31話 元国民的子役はどんな子?
――九月。夏休みが終わる。
「ねぇ、こないだの配信見た?」
「見た~、あれ絶対梓ちゃんだよね!」
教室の真ん中で、クラスメイトの女子たちがそんな話題で盛り上がっているのが耳に入る。十中八九、ワコの配信の話だろう。
世間やテレビがオワコン扱いしようとも、同じ年齢・学年である俺たちの世代はやっぱりほかの世代よりもワコへの関心は高いんじゃないかと思う。
「ワコちゃんと梓ちゃんってさ、朝ハロで共演してからずっと友達なんだね。なんかいいな~、そういうの」
「わかる~」
浦原は口元に手を当てて真面目な顔をする。
「朝ハロ――、それはうちらが小学二年の時に始まった朝の子供向け情報番組で、ポップでカラフルな衣装がうんぬんかんぬん」
早口でそう言ってからヘラリと軽薄な笑いで俺に笑いかける。
「とか言わんの?」
「ん?急に空気の成分解説し始めるやつなんている?」
当然の返答を行うが、それは浦原の想像の外だった様子。べぇと舌を出して苦々し気な顔をする。
「驚きのきもさ」
「洗剤みたいな言い方すんなよ」
女子が集まってトワコンチャンネルの話をしているそこに、男子二人組が話に入っていく。
「いやいや、でもさ。実際時鳥梓とずいぶん差付いたよな。あっちは29時間テレビのメインMCだよ?最年少だって。すげーよな」
イジるように腐して話題に入っていくスタイル。楽しく話していた女子たちの笑顔に苦笑いが一割くらい混じりだすが、もう一人の男子はそれに気づかずに得意げに話を続ける。
「そうそう。梓ちゃんめっちゃいいよな~。オレも超好き。てか柊ワコってまだやってんの?もう過去の人っしょ。ちなみに今オレのイチオシは――」
相手が好きって話しているのをわざわざ腐すのってどんな気持ちなんだろうな?イヤミかいやがらせなら理解できるけど、まさか本気でそれで仲良くなれるだなんて思ってないよな?
と、頭は冷静に考えながらも立ち上がろうとする俺を羽村が服をつかみとめる。
「イツキー、ダメだよ。冷静にー」
「おう。そうだな。ちょっと冷静に異教徒を弾圧してくるわ」
と、異教徒に視線を送ると、まるでチンピラに絡まれるかのように、彼は肩に手を回されていた。浦原に。
「なぁ。お前さー。もう一回言ってみ?誰が過去なん?」
「いや、オレが言ってるわけじゃなくて、ネットでもみんな言ってるし……」
「くそ下らん。お前はどう思ってんだよ。人が楽しく話してるとこにしゃしゃって来やがってよー。おめーも過去にしてやろうか?あぁ!?」
至近距離で浦原が恫喝すると、彼は返す言葉もなく、もう一人に袖を引かれてへつらい笑いを浮かべて廊下へと出て行った。
シン、と静まる教室。浦原は椅子を引いてきてその子たちの机を囲むと、頬杖をついて人懐っこい笑顔を向ける。
「うちも配信見たよ。話しようぜぇ。あのおばけの話笑うよね。気づかんのかーい、ってなった」
「あはは、ね!ワコちゃん強すぎ」
もう一人の女子が浦原の話を聞きながら訝し気に眉を寄せる。
「ね。浦原さんって、一人称『うち』だよね?」
「そうだがー?」
彼女はキョロキョロと周囲を見渡してから、浦原にヒソヒソと耳打ちをする。
「……変なこと聞くけど。あの怪談配信にいた子って、浦原さんだったりしないよね?声も話し方も超そっくりな気がするんだけど」
浦原は困っているのか喜んでいるのかよくわからない顔で、照れくさそうに俺を見て手を振る。
「イツキー、なんて答えればいい感じ?」
「それ、ほぼ答え合わせだぞ?」
「うぇ、まじか」
呆れ半分の俺の声に、女子二人は口を押さえて互いに顔を見合わせ、黄色い声をあげた。
「うそうそうそっ!?」
「え、待って待って。本当に!?」
口元を隠した彼女たちの目はキラキラと期待に輝く。浦原は腕を組んで少し考えてから、バツが悪そうに口元に人差し指をあてる。
「な、内緒な?」
意外な反応に二人は勢いよく何度も首を縦に振って頷いた。
「ね!……一つだけ聞いてもいいかな!?ワコちゃんって、どんな子?」
それを聞いて俺もつい一緒に考える。天真爛漫、光彩陸離、千変万化、おっと、なぜか四字熟語縛りになってしまった。考えてみて、一言で表せないとすぐに思い至るし、言葉に表す意味すらないと感じる。
浦原はなんと評するだろうか?そう思う間に、思案していた浦原は口を開く。
「普通の子だよ」
少し嬉しそうに浦原はそう言った。まったく予想していなかった言葉に思わずぽかんと口が開いてしまう。
「いや、浦原。それはさすがに逆張りが過ぎるだろ」
つい苦言を呈してしまう。
「あー、そうね。確かに歌もクッソうまいし、見ためだってバリえぐいよ?昔とはだいぶ変わって、超背も高いし、モデルでもいねぇよってくらいの超美人」
頬杖をついたままで、浦原は呟く。
「でも、中身は普通の子だよ。うちらと一緒」
「意外。君、普通を自認してたんだ?」
「ハム公うっせぇ〜。入ってくんなし」
やがて響く予鈴の音でやり取りは終わり、それぞれみんな自分の席へと戻っていく。
――普通の子だよ。
その言葉を聞いて抱いた感情を、俺はまだうまく言語化できない。
――放課後。
水曜日は園芸委員の仕事があるので、それ以外の平日は十和子の部屋で作業に充てることがほとんどだ。
互いに学校を終えてから、駅で待ち合わせて十和子の家に向かう。
「定期切れるのまだ先だっけ?」
うちの最寄駅と十和子の最寄駅。往復で300円と少しだけど、週に3回通えば千円だ。
大した金額じゃないかもしれないけど、バイトをしていない高校生には少しきついとも言える。
割とすぐに十和子から渡されたのがこのIC定期券。区間は俺の最寄駅から、十和子の最寄駅。
『必要経費なんだから、ちゃんと受け取ってよね』
そう言って渡された定期券。地味に助かっている。
「そうそう、今日クラスで女子がトワコンチャンネルの話してたよ」
それを聞くと十和子は飛び跳ねるように勢いよく俺をみる。
「え、嬉しいんだけど。今度クラス行っていい!?」
「なんでやねん。で、浦原が話に混じったら声と話し方で即バレしてた」
「クラスメイトにはわかっちゃうか。迷惑かかったら申し訳ないなぁ」
言葉通り、眉を寄せて十和子は微笑む。
「と、まぁ。そうなれば当然浦原はワコと知り合いって思うよな?その子たちが『ワコってどんな子?』って、聞いたんだよ」
「へぇ」
十和子はそう呟くと立ち止まる。ん?と俺も足を止めて少し振り向く。
十和子は俺を見て、口を開く。
「ねぇ――」
どこか挑発的で、挑戦的で、少しだけ怯えたようにも見える顔で、俺に問う。
「ワコってどんな子?」
その表情に少し戸惑いながらも、答えを返そうとする。
「あぁ、浦原は――」
俺の言葉を遮るように首を横に振り、確かめるようにじっと俺の目を見た。
「ううん。めぐるちゃんじゃなくて、イツキは?イツキはどう思うの?」
「俺?そんなの決まってんだろ……」
俺にとって柊ワコは大袈裟でなく記憶の始まりであり、小3の時に訪れた人生の分岐点で背中を押してくれた神のような存在。
だけど、真っ直ぐに俺の目を見る十和子の瞳を前にして、なぜかそんな言葉は喉の奥の方で止まり、俺の口は開いたまま言葉を失う。
十和子は何秒か言葉を待ったけれど、やがてクスリと笑い俺の手をぽんぽんと軽く叩いて先を指差す。
「ん。今はそれでいいや。コンビニ寄ってこ。お腹空いちゃった」
「……お前そればっかだなぁ」
「今は増量セール中でーす」
俺の先を進んで振り返る十和子の楽しそうな顔を見て、湧き上がる気持ちにパタリと蓋をする。




