32話 元国民的子役、どこが好き?
――柊ワコってどんな子?
今まで十年以上見続けて、ありとあらゆる言葉で賛辞を重ね続けたワコに対して、十和子の問いに言葉を返せなかった。
なぜ?考えても答えは出ないが、モヤモヤが残る水曜日の放課後。
「……くん。藍沢くん!」
放課後、園芸委員の活動中。草むしりをする俺を、隣のクラスの園芸委員——牧野さんが呼んでいた。
「あ、悪い。考え事してた。なに?」
思ったより近い距離にいた牧野さんは、青ざめた顔を横に振り、両手で俺の右手を止めていた。
「それ、雑草じゃなくて!植えたばっかりの……コスモスの苗だからぁ!」
「え」
言われた瞬間にさぁっと顔から血の気が引くのを感じる。一応末席とはいえ園芸委員。雑草とコスモスの違いくらいは教えてもらっているから分かる。他のことを考えながら無意識に手だけ動かしていた俺の完全な落ち度だ。
「……こ、これ植えたの三年のセンパイたちだっけ?」
文化祭に向けて色を選びながら配置まで楽しみながら決めていた。苦笑いで問いかける俺に、牧野さんはコクリと頷く。そして、俺が抜いてしまった苗を手に取り、じっと真剣な表情で見つめてまた頷く。
「だ、だだだ大丈夫!コスモスは丈夫だから、ちぎれてないから、ちゃんと丁寧に抜いてるから!だから、またちゃんと植えればきっと……大丈夫だから!」
悪いのは完全に俺なのに、そんな風に言ってもらえるのは本当にありがたい。
「さんきゅー。でも、ちょっと待っててくれる?それをやるのは、センパイたちにちゃんと謝ってからだよな」
怒られるだろうって不安だよな、きっと。でもまぁ大丈夫。怒られるのは俺だけなんすよ。安心させるようにニッと笑って立ち上がり、軍手を外してポケットに入れる。
「センパイら今日どこやってんだっけ?南棟?」
進行方向を指さして問うと、牧野さんは軍手をはめた両手を握りしめながら勢いよく立ち上がる。
「私もっ!行きます!」
その気持ちは嬉しいが、はいそうですかとはいかない。だって、俺が悪いんだから。
「お気持ちだけもらっとくわ。ちょっと待ってて」
と、言い残してダッシュ。悪いが足の速さには自信がある。
「えぁっ!?なんで!?待って!」
遠くで驚きの声がして、ちらりと振り返ると牧野さんも俺を追って走り出す——。
そして、南棟。よく日の当たるメインの花壇。
「……と言うわけで、俺の不注意でこないだセンパイたちの植えたコスモスを引っこ抜いてしまいました。すいませんでした!」
深々と頭を下げる。
「あ、あぁ……。やっちゃったものはしょうがないよ。でもそれより、牧野大丈夫か?」
牧野さんは俺の隣で、ぜぇぜぇと肩で息をしながら額から汗を滴らせている。九月の始め。夏休みは終わったけれど、夏が終わっただなんて誰も言っていない。
「だっ……だいっ!じょうぶです!」
俺は息荒く返事をする牧野さんを指さす。
「あのー、一応説明しますけど。牧野さんはマジで関係ないんで。むしろ俺を止めた功労者なんで」
「や!私は気付くの遅れちゃったので!私が悪いんです!」
その言葉を聞いて俺は頭を上げて、牧野さんに手を向ける。
「だ、そうです。じゃあ俺は悪くないっすかね?」
「なんでぇ!?」
そんなやり取りにセンパイたちも笑ってしまい、牧野さんにスポーツドリンクを差し出しながら俺に呆れ笑いを向けてくる。
「藍沢お前な~。本当そういうとこだぞ」
「心配しなくてもちゃんと植え替えればほとんど大丈夫よ。あ、植え替えたあと肥料はあげちゃダメだからね?たっぷり水をあげるだけ。弱ってる時は肥料いらないの。逆に弱っちゃうから。肥料は葉っぱが元気になったらにしてあげて」
「なるほど、病人にカツ丼食わせるみたいなもん、ってことっすね」
一人納得して頷くと、センパイたちは『まぁ、それに近いか』と笑う。
念のため、とセンパイたちは予備の苗もくれて、俺と牧野さんは持ち場に戻る。
「いや~、センパイらがいい人で助かったよ。つーか、牧野さんも一緒に来てくれたおかげかもな。わはは、助かりました」
再び軍手を付けて丁寧に苗を植える。あまり重苦しくないように感謝を告げると、牧野さんは本当に申し訳なさそうに目を伏せながら土をいじる。
「……いえ、私は全然」
「またご謙遜を。牧野さんがいなかったらまだ今頃正座させられて膝の上にゴミ袋乗せられてたかもしれないだろ。いや、絶対そうだね」
確信をもって断定的に強く言い切ると、ようやく牧野さんはぷっと笑ってくれる。そして、一度笑ってからまた申し訳なさそうな視線を俺に向けてくる。その理由もなんとなくわかっている。
「藍沢くん、……前は逃げちゃってごめんなさい」
なんのこと?ととぼけるのも感じが悪いので、言葉通り受け取る。
「あー、全然気にしないで……、っていうか。まぁ、しょうがない……っていうか」
牧野さんは、隣のクラスで、四月から俺と同じ園芸委員で、……六月に俺に告白をしてくれた相手だ。
「まぁ、いきなりスマホで女児の画像見せたらびっくりするよな。当然の反応だよ」
軽く笑って答えると、牧野さんは手のひらを俺に向けて言葉を制する。ちゃんと仕事をしていることがわかる土で汚れた白い軍手。
「や。それは絶対違う。だって私が聞いたんだから、好きな人ってどんな人?って。藍沢くんはちゃんと見せてくれただけでしょ?それとも、ふざけて見せた写真だったの?」
「そんな訳ないだろ」
答えながら、無意識に顔を伏せる。
「ならいいじゃん。悪いのは逃げたり避けてた私。普通に接してくれてありがとう」
「普通に接するだけでお礼言われるとは思わなかったなぁ。まぁどういたしまして、と言っておくか」
「あはは、なにそれ」
話しながらではあるが、きっちりと頭を働かせながら苗を植える。色ごとに分けて植えるのもきれいだけど、入り混じっているのもきれいだよな。
「藍沢くんは柊ワコちゃんのどこが好きなの?」
「どこが……って。悪いけど、そんなの語りだしたら一瞬で最終下校時刻になるぞ?生半可な覚悟で触れる話題じゃないんだよなぁ」
わざとらしいくらい挑戦的な物言いで煙に巻く。
「う~ん……、そっかぁ」
牧野さんは困り顔で首を傾げて少し考える素振りを見せる。そして、二、三秒経ってから明るい顔でしゃがんだまま半歩俺との距離を詰める。
「よし、覚悟できた。教えて?」
予想外の言葉に驚き目を丸くしてしまう。
「そ、そうだな。敢えて一言で言うなら――」
「一言じゃなくていいよ?」
「う」
苗を植える手を止めて、ジャージ姿でしゃがんで、牧野さんは俺を見る。
返事に詰まってしまう。いつも通り茶化して、煙に巻いて、混ぜ返すように話を有耶無耶にする――なんてことは、きっと真剣に聞いてくれている牧野さんに失礼以外のなにものでもない。
「……えーっとさ。ちょっと真面目に話しちゃうんだけど、キモかったらそっと立ち去って誰にも口外しないでくれると助かるんですが」
引きつった顔で小さく挙手をして伺いを立てる。すると牧野さんはクスリと笑ってコクリと頷く。
「大丈夫。覚悟できたって言ったはずだけど」
そして、自分自身で確かめるように考えて、できる限り正確な輪郭で言葉にしようと試みる。
「最初は――」
思い出すのは、幼稚園のお遊戯会。黒いドレスを身に纏った黒雪姫。思い出して、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「絶対に見た目だったんだよな」
「確かに。かわいかったもんね、ワコちゃん」
夕方が近づき、日が傾いてきたとは言え九月の初め。気が付くと身体からじんわりと汗がにじんでくるのは暑さのせいなのか?
「小三の時、家でしんどいことがあってさ。その時にワコの言葉で救われたんだよ」
――『そんなん親の都合だろ!?子供に選ばせんなよ!子供なんて……、子供なんだから……どっちも好きに決まってんだろ、バカ野郎!』
大ヒットドラマ『私とパパは各駅停車』のワンシーン。涙ながらに声を荒げてワコが演じたそのシーンは、当時の俺に向けて言っていると思えるくらい心の真ん中にぶっ刺さった。
「今になって思えば、ドラマのセリフなんだから台本があって、脚本家が作ってるんだよな。だけど、例えそうだとしても、ワコの言葉で救われた事実は消えるはずない」
初めて人に話す言葉。うまく伝わっているか自信はなかったが、牧野さんは急かすこともなく、時折小さく相槌を打ちながら聞いてくれた。
「好き、なんだけど、相手はテレビの中の芸能人だろ?普通の子供で釣り合うはずがない。だから、『足の速い人が好き』と聞けば走る練習をしたし、『研々ナビ』のキャラクターをしたから勉強もしたし、『お父さんみたいな人が好き』って言ったから……毎日牛乳を飲んだ」
正直に告白すると、牧野さんはぷっと一瞬笑い、慌てて両手で口を押さえた。
「だから藍沢くん背が高いんだ?」
「かもな」
立ち上がり、両手を挙げてのびをする。
「ごめん。自分で言って悪いんだけど、今はそれ以上言葉にできないわ。全部好き、ってのもなんか軽くて違う気もするんだけど、嫌いなとこなんてあるはずもないしなぁ……。でも聞いてくれて助かったよ。なんか少しスッとした。王様の耳はロバの耳、みたいな?」
「なんか、たとえ悪くない……?」
「あ、ごめん」
そう言って二人で笑い、片づけを始める。花壇には綺麗に並ぶコスモスの苗。
当たり前のこと過ぎて、今まで考えたこともなかった。俺は、ワコのどこが好きなんだろう――?




