3話 元国民的子役、安売りされる。
――水曜日の午後、放課後。
学校の最寄り駅から離れた繁華街の一角、そのファストフード店で俺は十和子を待つ。
「お待たせ」
制服姿の十和子は茶封筒をヒラヒラと俺の前で揺らす。そこには法律事務所の名が書かれていた。
街を見下ろすカウンター席、俺の隣に座って十和子はふぅと小さく一息つき、封筒を俺に手渡してにこりと笑う。
「大体想像してた通りだったよ。『柊ワコ』の名前は使えるって」
「お、そりゃよかった。まずは第一関門突破だな」
事務所と交わした契約書。その内容を専門家に精査してもらったのだ。何ができて、何ができないか。まず、一番懸念していた芸名の使用はOK。ダメなものも大体予想通り。事務所所属時代の映像や写真の使用は禁止、SNSアカウントは事務所の資産、業務上知りえた情報の漏洩の禁止。
「昔は事務所辞めたら本名での活動を制限されたりもしたんだって。ブラック過ぎない?」
「なんだよ、それ。名前は親からもらったもんだろ……」
「あはは、だよね。さすがに最近はいくら契約だったとしても裁判で負けちゃうんだってさ。見たところ困りそうなのある?」
炭酸も抜け、氷も溶け切ったコーラをストローで飲みながら、たくさんの付箋が貼られた契約書を眺めて首を捻る。
「あとでコピー取らせてよ。今見てもわからん。家でゆっくり見てみるわ。ちなみにおいくら?半分出しますぜ」
十和子はトレーに載った冷え切ったポテトに手を伸ばしつつ、きょとんとした顔で俺を見る。
「え。なんで?別にいいよ。私の契約書を私が見てもらったんだから」
「……とは言っても、弁護士先生に診てもらうなんて、それなりにお高いんでしょう?」
十和子は少し考えてクスリと笑う。
「そりゃ、まぁ。普通の高校生ならそうかもね。でも、あいにく私『元』国民的子役ですので。少しは貯えがございましてよ?」
腕を組み、わざと得意げな笑みを見せつつ、十和子はツンとすまし顔でそう言った。
「自虐~」
そして、ファストフード店を出た俺たちは某大型チェーン系の古書店へと向かう。本もCDもゲームもたくさん中古品が売っている高校生の強い味方。
「何買うの?」
「配信とか機材の勉強色々してるんだけど、ネット情報だけだとどうしても偏りがちだからさ。本も併せて読もうかなって」
「へぇ。勉強家じゃん」
どこか嬉しそうに十和子はそう言って、得意げにニヤリと笑う。
「『やるべきことがわかってるのにそれをしないのは怠慢だと思うんです』……って、ことだ」
六年前の九月発売のビジネス誌・『transit』でのインタビューで柊ワコが語った言葉である。十和子自身は思い当たる節もない様子だったが、俺の引用でワコの言葉だと気が付いたようで苦笑いを浮かべる。
「そんなこと言ったっけ……?」
「言ったよ。小四の時だな。人生三周目とか言われてたよな」
「ませてるなぁ……」
十和子は懐かしむように、呆れたように呟いた。
俺はいくつか本を手に取り、裏返して値段を見る。値段を見て眉を寄せる。
「意外と安くないよなぁ。まだまだ必要なものもあるし、無駄な浪費は避けたいし。節約は必要だよなぁ」
「へぇ、意外と堅実じゃん。偉い偉い」
定価の六割から七割くらい。新品で買うより安いは安いんだけど、うーむ迷う。
「ねぇ、配信ってどんなことやるの?やっぱりアレかな?ミントスコーラとかやる感じ?」
ライバー入門的な本を手に取りながら十和子が俺に問いかける。
「すげぇなぁ。今時小学生でもそんなこと言わないぞ」
「ふふ、そう?」
楽しそうに笑った次の瞬間、十和子の切れ長の目は不満げなジト目に変わり俺を見る。
「あれ?今馬鹿にした?」
「いや、別に」
そんなやり取りをしつつ本棚を右往左往と何往復かして、十和子も手持無沙汰に俺の後をついてきながら本棚を眺める。
「あ」
視線を棚からラックに移して十和子は短く声を上げた。
そこに積まれていたのは、柊ワコのファースト写真集・『birthday』。出版不況と言われる中で15万部を売り上げた大ヒット写真集である。
定価2540円。表紙でワコが微笑むその写真集を十和子は手に取る。粗雑に貼られた値札には200円と印字されていた。
「安いなぁ」
十和子は自嘲気味な笑みと共に、そう呟いた。
「あぁ、確かに。超安いな!」
俺は積まれたワコの写真集をカゴに入れる。一冊、二冊、三冊。ラックに積まれたワコの写真集は俺の手に持つカゴへと移る。ズシリと手に来るその重み。
「節約は!?」
その数合計15冊。俺の足は一直線にレジへと向かい、十和子は俺の進行方向を妨げるように目の前を右往左往しながらおろおろと呼びかけてくる。
「ね、ねぇ!ちょっと待って。よく考えて!?それは浪費じゃない!?」
店内にもかかわらず両手をあわあわと広げ、声を上げて十和子は俺を制止する。呆れてものも言えないが、ため息とともに一言だけ返しておこうか。
「必要なものを買うのは浪費とは言わないんだよなぁ」
そして、俺は紙袋二つに詰まった戦利品を得る。
「いやぁ、いい買い物した。来てよかった」
満足げに店を出る俺を見て、十和子はどこか照れくさそうに口をとがらせて苦言を呈する。
「……なんか配信の本とか買いに来たんじゃなかったっけ?」
「ん?まぁ今の時代ネットでもだいたい調べられるし。ワコの写真集と比べたら些末な問題じゃね?」
「さっきと全然言ってること違うんですけどぉ?」
「わはは、そうだっけ?」
軽く笑う俺に十和子は手を伸ばす。
「……重いでしょ?半分持つよ」
チラリと十和子を見て、そのまま首を横に振る。
「いや、結構。この重さは俺のワコへの愛だから」
「きっしょすぎるんですがぁ」
眉を寄せてそう言い放ち、十和子は俺の足を軽く蹴った。
「お店の人もびっくりしてたよ。『なんでこの人こんなの爆買いしてんの?』ってさ。もうオワコンなのにって。あ、そうだ。じゃあ、せっかくだからチャンネル名も『オワコンチャンネル』とかにしちゃう?」
「センスねぇ~。絶対しない」
俺のワコへの愛の重さに、俺の手は耐えられても紙袋の持ち手が耐えられない様子。俺は両手で紙袋を二つ抱え、十和子はひょいと断りもなく一冊取り出す。
「あ、こら」
「はいはい、ワコワコ」
ファースト写真集のタイトルは『birthday』。その名の通り、ワコの10歳の誕生日に発売された写真集である。帯には『happy birthday to Wako!』と書かれていて、それを見た十和子の足が止まる。
「どしたー?」
「ハッピーバースデイ、トゥー・ワコ。to、Wako……」
そう呟いた十和子は一秒か二秒考えてから勢いよく俺の顔を見上げる。その目には自虐も自嘲も欠片もなく、ただキラキラと輝いていた。
「と、わ、こ。トワコン!トワコンチャンネルは!?どう!?」
興奮した様子で、高揚した面持ちで、写真集片手に十和子は俺に詰め寄る。
「よくない?toWako。ワコへ、って意味にもなるし。十和子も入ってるし、それにnを付けてトワコン!どうかな!?」
「そのnはなんか意味ありげ?」
「んー意味?特に。響き優先。あっ、じゃあイツキでいいか。イツキがn担当」
「なんでやねん」
雑に突っ込んでみたものの、こんな表情で十和子が言い出したことに是非もあるはずがない。
『toWako'nチャンネル』
オワコンからトワコン。それが、十和子とワコの掲げた新しい看板の名前だ。nは、まぁ知らない。




