27話 元国民的子役、祭りに行く。
『お祭りと言えば浴衣ですよねっ。わたしは浴衣が大好きなんで4着も持ってるんですよ。撮影とかで忙しくてあんまり着る機会はないんですけど、あはは』
七年前のTOKYOウィークエンド7月号・花火特集で巻頭を飾ったワコのコメントだ。
そして、週末・土曜日の夕方。配信を前日に控えた俺は買ったばかりの似合いもしない浴衣姿で最寄り駅の裏手広場に立つ。ワコが言うならしょうがない。他に選択肢なんてあるはずもない。
「うそっ、浴衣じゃん」
俺を見た十和子は驚きの声を上げると、俺の周りをちょろちょろと回って、にやにやと物珍しげに眺める。
「へぇ〜、意外。お祭りには浴衣なんて情緒あるんだねぇ、イツキにも。あ、写真撮っていい?いいよね?」
「……答える前に撮るんじゃねぇよ。俺にはそんな情緒はねぇ。七年前。TOKYOウィークエンド7月号。ワコが言ったんだからしょうがねぇだろ」
パシャパシャと音を立てる十和子のスマホが沈黙して、眉を寄せて申し訳なさそうな顔に変わった十和子は、バツが悪そうに自分の頬に触れる。
「あ、あー……そっか。昔は浴衣好きだったからなぁ」
十和子の服装は水色のタイトなTシャツに、グレーのパンツスタイル。いつも通りキャップを被っている。キャップのつばの向こう側で、さみしそうに十和子は笑う。
「全部もう着れなくなっちゃったし、なんか今は似合わなそうじゃん?あはは」
「あはは、じゃねぇよ全く……」
苛立ちを吐き出すようにため息をついてスマホを見る。時刻は夕方。まだ間に合う。
「祭りに浴衣を着てこないなんて、お前が許してもワコが許さん。買いに行くぞ。今、すぐ!」
語気を強める俺に困惑の十和子。
「え。や。だって、お祭り始まってるけど」
今はマンションに引っ越した十和子も、それまではこの辺に住んでいた。せっかくだから、久しぶりに、と近くの祭りに行こうって話になった。
悪いが、そんなものはどうでもいい。
「それがどうした?始まってるかもしれないが、終わってない。まだ間に合う。行くぞ」
手に持つうちわで駅を促す。俺が浴衣を買ったのは二つとなりの駅の商業施設。
「い、いや~。でもさ、絶対昔みたいには似合わないし」
自嘲的な引きつり笑いでキャップのつばを引く十和子。俺は両手を広げて見せる。
「よく見ろ。俺だって似合わねぇのに着てるんだぞ?だったらお前だって着たっていいだろ。いや、違うな――」
少し考えて、ニッと笑う。
「着なきゃダメだろ」
十和子は観念した様子で、あきれ笑いでキャップを脱ぐとそのまま俺に被せてくる。
「……しょうがないなぁ。間に合わなくても知らないよ?女子の買い物を甘く見ないでよね」
「了解……、っていうか浴衣にキャップってどうなの?」
「大丈夫、似合ってるから」
そう言って十和子はクスクスと笑う。俺、このまま電車乗るの?
――そして、電車で二駅揺られて目的の商業施設に到着。
「おごり?」
悪戯そうな笑みで振り返る十和子に俺は両手を合わせて即答する。
「すまんっ」
何が楽しいのか、それを見た十和子は嬉しそうに口を弛める。
「言ってみただけ~」
エスカレーターで上がってお目当ての店に到着。昨日に続いて二日連続の来店だ。よくよく考えてみれば、ここで買った浴衣を着て同じ店に入るのってなんだか気恥ずかしいな。
「いらっしゃいませ~。ご試着も気軽に言ってくださいね~。彼ピとお祭りデートですかぁ~?」
「そうなんですよ。浴衣着ろってうるさくって」
わざとらしく困り顔でため息をついてチラリと俺を見る十和子さん。さすがの演技派である。
「はい、ダウト。嘘ですね。無駄口叩かないで浴衣選んでくださいね~」
十和子は俺を指さして店員さんに笑いかける。
「この浴衣もここで買ったんですよね?同じの下さい」
「さすがにそれは勘弁して!?」
思わず大きな声を出してしまい、恥ずかしくなる。十和子はそんな俺の反応を楽しみながら浴衣を物色する。
「どれがいいかな~」
鼻歌交じりに浴衣を手に取り鏡に合わせる。
「これは?」
「いいんじゃね?」
「じゃあこっち」
「いいと思うぞ」
「これとこれなら?」
「どっちもあり」
両手に浴衣を持ちながら十和子はムッと頬を膨らませる。
「もう。真面目に選んでよ」
あまりに的外れな意見に呆れ笑いしか出ない。
「あのな、十和子。選ぶのは俺じゃないんすよ。お前が着たいのを、お前が選ぶの。趣旨わかってんの?」
「私が着たいもの……」
少し考えて、俺の表情を見ながら、ぎこちなくも挑発的に顔を引きつらせる。
「知らないよ?そのあと一緒に歩くのはイツキなんだから。責任取ってよね」
「おう、任せとけ」
軽い返事で安請け合い。だけど、それから十和子は真剣な表情で浴衣を選びだす。
最初は一着ずつコメントをしていた店員さんがスルーするくらい、真剣なまなざしで、集中して十和子は浴衣を選ぶ。そんな十和子を眺めていると、時間なんてあって無いようなものだ。
スマホも時計も見ていないので、どの位時間が経ったのかはわからない。
試着室から出てきた十和子は輝く瞳で両手を広げる。
紺色の生地に、鮮やかな向日葵の大輪がいくつもあしらわれている浴衣。帯の色は葉を思わせる若草色。
「これに決めた。どう?」
そんな表情で言われたら答えなんて一つに決まっている。
「いいんじゃね?」
それを聞いて、十和子は本当に嬉しそうに口を大きく開けて笑った。
「でしょ?」
そのあとはお得意の全部盛りだ。下駄も、巾着も、髪留めも、その店で買える浴衣用品を一通り揃えて、俺たちは店をあとにする。
「あー……」
駅について、時計を見ると十和子は小さく声を漏らす。
時刻はもうすぐ夜の九時。祭りは夜の九時までだ。
「お祭り、終わっちゃうね」
消えそうな声で十和子は呟く。まったく、やれやれとしか言いようがない。
「あのな、十和子。祭りが終わったら祭りは終わりって誰が決めた?」
「んんん?何言ってんの?大丈夫?調子悪い?」
困惑した十和子をよそに、俺は視線の少し先にあるコンビニを指さす。それはみんなの味方アミリーマート。
「知ってるか?コンビニエンスって、『便利』って意味なんだぜ?」
俺の意図を察したのか、クスリと笑う。
「それも『研々ナビ』?」
「いや、これは俺語録」
「あっそ」
そっけなく答えながらも、十和子は軽快に下駄を鳴らして俺のあとをついてくる――。
――そして、アミマを後にした俺たちが向かったのは近所の公園。
「フランクフルト、ベビーカステラ、お好み焼きに唐揚げ棒。かき氷に綿あめまで。ふふっ、本当なんでもあるね」
併せて買ったビニールシートの上に戦利品を広げる。綿あめは棒に刺さっていない袋入りのものだったけど、袋から出して割りばしに刺せばすぐにお祭り仕様に変身だ。
「ベビーカステラの温めを希望したときは店員さんもびっくりしてたけどな」
「だって、温かいほうがお祭りっぽいじゃん」
「そりゃ間違いないな」
本当にコンビニにはなんでも売ってるよな。バケツ、ライター、花火だってある。
「この公園は花火OKだってさ。打ち上げはNG」
スマホで調べた情報を伝えると、大きな口を開けて唐揚げ棒に食らいついていた十和子は頷いて応える。
「じゃ、食べ終わったらやろ。花火大会」
俺はシートの上に広がる食べ物たちに目を向ける。
「……何時になりますかねぇ」
「あはは、すぐだよ、すぐ」
頼もしいその言葉通り、さほど時間をおかずに花火は始まった。
夜の公園、小さなパックの花火一つ。どこか懐かしい匂いの煙越しに普通の手持ち花火に照らされた向日葵は、夜の闇に溶ける紺色の生地によく映えていて、店に並んだたくさんの浴衣の中で十和子が選んだこの一着が、どれよりも正解だったと思ってしまった。言わないけど。




