2話 密室作戦会議
「えっ、うざっ。うまくない!?」
駅裏での決起のあと、作戦会議を兼ねてカラオケを訪れた俺と十和子。せっかくだからと一曲歌った俺の歌を聞いた十和子の第一声がそれだ。
「うざくはねぇだろ」
曲は柊ワコ主演ドラマ『ハレーション』の主題歌。ワコ抜きにしても有名な曲だから、カラオケで歌うにはちょうどいい。曲番号も各機種すべて覚えている。
「十和子は何歌う?」
「……別に私まで歌う必要はないでしょ」
メロンソーダのストローに口をつけながら俺にジト目を向けてくるが、気にせずマイクを一つ手渡す。
「あるある。Vやる以上歌もやれた方がいいんだから、今の十和子がどのくらい歌えるのか知っておきたいし、それに――」
言うか少し考えて、そのまま言葉を続ける。
「単純に十和子の歌も聞きたいし」
正直に告げると、十和子のストローから漏れた息はコポコポっとメロンソーダに一度大きく泡を立て、恨みがましい視線を向けながら十和子は俺に手を差し出す。
「そ、そこまで言うならしょうがないわね。高いわよ?」
「わはは。部屋代奢るんで、それでなんとか」
軽く笑いながら勝手に曲を入れる。曲は柊ワコの出世作・『私とパパは各駅停車』の主題歌である、『orbit』。疾走感のあるバンドサウンドにどこか憂いを帯びたメロディーが乗ったヒット曲だ。
特徴的なギターリフがイントロを刻み、十和子はキーを二つ上げる。画面にはドラマの映像が流れて、当時のワコが眉を寄せて父親役とケンカをする場面が映る。
そして、イントロが終わってマイクを持った十和子の歌声が室内に響く――。
マルチに活動していた柊ワコは、曲も何曲も出しているし、年末の歌合戦にだって出場したことがある。だからある程度以上歌がうまいことは知っていたつもりだった。
だけど、十和子の歌声は、俺の想像を遥かに超えていた。素人の俺には技術的なことはよくわからない。けれど、幼馴染の贔屓目も差し引いても、その伸びやかな歌声と、感情の乗った切なげな表情は、いつの間にか俺の視線を画面のワコから目の前の十和子へと奪っていた。
曲を終え、俺はパチパチと拍手をしながら苦笑いで十和子を見る。
「お前さ、それでよく俺に『うまい』とか言えたね」
歌い終えてふぅと一息ついた十和子は俺の言葉に自信無さげに顔を引きつらせた。
「え。あ〜……、ヘタ、だった?」
「逆だよ、逆!うますぎるから言ってんの!マジで泣かされるかと思ったぞ」
十和子は一瞬目を丸くしたかと思うと、次の瞬間安心したように口元を弛める。そして俺の視線に気が付いて、口元を隠し、プイッと俺から目を逸らす。
「……い、一応ボイトレとかやってるし。普通よ、普通」
「いーや、普通じゃないね。知ってるだろうけど、俺は何度も柊ワコの出る歌番組観覧に行ってるんだからな?アイドルとか歌手が生で歌うのは目の前で何回も見てんの。それと比較しての感想だよ。少なくともその人らと比べて負けてるだなんてこれっぽっちも思えないね」
素直に感心してそう告げると、十和子は照れ隠しに俺を睨みながら口を尖らせる。
「言い過ぎ。過ぎたお世辞は嫌味に聞こえるわよ」
「いやいや、お世辞言うならもっと気の利いた言い方してるよ」
「へぇ」
短くそういうと、十和子は身体の熱を冷ますかのように両手でグラスを持ち、口に近づけ、グラス越しに俺を見ながら呟く。
「そんなに褒められたの、何年振りだろ」
嬉しそうに、少しだけさみしそうに十和子はそう言った。
「言っとくけど、ダメな時はダメだってきっちりはっきり言うからな?お世辞は無い。だから、今のもちゃんと言葉通り受け取っとけよな。あ、ケーキ食う?いい歌聞かせてもらった代金替わりに」
メニューを広げて十和子に向けると、十和子は真剣な顔でしばらくの間メニューとにらめっこをして、その人差し指はためらいがちなコックリさんのように、ゆっくりとミルクレープを指さす。
「ミ、ミルクレープで」
「りょうかい~」
ケーキの到着を待って作戦会議は続く。ちなみに、俺が頼んだのはシンプルなチョコケーキ。
「そもそもの話さ、『柊ワコ』の名前って使えるの?事務所との契約とか平気?」
問いかけると、きれいな所作でミルクレープを切りながら十和子は首を捻る。
「どう……なんだろう?名前は使えるとは聞いたけど、正直もう辞めようかなって思ってたから、あんまり真面目に読んでないや」
「契約書みたいなのあるんなら一度ちゃんと見てもらった方がいいかもな。何が出来て、何が出来ないかは知っておきたいし。将来グッズとか出すときに揉めても嫌だろ」
「グッズ!?……だ、出すの?」
フォークを片手に大声を出す十和子。
「逆に言うと、グッズ出すくらい売れないと『過去のワコ』を超えるなんて言えないよな。それに、そもそもVTuberをやるならアバターに使うキャラクターの立ち絵が必要だろ? 権利的に昔の写真をそのまま使うのは無理だし、それっぽくない。だから、当時のワコをイラスト化してアバターにするんだよ。例えば――」
通学カバンからペンとノートを取り出し、サラサラと描き出す。
「こんな感じで」
描いたのは髪を二つ結いにした少女。さっきカラオケ映像にも出てきた小学三年時・『パパ各』の頃のワコをデフォルメしたイラストだ。
それを見た十和子は驚き目を見張り、声を上げる。
「えぇっ!?なんでそんなサラっと描けるの!?」
「そりゃ死ぬほど見てるからなぁ」
得意げに問いかけると、十和子は両手でノートを掲げるようにそのイラストを眺めて、感心した様子で頷いて見せた。
「意外に器用なのねぇ」
「そうでもねぇよ。ワコ以外は全然だぞ。ほれ」
サラサラと猫の絵を描いてみる。自分で言うのもアレだが、幼稚園児だってもう少しまともな絵を描くと思う。奥行のない、歪んだ線で生み出されたかわいそうな猫さん。
「うわ、本当だ。どんな理屈よ、それ」
「はいはい、俺の絵の話は終わり。まぁ実際は誰かプロに頼むとして、方向性はこんな感じでいいよな?」
「んー」
十和子は少し考えて、首を横に振る。
「やだ」
そして、嬉しそうに自分の顔の横にノートのイラストを並べるようにしてにひっと笑い、言葉を続ける。
「この絵がいい。イツキが描いて」
言い終えると、俺の視線に気づいてムッとしながらノートを俺に押し付けてくる。
「違くて。節約。資金の節約って意味だから。だからイツキが描くの!いい!?」
プロが描いた方が売れるんだろうけどなぁ、と考えもしたけれど、嬉しそうな十和子の顔を見たらそんな言葉は喉の奥へと引っ込んでしまった。
「……まぁ、いいか。『望まれる努力は勲章だ』って言うからなぁ」
「なにその変な格言。誰の言葉?」
「ん?『柊ワコ』。テレビガーデン2016年8月号のインタビュー参照」
「うえぇ、きもぉ。なんで覚えてんの、そんなの」
そんな憎まれ口を叩きながらも、十和子は頬杖を突いたまま、柔らかな微笑みを浮かべてノートの中のワコを眺めていた。




