38話 元国民的子役の幼馴染、経験値を積みたい。
「なぁ、恥を忍んで相談なんだけど。俺がもっとすごくなるためにはどうすればいいと思う?」
昼休み。総菜パンを片手にそう問いかけると、浦原も羽村も訝し気に眉を寄せた。少しの間二人とも沈黙していたが、先に口を開いたのは羽村だった。
「え、えーっと。それはワコファンとして、ってこと?」
「なんでやねん。俺個人の話」
「はい、はーい。そんなのかんたんじゃーん」
元気に浦原が手を挙げ、発言を許可する前に言葉を続ける。
「東大行けば絶対すごくね?」
「そりゃすごいだろうよ。行ければな」
「簡単じゃん。とわこに言ってもらえばいけるっしょ?『お前は東大に行け』って」
俺を指差しながら、どこかで聞いたようなセリフを低い声で真似してから浦原はケラケラと笑う。
「そんなんで行けたら苦労しねぇよ」
「じゃあ野球とか。甲子園行こ。『お前は甲子園に行け』」
同じように俺を指差し低い声で浦原はセリフを真似る。
「いかねぇよ?」
東大に行けば、甲子園に行ければあんな炎上騒動をスマートに解決できるようになるだろうか?例えば、俺に10万人……いや100万人のフォロワーがいたとして、『やめなよ』とか言って今回の件が鎮火できただろうか?
出来ないよなぁ……。
と、なると能力や数値の問題ではなさそうに思えてしまう。経験の差、場数の差。俺と、時鳥さんの。
考えていると、そのフレーズを気に入ったのか、浦原が俺を指さして『お前はメジャーに行け』と言っていた。当然、スルーである。
俺と時鳥さんとの経験値の差。いち高校生の俺と、芸歴10年を超えるトップタレントの経験値の差。そりゃ、そんなのあって当然だよな。
小さくため息をつきつつ、心の中でグッと口を結ぶ。
あって当然。けど、そんなのはできない理由になんてならないよな。
――十和子にあぁ言われてしまったんだから。
「と、なるとどうやって経験値を積むかだよな」
独り言のように呟く。
「ん?スライムでも倒せばいいんじゃん?」
「多分ゲームの話じゃないと思うよ?」
羽村は涼し気にサラリと流してくれる。実際問題スライム100匹倒したところで、スライムより強いモンスターを倒せるようになんてならないと思う。せいぜいほんの少しだけ効率よく倒せるようになる程度だろ。
そう思って思い至る。
「よし、決めた」
もうじき九月も中旬に入る。秋も深まる10月になれば、始まるのは文化祭。
「文実。文化祭実行委員になるわ」
半ば思いつきで宣言すると、羽村と浦原はぽかんと口を開けて驚いた顔で俺を見る。
「まじ?」
「おう、マジ。スライム倒してレベルあげてても間に合わないんでな」
コクリと頷きそう答えると、羽村が難しい顔で首を僅かに傾げる。
「や、でもさ。文実ってもう決まってるじゃん。今からどうこうできるもんなのかな?」
園芸委員や放送委員と同様に、文化祭実行委員も四月の時点で決まっている。それは当然俺だってわかっている。羽村の問いに、俺はニヤリと笑って答える。
「それも経験値だろ」
文化祭実行委員は各クラス二名。男女各一名ずつで構成されている。そして、文実を含む各委員は基本的には立候補してその任に就くわけだが、そのすべてが積極的なものであるとは限らない。例えば、俺は園芸委員だけど、草木が好きで好きでしょうがないので園芸委員になったわけではない。先に決めておかないともっと面倒な委員になりかねないと消極的な理由で立候補した人も少なからずいるはずなのだ。
そして、する人間がいないだけで委員会の兼任は別に禁止されていない。
クラスの滝田くんに聞いてみたところ、俺の頓狂な申し出に驚きながらも、新高校生のテンションで立候補したものの文化祭が近づくにつれて面倒くささを感じていた彼は快く交代してくれた。
「てなわけで滝田くんと代わって俺が文実になったから。急だけど仕事はキッチリやるからなんでも言いつけてよ、佐藤さん」
先生に交替の許可を取ってから、同じ実行委員である佐藤さんにそれを告げる。佐藤さんもやはり混乱した様子で首を傾げる。
「え?なんで今?藍沢園芸委員だったよね?」
「そうそう、兼任な。資料関係はさっき先生からもらってきたから今日中に読み込んどくわ。次の集まりいつ?」
当たり前のことを言ったつもりが、佐藤さんは感慨深げに大きくため息をついてから俺に小声で囁く。
「……助かるわぁ。滝田、ほんっとやる気なくてさぁ。自分で立候補しといて、そりゃないよねぇ」
「わはは。まぁ高校生活始まったばっかではしゃいでたんじゃん?とにかく何でも振ってくれ」
一学期の間は月に一度だった文化祭実行委員の集まりも、二学期になれば毎週月・金の二回打ち合わせが行われるようになる。それは本番が近づけばもっと増える。
水曜日は園芸委員。となると、火・木・土が十和子と作業が出来る日になる。マンションで作業できる時間は減ってしまうかもしれないけれど、きっとこれは必要な投資だ。投資とは、きっとお金だけじゃない。
――放課後。
「へー。ふーん。文化祭実行委員になったんだ。なんで?相方の子かわいい?」
十和子のマンションで作業を行っていると、ソファから素っ頓狂な質問が飛んでくる。
「俺は佐藤さんの外見を評価するような立場にはないしなぁ」
「……そんなこと聞いてないんですけど。下の名前は?」
「それ聞いてどうするんだよ」
「いーから。名前は?」
そう言いながらソファから立ち上がり、俺のカバン近くに置かれた文実の資料を手に取りまたソファに戻る。
「佐藤美鈴ちゃんかぁ」
「なんなんだ、いったい」
「ん~、別に。わざわざこの時期に実行委員になるくらいだから、さぞかわいい子でもいるのかな~って思いまして」
「はいはい、与太話はその辺で終わり。それより、お食事会は楽しかったか?」
一拍間をおいて、後ろから十和子の楽しそうな声が返ってくる。
「うん、もちろん。料理もすっごいおいしかったし、パパもママも配信のこと喜んでくれてたよ」
「へぇ、そりゃ結構。何食べたの?」
「えーっと、……あはは。創作料理だったから、ちょっと名前わかんないかも」
なんとなく違和感を感じて振り返ると、苦笑いを浮かべた十和子も俺を見ていた。
「ん?なに?」
違和感の正体。創作料理かなんだか知らないけど、十和子が『おいしい』と思ったものの名前も聞かずにいられるはずがない。
「別にいいんだけどさ。その小嘘を俺につくのはどんな効果を期待してんの?」
「な、なにを根拠に人を嘘つき呼ばわりするのよ。別に嘘なんてついてないし」
その反応がもう答えなんだけどな。
「へぇ、ワコに誓って?」
「……私ワコ信者じゃないんですけど」
作業の手を止めて椅子を回す。
「一応誤解のないように言っておくけど、俺は『十和子のことを一から十まで何でもかんでも教えてくれ!知りたい!』ってわけじゃないんだ」
できる限り正確に伝えたつもりだったのだが、それを聞いた十和子はムッと眉を寄せて口を尖らせる。
「……ワコのことは一から十まで知りたがるくせに。じゃあなんだって言うのよ」
「お前が自分をごまかす愛想笑いが……、なんかむかつくんだよ。ただそれだけ」
十和子は少しびっくりした顔をしてから、あきれ笑いを浮かべる。
「なんかむかつく、ってひどくない?」
「しょうがねーだろ。実際そう思うんだから」
軽く笑って返すと、十和子は困り顔で口を開く。
「楽しかったよ?実際。久しぶりに三人でご飯食べて、配信の話をして、パパもママも喜んでくれて。『テレビに戻れる日も近いな』って嬉しそうに笑って――」
「はぁ?なーんだそりゃ。デリカシーのかけらもねぇな」
十和子の話の途中だったが、つい口をはさんでしまう。
「その言い分だと、配信はテレビに出られない人がやるものって思ってんのか?おやじさん?お母さん?」
「パ、パパだけど……」
「古い!古すぎるんだよ。お前それ怒っていいよ。怒ったよな?『私別にテレビに戻るためにやってるんじゃないんですけど!?』ってさ!」
「……怒って、よかったのかな?」
「ねぇのかよ!?いいに決まってんだろ」
十和子は少し考えた後で唇を動かす。
「私、テレビに戻るためにやってるんじゃないんですけど?」
「声が小さい!」
「私ぃ!テレビに戻るために……、やってるんじゃないんですけどぉ!?」
キィン、と声が耳に響く。もしかしたら防音室でやったほうがよかったのかもしれない。言い終えた十和子は、少しすっきりした様子で俺を見た。
「ねぇ、ごはん食べに行かない?こないだのお店。どんな味か、もう一度食べたくなっちゃった」
立ち上がり、十和子は悪戯そうにそう言って笑った。
「美香子さんには連絡しておくね。夕飯要りませんって」
――美香子、それはうちの母さんの名前。
「ちょ……、なんでお前母さんの連絡先知ってんだよ!?」
「ん?こないだ普通に交換したけど。私のこと興味なさすぎじゃありませんかぁ?」




