35話 【まんぷくワコ】
「ひとくちワコじゃ時間が足りなすぎる!と黒子に文句を言った成果で、今日は拡大版——『まんぷくワコ』を始めるよ。みんな、お腹は空いてるかな?」
いつものショート動画ではなく、通常の配信枠を使っての料理配信。今日のワコは通常衣装ではなく、あらかじめ発注しておいた三角巾にエプロン姿のアバターだ。料理と食べ物が好きなワコには必須と言える差分衣装だろう。
今日の配信はカメラを台所に移して、ワコの表情と一緒に手元の調理工程も映す流れだ。
「いつもはわりと売ってる商品に舌鼓を打つことが多いわたしですが~、今日はこの格好を見てわかる通り、好きなものを自分で作って食べようと思います。さてさて、みんなはこれからわたしが作るもの、当てられるかな?」
『メロンパン』
『サーロインステーキ』
『シュールストレミング』
「あはは、作らんわっ。部屋追い出されちゃうよ。今日わたしが作るのは~ジャンッ」
画面に自作のフリップが現れる。
「ツナマヨおにぎりです」
『ツ・ナ・マ・ヨwww』
『シャケ、シャケ』
『それ料理か?』
「というわけで、材料はこちら。本マグロの柵、オリーブオイル。ご飯はもう炊けてます。い~い匂いがしちゃってますよ。早く食べたいな~」
画面に材料が映り、のんきな声をあげながらワコは左右に揺れる。だが、コメント欄は一気に騒然とする。
『ツナ缶使わんのかい』
『まさかの柵からw』
『料理だ、コレ』
『つえぇw』
「はい、それじゃさっそく料理行っちゃいましょうっ。このおいしそうなマグロの柵。これからオリーブオイルで煮るわけだけど、調べたら小さくせずに塊で煮た方がしっとりしておいしいんだってさ。これ絶対お刺身でもおいしいやつだよね~……」
そう言って鼻歌交じりにトン、と小さく包丁の音が聞こえる。
「で。マグロをオイルで煮ていきます」
明らかにもぐもぐと何かを口に含みながらワコの料理解説は続く。
『食ってるだろ』
『つまみぐいィーっ』
『我慢できなくなってやがるw』
「ん?わたしがなに食べたって?証拠は?ん?あんの?あっは、ないよね~?」
挑発的な視線と笑みで、ワコはリスナーを煽る。
『態度悪いww』
『これは完全犯罪』
『おさしみ、おいしかった?』
そのコメントを見て挑発的な笑みは、曇りのない満面の笑顔に変わる。
「超!おいしかった」
『完オチ』
『笑わせんなw』
『たくさん食べて、大きくなるんだよ』
——そして、コメント欄とともに雑談をしつつ、オイルに浸してじっくり煮ること30分。丁寧にオイルを切って、マグロのオイル煮の完成だ。
『完成〜』
『パチパチ』
『うまそ』
「ん?完成?してないでしょ。わたしはツナマヨおにぎりを作るって言ったんですけど」
困り顔で首を傾げてワコの料理は続く。
「ツナをほぐします。できるだけ細かく……、アミマのおにぎりのように」
『またアミマ推してきたw』
『案件かよ』
「ふふん、案件ではありませ〜ん。わたしは食べ物は仕事にしないって決めたのです。あっ、それ以外のお仕事はいつでもお待ちしておりま〜す」
フォークで丁寧にツナをほぐしながら、ワコは軽く明るく笑う。
「丁寧にほぐしたツナに、マヨネーズを和える。これで完成?完成って思う人いる?」
『いねぇよなぁ!?』
『塩・胡椒とか?』
『いない!』
コメント欄の反応を見て、ワコはドヤ顔で頷く。
「確かにおいしそうだよね?でもね、このままだとアミマのツナマヨにはなりません」
『アミマの再現とかw』
『いつから普通のおにぎりを作っていると錯覚していた……?』
『本マグロ使って再現すんなし』
「わたし調べたのよ。まずね、大事なのは白だし。白だし少々、お醤油少々、オニオンパウダー少々っ」
リズミカルに、呪文のようにレシピを唱えながら、ツナマヨに調味料を投入して、混ぜ合わせていく。
『これは期待』
『ツナ缶使ってくれないと再現できないよ』
「そしてっ、広げて粗熱を取っておいたご飯にツナマヨを載せて~」
ワコはビニール手袋をつけた手で、手際よくおにぎりを三角に握る。それを器用に海苔で巻いて、洒落た小皿に載せた。
「完成っ、アミマのツナマヨおにぎりです!」
パチパチパチ、と部屋に拍手の音が響く。
『手が綺麗』
『指長いな』
『絶対美人』
——ユーザー名・azusaurus『運営さん、↑こいつら全員ブロック』4649円。
『でwww』
『来た!』
「はいはい、スルーしますね~。それじゃあ、気になるお味は——」
ニコニコと笑顔のワコは大きく口を開く。そして、もぐ、もぐ、と咀嚼をしたかと思うと、今度は大きく目を見開く。
「うまぁ……。これ完全にアミマのツナマヨじゃん。わたし天才すぎない?」
『自画自賛かわよ』
『これは天才子役』
『僕にも下さい』
——ユーザー名・azusaurus『着払いで10個、うちに送ってください』1680円。
「んふふふ、うますぎる。もう一つ食べちゃお」
『俺の分、あるんだろ?』
『僕のも!』
『無理だ。こいつは食い尽くすぞ』
「おーいしっ。でもさ、こんなにおいしいと、気になるよね?……本物と食べ比べたらどうか、って」
もぐもぐと食べながら、ワコの目がキラリと光る。
『……まさか』
『おにぎり食べながらおにぎりのこと考えてるやつwww』
ゴソゴソとビニール袋の擦れる音がして、リスナーの予想は的中する。
「ジャジャンっ。アミマのツナマヨ〜」
『まだ食うのかw』
「いざ……、勝負っ」
再びワコの口が開き、パリッと海苔を破る小気味良い音をマイクが拾う。
口を閉じたワコの目が開き、無言で何度も頷いてみせる。
「え、待って。うまくておいしい。アミマのおにぎり最高じゃん。自分で作る意味なくない?」
『完全敗北www 』
『正直もの』
「あ。言っとくけど、これ案件じゃないから。わたしにそんな影響力ないと思うけど、買い占めとかダメ絶対。わたしの食べたいのがいつも売り切れててムカつくんだからさーっ」
ぷんぷん顔で頰を膨らませ、コメント欄も大賑わい。
ワコの初めての料理配信は、大盛況となった——。
◇◇◇
——都内某所にある撮影スタジオ。
時刻は午後10時。
ワコの配信を見終えた時鳥梓は、満足げな笑みで高評価ボタンを押してスマホをしまい、立ち上がる。
「ADさーん、おにぎりある〜?アミマのツナマヨ〜」
「お、梓ちゃん。休憩終わり?差し入れはテーブルにあるから、好きなものどうぞ。確かあったと思うよ」
「やたっ。さーんきゅ〜ぅ」
鼻歌まじりに袋を漁り、おにぎりを探す。
「ツナマヨ、ツナマヨ……。ないじゃん!ツナマヨ〜」
悲壮感に満ちた慟哭。おにぎり片手にスマホを見ていた共演者が気まずそうな視線を梓に向けていた。
「……ごめん、配信見てたら食べたくなって」
配信、ツナマヨ、答えは一つ。
「もしかしてワコ!?ワコの見てた!?」
梓は散歩に行く犬のように共演者に駆け寄り、スマホを覗き込む。
画面にはトワコンチャンネル。それを見ただけで梓は嬉しくなってしまう。
「ならしょうがないなぁ〜。たくさんお食べっ」
一回りは年齢が上であろう男性俳優の頭を、梓はよしよしと上機嫌に撫でるふりをする。
「チャンネル登録してる?いいね押した?押したよね?押せ!」
「圧すご」
「あたしのおすすめは、これと、これと、これと——」
「全部じゃないか」
呆れ顔の共演者に、梓は得意げな笑みで応える。
「当然。全部面白いし、どのワコもクソかわいいもん」
「確かになぁ……」
梓より一回り年齢の上の共演者は、画面のワコを眺めて、確かめるように頷く。
「これだけ喋れて、華があって、数字も持ってるのに、なんでワコちゃん使われなくなっちゃったんだろうな」
梓の反応を見るようにチラリと目線を向けながら、彼は言葉を続ける。
「そんなに見た目変わっちゃった?」
「超絶美人だよ。見たら目が潰れるくらい」
梓が真顔で答えると、共演者は苦笑する。
「それが原因かぁ。みんなの目、潰れたら困るもんな」
「確かに~」
ツナマヨおにぎりを半分に割って強奪しながら、梓はおどけて笑う。
笑顔の裏で、考える。同業者ですら魅力的に映る今の柊ワコが、本当にイメージのズレなんかでこんなにもテレビから消えてしまうものだろうか、と。
今考えてもしょうがないそんな言葉は、ツナマヨと一緒にゴクリと飲み込んだ。




