36話 元国民的子役、手を飾る。
◇◇◇
——十和子の通う芸能科。
「……ちょっと、梓?なにやってんの?」
梓の席は十和子の前であるが、二時間目の休み時間になると梓はクラスメイトであるプロ棋士・鷹屋敷の席に椅子を寄せ、ポーチを広げ何やら行っている様子だった。
「シッ、静かに。時間ないんだから!」
真剣な面持ちの梓は鷹屋敷の右手の爪にネイルを塗っていた。鷹屋敷はスマホアプリで将棋の研究を行っていて、ひとたび集中すれば盤面以外は目に入らない彼の右小指を、梓はネイルで飾っていた。
「こらこら、いたずらしてんじゃないよ。おーい、鷹屋敷くーん。梓がいたずらしてるよー。おーい」
「あっ、起こしちゃダメ!右手全部やりたいの!」
両手がふさがっている梓は困り顔で十和子に懇願するが、当然十和子は聞く耳を持たない。
「眠ってないから。おーい、た・か・や・し・き・くーん」
スマホと顔の間で手をヒラヒラと何度か振ると、鷹屋敷の意識は現実へと戻ってくる。そして、手の主を見て、顔をほころばせる。
「あ。柊木十和子さん。こないだの配信。面白かったです」
「お~、見てくれたんだ。ありがと」
「僕、あれからツナマヨしか食べてないよ」
「……そ、それはやめた方がいいと思うけど」
『トワコ、ないすっ!そのまま、引き伸ばして!』と、小声で声援を送る梓に白い目を向けながら、十和子は鷹屋敷の右手を指さす。
「右手、梓がいたずらしてる」
「え。あ」
「ちょっとぉ!?まだ全然途中なのに!」
鷹屋敷が右手を広げると、その小指には将棋の駒を模した柄に『玉』の文字。——玉将を表す。
「あ。駒。いいね、これ」
その一言を聞いて、梓は十和子に勝ち誇ったようにドヤ顔を見せつける。
「ほらぁ!名人がこう言ってるじゃん!ね!?いいよね!?カッコいいでしょ!?」
「う……、鷹屋敷くん。嫌なら嫌ってハッキリ言った方がいいよ?こいつ調子に乗るから」
「本当に、かっこいいよ。すごくいい」
「ほらほらぁ!はい、じゃあ右手貸して!続きやるから!次は薬指ね!えーっと、金将にするか。金、金、金っと……」
それを聞いて十和子は慌てて梓の手を止める。
「そっ、それは絶対ダメ!別の字にしよ!?ねっ!」
「はえ?なんで?」
梓はきょとんとした顔で首を捻り、鷹屋敷も少し考えて頷く。
「うん、確かに。やっぱり『角』の方がいいよね」
「……金じゃなきゃなんでもいいんだけどさぁ」
「角にしまーっす」
苦笑いを浮かべる十和子の側で、梓は楽しそうに鷹屋敷の指にネイルを施していた——。
◇◇◇
——放課後。
「ねぇ、イツキ。これを見てなにか言うことない?」
マンションに向かう電車の中で、十和子は得意げに俺の目の前で左手を広げてみせる。
白く長い指の先には、まるで夜空を思わせる濃紺の爪に、星が輝いていた。
「お。すげぇ。かっこいいな」
「ふふん、いいでしょ?梓がやってくれたんだ〜」
「へぇ、すげぇなぁ~。自分でこんなの出来るんだな。店でやったのかと思ったよ。すっげぇ。星とか超きれいじゃん。うますぎる」
五本の爪に光る夜空の星を褒めたたえつつ様々な角度から眺めていると、つい今まで上機嫌だった十和子はむすっと頬を膨らませ、拳を握って爪を隠す。
「梓のこと褒めすぎじゃない?私の爪なんですけど」
「お。能ある鷹は爪隠す、ってやつか?」
雑な引用で煙に巻きつつ軽く笑うと、十和子は思い出し呆れ笑いとでもいうような表情を見せた。
「鷹といえば。梓、最初鷹屋敷くんの爪にネイルやってたんだよ。私にやる練習してたんだって」
「……トップタレントにネイルされる高校生棋士か。色々すげぇな」
「あの二人意外に仲いいんだよ」
十和子は楽しそうにクスクスと笑う。
そして、ハッと思い出すと再び俺の顔の前に手のひらを向けてくる。
「まだ話は終わってなかった。もう爪はいいから。手。手はどうなの?」
「指長いよな」
十和子は眉を寄せて言葉を選ぶ。
「うん、長いね。そういう状態の報告はいいから、イツキの主観を聞いているんだけど。私の手は~」
ゆらゆらと俺の目の前で手を揺らすので、ハエを追うようにシッシっと手で払う。
「何のクイズだよ。あ、ピアノがうまそう」
「ぶぶー、ピアノはやったことありませーん。外れ。全然的外れ」
電車は十和子の最寄り駅につき、改札を越えて歩きながら、十和子はわざとらしいくらい大きなため息をついて首を横に振る。
そして、白く長い指をピっと三本立てた。
「しょうがない。三択にしてあげる。私の手は~①きれい、②きれいじゃない、③おいしそう。さぁ、どれ?」
「③はさすがに猟奇的すぎないか?」
「はいはい、いいから。正解したら飲み物奢ってあげるから頑張って」
さすがに意図は見え見えではあるが、素直に乗っかるのも芸がない。俺は腕を組み、頭を捻る。
「ん~、これは難問だぞ。ジュースは欲しいが……」
俺の見え透いた茶番に乗り、俺の少し前を歩く十和子はパンパンと手拍子で俺の答えを催促する。
「じゃあ当てよ。当ててこっ。ほら、もうすぐアミマ着いちゃうよ。いいの?」
「①に思えるが引っかけの可能性もあるよな。逆張りで②……、裏をかいて③……?」
「そういうのじゃないから。見たまま答えるだけの簡単なクイズだから。はい、答えは?」
帰り道、アミリーマートの前で立ち止まって、十和子は俺に答えを促す。
「じゃあ、①。消去法で」
一瞬ぱぁっと明るくなった十和子の顔は一瞬で曇り、苦々しげにチッと舌打ちをする。
「消去法は却下でーっす。はい、もう一度」
「①。手がきれい。……これでいいっすか?」
十和子が一歩近づくと、それに反応してコンビニの自動ドアが開き、来店メロディを背景音に、十和子は明かりに手をかざして、満足げに微笑む。
「ふふ、うん。正解のご褒美、買ってあげる」
「じゃあ、せっかくだから少しお高いのにしましょうかね」
いつものコンビニ、ドリンクの棚。伸ばした十和子の手にいつもより少しだけ目を惹かれたのは、……きっとネイルのせいだろう。




