30話 柊木十和子の現在地④ 夏休み、最後の日
◇◇◇
――夏休み、最終日。
十和子は自身の最寄り駅で人を待つ。いつも通りキャップを被り、日傘をさして改札を出る人たちに視線を送る。やがて、目当ての人物を見つけ、『あ』と口を開く。
視線の先には友人であり、トップタレントである時鳥梓の姿。梓も十和子に気が付いた様子で、手を振って駆け寄ってくる。
「トワコ~っ、久しぶり!会いたかった~」
帽子を被り、眼鏡をかけているが、その声と雰囲気は日本有数の混雑を誇る駅をしても目立つ。
「……ちょっと、目立つから大きな声出さないでよ」
当然ながら、道行く人の中からも『あれ、時鳥梓じゃない?』というヒソヒソ声も漏れ聞こえてくる。
「あははっ、今日もあっついねぇ!」
そう言いながら十和子の腕にしがみついてくる。長身の十和子と比べると、平均身長を少し下回る梓の身長差はちょうど彼氏彼女のそれと近い。
「暑いならくっつくなっ」
「それはそれ~」
嫌な顔をしながらも突き放しはしない十和子。子役時代からの距離感。もう慣れっこだ。そして、梓が誰彼構わずこんな距離感でないことも知っているから。
「あ、あの……梓ちゃんですか?」
駅を離れて少し歩くと、同じ年くらいの女子が恐る恐る梓に声を掛けてくる。梓は十和子の腕にしがみついたまま、帽子のつばを少し上げてにひっと笑う。
「梓ちゃんで~す。今デート中だからごめんねぇ」
「えっ!あっ!はいっ!こちらこそ、ごめんなさいっ!」
一切隠す気のない返事に女子も顔を赤くして直立してしまう。
「……こら、誰と誰がデートなのよ」
「ん?あたしとトワコが。今日は~初めてのおうちデートなの」
「無駄に誤解を招く言い方すんな。家入れないよ?」
「うえぇっ!?ごめんって!冗談でした。残念、ただ家に遊びに行くだけみたい」
わざとらしく肩を落としてため息をつき、手を差し出して女子に握手を促す。
「サインは転売されるとむかつくからさ。握手ぅ」
無言で手を差し出した彼女の手を握り、二度、三度と手を上下に揺らす。
「じゃあね~。応援ありがとっ」
ひらひらと笑顔で手を振りその場を離れ、二人は十和子のマンションへと向かう。駅から徒歩5分程度。最高の立地だ。
「おぉ。いいじゃ~ん」
マンションの外観を見上げながら梓は小さく口笛を吹く。そして、一切気後れをする素振りもなく十和子に続いてエントランスを抜けてエレベーターに乗る。
「いいねぇ。駅近くだし。いくらした?」
「全部込々で7000万ちょっとかな。……大奮発だよ、本当」
「へぇ~。何階?空き部屋あるかな?」
そう言いながらすぐにスマホで検索を始める。
「おっ。16階が一つ空いてるぞぉ。にっひひ、同じマンションに住んでればもっといっぱい遊べるよね?」
まるでネット通販でもするくらいのノリで話を進める梓。十和子は慌ててスマホの画面を手で隠す。
「ちょっと。冗談でしょ?」
「ん?マジだが?」
「無駄使い禁止!」
梓はため息をついて十和子に寄りかかり、エレベーターの防犯カメラに向かって手を振る。
「じゃあトワコがここ買ったのも無駄遣い?」
「……とは思ってない。早まったかな、とは思ったこともあるけど」
「ほら。じゃいいじゃん。あたしがたくさん働くのは何のためだと思う?」
そう言って梓はにっこりといい顔で笑い十和子にピースサインを突き付ける。
「好きな時に好きなことをするためさっ」
あまりに屈託のないその笑顔には、十和子といえども抵抗はできない。嬉しさを隠しつつ、白い眼を向ける。
「破産しても知らないよ?」
「このくらいじゃしないかなぁ」
「嫌味~」
そんなやり取りをしながらエレベーターを出て十和子の部屋へと向かう。
「はい、どーぞ。いらっしゃい」
「おっじゃましま~っす」
まるでテーマパークのゲートをくぐるかのように、弾む足取りで梓は十和子のマンションへと足を踏み入れる。
「おぉ~、いいじゃんいいじゃ~んっ」
脱いだ靴を揃えてキョロキョロと周囲を見渡す。そして、一瞬何かを考えたかと思うと、スンスンと鼻を鳴らし、口元を手で覆い神妙な顔をする。
「む。男のにおいがする」
十和子は目に見えてギクリとした表情をした後で、やれやれといった風に首を横に振る。
「その手には乗りませ~ん」
「あはは、だよね~。乗らないよね~。……否定はしなかったけど」
ニヤリと笑ってボソリとつぶやく。
そしてリビング。部屋の角に設置された防音室やゲーミングPCが目を引く。
「おおぉ。ここでトワコンチャンネルが生み出されているのかぁ。なんか感動~」
防音室のドアを開けて、『あーっ』と声を出し、楽しそうに扉を閉める。
「あっ、そうだ!梓!スパチャ止めてよね!バレバレなんだから、『azusaurus』なんて!」
思い出して糾弾する十和子。だが梓はきょとんとした顔で首を傾げる。
「ん?してないが?」
その一言で十和子の背筋にゾっと冷たいものが走る。
「うそっ、こわっ!?誰ぇ!?」
その反応を見て満足げに梓はニヤリと口角を上げる。
「ほら、もう嘘ばっかり!」
「あはは、ごめんて。名前出してないからいいじゃ~ん」
梓の持ってきた差し入れのケーキを冷蔵庫に入れつつ、飲み物とグラスを用意する十和子。
「椅子でもクッションでも好きなほう座って」
「あいあい~」
床のクッションに座る梓。ローテーブルには麦茶の入ったグラスが置かれる。
「ありがと。ん~、冷たくておいしっ」
梓の向かいに座る十和子。なにやらもじもじと、照れくさそうに、何かを言いづらそうに梓の様子を窺っている。梓が麦茶をゴク、ゴク、ゴク、と一息に八割がた飲み干したグラスに麦茶を注ぎなおしてから、意を決して口を開く。
「あ、あのさ梓。今日一つお願いがあるんだけど……」
頬を赤らめて、目をそらしながら呟く十和子。ピンと来てしまった梓は照れ笑いをしながら答える。
「あ。もしかして……えっちなこと?あはは、やぶさかではないけど、まだ明るいしさ~」
軽く笑う梓の声はバン!と力強くテーブルをたたく音にかき消される。
「そんなわけないでしょ!?」
「えー?じゃあなによぅ」
口を尖らせてぶーたれる梓を横目で制しながら、テレビ台の棚からゲーム機を取り出す。
「……梓と一緒にゲームとかしたいな、って」
照れくさそうに顔をそむけて、献上品のように梓の前にゲーム機とコントローラーを差し出す十和子。その表情を見て、梓の瞳もキラキラと輝く。
「やるっ!やろう!」
二人はまるで小学生のように、いそいそとテレビの前に向かいゲーム機のセッティングを始める。
「何本かソフト買ったけど、できるのある?」
「あるある。大乱戦も得意だよ。いつも待ち時間にADさんボコれる程度には得意かな」
「接待じゃないの~?」
「あはは、手抜いてもあたしわかるし」
そして、ゲームを起動。二人なのでCPUを入れた一般的な四人対戦でゲーム開始。
「あっ、ちょっ、なにそれ!?ずるいっ、動けないんだけど!?」
「はい、勝ち確~」
「もう一回!」
「接待しましょうかぁ~?」
「要らない!」
売れっ子タレントである梓。どこにそんな時間があるのか、言葉通りかなりの腕前で、初心者の十和子では到底歯が立たない。それでも梓は一切手を抜くことなく、十和子も何度負けても楽しそうにゲームを続けた。
「トワコはさ〜、もしあのまま芸能活動辞めて、学校も変わってたとしたらさぁ」
ゲーム画面から目を離さずに、梓の言葉は続く。
「今もこうやってあたしと遊んでたと思う?」
十和子の手は止まり、困り顔で梓を見る。
「多分、距離置いちゃったと思う」
偽りのない率直な言葉に梓はニッと笑う。
「だよね。じゃあイツキくんには本当に感謝しなきゃね」
ごまかそうかどうか一瞬ためらって、十和子はコクリと頷く。
「本当に。私もそう思う」
画面では十和子をKOして梓の十連勝。それを見届けてから梓は勢いよく十和子を見る。
「そっちはいいとして。あの女はぁ?誰なのかなぁ?あれがまさかイツキくんだなんて言わないよねぇ?」
「え、っと。友達だって言ったよね?」
「ふーん。じゃああたしは?」
拗ねたように口を尖らせる梓に十和子はあきれ笑いを向ける。
「めんどくさぁ」
「あぁっ、ひどっ!?あたしはもう昔の女って訳なの!?」
わざとらしく、芝居がかったセリフと手振りで梓が過剰に悲劇を演出するので、十和子はついクスリと笑う。
「あはは、なにそれ。梓も友達に決まってるじゃん」
そう言って、指折り数える。
「友達、ライバル、戦友、腐れ縁。あとは?」
「親友?」
「しょーがない。それも入れておくか」
そう言って二人は笑いあった。夏休みが終わっても、夏はまだ終わらない。




