29話 【実録・芸能界、本当にあった怖い話】
――午後九時、三分。
『来るぞ』
『来るぞ』
『来るぞ』
『とわこ~ん』
『トワコ~ン』
画面に映る待機画面。牧歌的な音楽に乗せて絵本のような街並みを歩くワコ。青い空には白い雲が風で流れ、日の光が街とワコを照らす。鼻歌交じりに街を歩くワコがゴールの建物に到着。ドアを開けるとロゴが現れる。
――welcome to toWako'n channel
ロゴが反転すると、パッと画面が変わりワコが現れる。
「とっわこーん。昨日お祭りに行こうとしたんだけど、浴衣選ぶのに時間かけすぎてお祭りが終わっていた、VTuberの柊ワコです」
『かわいそう』
『浴衣見たすぎ』
コメント欄の反応を見て、ワコは得意げな顔で何度か頷く。
「でしょ?見たいでしょ?わたしも見せたくってさ、黒子さんに聞いてみたの。明日までに浴衣差分作れますかって」
『無茶ぶりが過ぎるwww』
『黒子さんに期待』
『黒子さんが一晩でやってくれました』
「あはは、だったらよかったんだけどね~。普通に何か月か掛かるから無理、だって」
コメント欄に流れる落胆や悲哀のコメントに目を通しつつ、ワコはまっすぐに画面の向こう側を見て、力強いまなざしで微笑む。
「だから、浴衣はまた来年ね」
『あああああああああ』
『生きねば……』
『見たいみたい見たいみたい』
色とりどりのコメント欄は勢いを増し、目で追うのも困難になる。もう気にもしなくなってしまっていたけど、初配信の頃にはいたアンチコメントや冷笑なんてもう視界にも入らなかった。
「さて!本当はゲーム配信?でもやってみようかな~って思って、ゲーム機一式買って練習したりしてたんだけどさ。夏ももうすぐ終わりだなぁって思ったら――」
PCの手元操作で、ワコの背景が真っ暗な部屋とろうそくの灯りに変わる。ろうそくの灯りが照らすワコはいたずらそうな笑顔で言葉を続ける。
「怪談を、したくなりました」
直前の弾むような声とは対照的な、表情からは想像もできないような抑圧された声。
『ヒエッ』
『すでにちょっと怖い』
『これは期待』
『見せてもらおうか、天才子役の怪談とやらを』
「やっぱり怪談のだいご味ってのは、目の前で怖がってくれるかどうかってのもあると思うんだよね。友達いなかったからやったことないけど、あはは」
『ないんかいw』
『孤独な子役』
『すでに怪談は始まっていた……だと?』
『俺が聞いてあげるよ』
「という訳で、今日は友達を呼んだのでめっちゃ怖がらせたいと思いまーす。よろしくね、えへへ――」
はにかみ笑いをしたかと思うと、次の瞬間ワコの顔は真顔になり、続けて困り顔になって少し横を向く。
「……友達、って紹介していいんだよね?」
「いまさらー」
あぐらで座る浦原は天井を見上げて楽しそうに声を上げる。
『友達!』
『声かわわ』
――ユーザー名・azusaurus『ねぇ、その女だれー?』666円。
『出たw』
『仕事して』
『方向の違う怖さ』
コメントを見て十和子は口を押さえて笑う。
「ぶふっ、ちょっと。このスパチャはちょっと触れないでおこう。とにかく、これから怪談を始めます!みんな、先にトイレ行ってきてね。じゃあ、三分後!三分雑談してから始めるね。何話そうかな」
『質問コーナー。そろそろファンネーム決めようよ』
「ファンネーム、かぁ」
ワコは宙を見て首を傾げる。
「そう、それね。結論から言うと、決めません。だって、そうするとファンしか見てくれなくなっちゃうんじゃない?」
『???』
『どゆこと?』
『つまり……どういうことだってばよ』
コメント欄と同様に俺も首を傾げる。俺たちは、完全にワコの手のひらの上だ。
「ファンだけしか来んな、じゃないから。アンチくんも、冷笑さんも、誰でもウェルカム!なチャンネルにしたいの。とにかく、いろんな人に見てもらって、たくさんのひとたちとお話したいから」
そう言って、ワコはいたずらそうに口角を上げる。
「とはいえ、度を過ぎたアンチコメントは黒子が削除しちゃうけどね~。いひひ。節度を守って楽しくアンチ活動しましょうっ!っと、そろそろ三分経ったかな?」
『カップラーメンかw』
ワコは予め手元に用意していた風鈴を揺らす。
チリーン、チリーン、とアロマキャンドルの明かりだけが照らす室内にガラスと金属がぶつかる涼しげな音が響いた――。
風鈴の余韻が消えて一秒、二秒と無音が続き、閉じていたワコの目が開く。
「これは、実際にわたしが体験した話なのですが――」
淡々と、笑顔もなくワコは語りだす。
「わたしは、とあるオーディション会場にいました。確か……舞台だったと思います。関係者の日程の兼ね合いでいくつもの主要な役のオーディションが同時に行われたそこには、男女問わずいろいろな人が来ていました――」
場所は少し古びた自社ビルの一室。窓を開けるとすぐ隣のビルの壁が見える日の当たらない会議室。
「椅子はすべて埋まっていて、部屋の隅、壁沿いに立つ一人の女性が目に入りました。その女性は、白いワンピースを着ていて、艶やかで長い黒髪がとても目を引くきれいな人でした」
『キタw』
『黒髪白ワンピは鉄板』
「とてもきれいで、雰囲気のある人だったので、きっと受かるんだろうなぁと思いました。ですが、顔合わせの時に彼女はいませんでした」
『ですよねー』
『さて……』
「あんなきれいな人でもダメなこともあるのか。子供心にそう思いました。それからしばらく経ってから、同じ場所で行われた別のオーディション。その人はまたいました。前と同じ場所に、変わらぬ白いワンピースで。季節は冬でした」
微かなワコの吐息をマイクが拾い、俺たちは反対に息を呑む。
「なぜだか妙にその人のことが気になったわたしは、自分の番が終わっても、お母さんにお願いしてオーディションが終わるまでその部屋に残っていました」
――『それでは、これにてオーディションを終了します。本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございました』
「ディレクターさんはそう言いました。でも、白いワンピースの人はまだ受けていません。最初から最後までずっと見ていたのですから、間違いようがありません」
ワコは急ぎディレクターの元へと駆け寄っていった。
「すみません!まだ、受けてない人がいます!――って。わたしは大きな身振りをつけてディレクターさんに伝えました。すると、ディレクターさんは訳が分からないといった様子で首を傾げたのです」
――『白いワンピース?そんな人いなかったよ』
そして、ワコは振り返り、部屋の隅を指さし声を上げる。
「なに言ってるんですか!?ほら、そこにいます!あの人がまだ――」
朗読劇のように、一人で目まぐるしく感情豊かに語り、次の瞬間――画面のワコはニコリと笑う。形だけ笑っているような、能面のような笑顔で。チリン、と微かに風鈴が揺れる。
「そこには誰もいなかった」
沈黙。
そして、柔らかな声が沈黙を破る。
「そこでようやく、子供心に、初めてわたしは気が付いたのです。これは――」
少し怒ったように眉を寄せて、むっと頬を膨らませたワコ。
「あの人にいじわるしてるんだなって」
「いや、幽霊でしょ」
思わず浦原も真顔で突っ込んでしまう。
固唾を飲んで話に聞き入っていたコメント欄もそれをきっかけに流れ出す。
『おばけでしょww』
『おともだちのいう通り』
『芸能界の闇を見た』
ワコの語りは続く。
「それから、わたしはオーディションのたびにその人の姿を探しました。ある日、いつもの会場のいつもの場所に、またその人はいました」
『こんにちは!』――。
季節は春。ワコはきっと満開の桜も霞むような笑顔でその人に話しかけたという。両手を身体の前で握りしめて、小さくガッツポーズをとりながら、ワコは彼女に声を掛けた。
「オーディション、一緒に頑張りましょうねっ!」
『話しかけんのかwww』
『心がつえぇんだ』
『これはおもしれー女すぎる』
一転、ワコは神妙な面持ちに変わり、十和子は少し後ろに座る浦原を振り返って問いかける。
「そしたら、その人なんて言ったと思う?」
『これ本当に怪談?』
『返事あるんか』
『期待w』
「え?うちに聞いてる?え、えーっと……『私が見えるの?』とか?」
急に話を振られながらも、浦原がたどたどしく答える。すると、ワコは勝ち誇ったように、絵にかいた様なドヤ顔で首を横に振る。
「ううん。僅か三文字。『お・ち・ろ』って」
バン!と十和子が机を叩く音が響き、俺も浦原も、おそらく多くのリスナーもビクッと大きく身じろぐ。
「はっぁあああ~!?って感じじゃない!?人がせっかく応援してんのに『落ちろ』ってなによ!?って!」
『草w』
『幽霊性格悪すぎて草』
『これは無視しますわ』
『ワコ激おこ』
『激ワコぷんぷん丸』
ワコの思い出し怒りは続く。
「なにこの人!落ちませんがー!?絶対役取りますがー!?ってね、もうぷんぷんですよ、本当。で、実際その役も取れた訳だけど、芸能界って怖いところですよねーってお話でした。おしまいっ」
ニッコリと笑ってチリンチリンと軽快に風鈴を鳴らすワコ。
「え、えーっと。配信中ごめんね?その女、そのあとどうなったん?」
恐る恐ると浦原が問いかける。そりゃそうだよ、当然の疑問。
「ん?知らない。わたしの番終わったらいなくなってたし。それからは見てないなぁ。辞めちゃったのかも」
あっけらかんとワコは答える。
『南無――』
『成仏!』
『成敗!』
『見つけてもらって満足したのか?』
『これは売れるわw』
――ユーザー名・azusaurus『……その女、だぁれ?』6666円。
『出た!』
『新たな怪異が生まれた』
『返事してあげて!』
それを見てワコはケラケラと笑う。
「もうっ、あなたは仕事してなさいってば。友達ですー。無駄なスパチャ送るなっての」
部屋には十和子の楽しそうな笑い声が響く。
つけたままのテレビに目をやると、生放送の番組中で、やっぱり時鳥さんは映っていて、だけど手元だけは隠れていた。
この日の配信、初めて同接は一万人を超えた。




