や、小文字で十和子は名を記す。to Wako。そう書いて十和子は得意げに顔を上げる。
「よさげじゃない?」
――訳すなら、『ワコへ』だろうか?
「悪くない」
十和子の名前とのダブルミーニング。トワコチャンネル……、トワコTV……。いくつかありきたりな名前を考えていると、ふと悪ふざけが思い浮かぶ。
「怒ったらごめんな?こんなのは?」
文字を二つ書き足す。
『toWako'n』
「トワコン。特にnに意味はないんだけどさ。どうせオワコンって言われてるなら、いっそこっちから名乗っちゃうとか」
てっきり白い目でも向けられるかと思いきや、十和子はいたずらそうに。にひっと笑う。
「いいかも。そうしよ!と・わ・こ・ん……チャンネル。それで決まり!」
十和子は器用にポップなレタリングをして、即座にロゴマークをノートに書きあげた。
|toWako'nチャンネル。それが、俺と十和子の掲げる看板になる。




