26話 元国民的子役、大乱戦!をする。
八月中旬、十和子の住む高級分譲マンションをポカンとして見上げる羽村を満足げに眺める俺と浦原。
「えっと、僕本当にここ入っていい感じ?ドッキリとかじゃないよね?」
なんとも初々しい反応につい嬉しくなってしまう。
「ほらほら、ハム公。入った入ったお先にどうぞ~」
浦原は楽しそうに羽村の背中を押して先に入れさせようとするが、羽村は足を踏ん張って抵抗する。
「え。なんで。君らが先入りなよ」
「つーかさ。いつの間にか浦原も来たことあんのな」
単純な疑問を問うたはずだったが、羽村の背中を押したままの浦原は俺を見て意味深な含み笑いを向けてくる。
「おやぁ?嫉妬かな?」
「ん?そうそう。『SHIT』ね。日本語で『たわごと』だっけ?研々ナビでやったやつだ」
「わっはは、なんだそりゃあ」
軽く笑いながら、羽村の背中を押して浦原はエントランスに入る。
「ちわ~。オジさん、今日も暑いね。倒れんなよ?」
「あぁ、めぐるちゃん。どうもありがとうね」
何度も来ている俺よりも入口の警備さんと打ち解けている謎。
「あ、そうだ。こいつ。不法侵入だから捕まえといた」
「おや」
そのまま羽村を警備さんへと突き出す無法振り。
「わかりづらい冗談はやめない!?」
何とか無事にエントランスを潜り、オートロックの自動ドアを越えてエレベーターに乗り込む。そして12階。十和子の部屋に至る。
「いらっしゃい、暑かったでしょ?」
玄関のドアを開けて十和子が出迎える。
「じゃますんで〜」
「お、おじゃまします……」
緊張の面持ちで玄関に入る羽村を見て、浦原は楽しそうに笑いながらツッコミを入れる。
「じゃますんならかえって〜」
「じゃあお前もだぞ?」
「は?帰らんが?」
玄関先での不毛なやり取りに十和子はクスクスと笑う。
「いいから早く入んなよ」
そして、その手にはゲーム機のコントローラー。見せつけるように顔の近くでひらひらと揺らしながら、十和子は言葉を続けた。
「ゲーム配信の練習、してくれるんでしょ?」
言葉にはしなくても、その表情は今にも待ちきれないと雄弁に語りかけてくる。
リビングに赴くと、白いテレビ台に置かれた大型のテレビの傍には、今日の為に買ったゲーム機が置かれていた。据え置き機と廉価版の携帯型。全部盛りでおなじみの十和子のチョイスである。
「色々調べはしたんだけど、俺はあんまりゲームに詳しくないんで有識者諸君の見識をお借りしたいと思ってお呼びした次第なんすよ」
「そう聞いたからうちにあるのいくつか持ってきたよ。イツキは全然ゲームってやらないんだっけ?」
自分のリュックからソフトを取り出しながら羽村は俺に問いかける。
「昔の機種だけど一本だけ持ってるぞ。『研々ナビ!柊ワコの毎日一問、頑張る君を応援しますっ』」
話の途中で浦原は一人ケラケラと笑う。
「また研々ナビかい」
「……はいはい、ワコワコ。羽村くん、なんのゲーム持って来てくれたの?」
「定番の大乱戦と、レース。あとはクラフト系と、ホラーゲーム」
「おっ、大乱戦!やろやろ、うちこれ超得意。とわこは?」
「……あー、私も恥ずかしながらゲームってあんまりやったことないんだよね」
言いづらそうに口ごもる十和子の背中を浦原は軽く笑いながらパシパシと叩く。
「なーんじゃそりゃ。ゲームばっかやってる方が恥ずかしいに決まってんじゃん。ね、ハム公」
「それは暴論が過ぎない?」
細かな操作説明はさておき、早速実践に入る。
「じゃあとりま二対二でやろっか。うちととわこチームと、イツキとハム公チーム。五本先取、負けたら土下座な?」
「無駄に罰が重い!」
つい声を上げると、浦原は挑発的な笑みを俺に向けて煽りを続ける。
「おやおや?始める前からもう負ける心配ですかぁ?」
「羽村。頼んだぞ。絶対ボコれ」
「やるだけやってみるよ」
続いて、キャラクター選択。目移りするほどたくさんのキャラクターたち。羽村は初心者向けのキャラクターや、それぞれの簡単な特徴を丁寧に教えてくれる。
そして最後に『それはそれとして、好きなキャラで楽しむのが一番だよ』といつもの柔らかな口調でまとめた。
「あっ、ハム公のキャラ女じゃんっ。エロっ」
「……小学生みたいなこと言うのやめてくれるかなぁ」
「そっかぁ。そんな感じのが好きなんかぁ。……『好きなキャラで楽しむのが一番』だもんな?」
せっかくの羽村のいい感じの言葉を引用した煽りについ笑ってしまい、見ると十和子も口元を手で隠して顔を逸らしている。
「うるさいな〜。じゃあゴリラならいいんだろ?」
「は?やめろし。ゴリさんはうちが使うんだから」
「……はいはい。好きなの使いなよ」
諦めた笑いの羽村をよそに、浦原は十和子を見る。
「とわこはどれにする感じ?」
「私は〜……、このお姫様なんて、かわいいかなって」
照れくさそうに、わざわざテレビ画面を指差して十和子が呟くと、浦原は嬉しそうに頭を撫で回す。
「いいじゃん。好きなキャラでやるのが一番だって、誰かも言ってたし!」
さて、俺はどれにしよう?と考えていると、あることに気がついてしまう。
「あっ!」
天啓とも言えるその気付きは大きな声となり体から放たれ、三人の視線が俺に集まる。
「これ……、キャラ作れんじゃん!」
俺は気付いてしまった。元々いるキャラクターとは別に、自分でパーツを選んで作れるキャラクターがいることを。
「悪い、羽村。あとは頼んだ。お前なら、できる!」
俺は一旦ゲームを抜けて、キャラクリエイトに入る。
「じゃあもう始めちゃうよー。イツキのバーカ、あほー」
十和子の安い罵声がどこか遠くの方で聞こえた気がしたが、そんなもの関係ない。どこまで近づけるか、表せるか。俺とこのゲームとの戦いはすでに始まっているのだから――。
◇◇◇
――イツキがキャラクリエイトに夢中になっている間に勝敗は決する。
二対二の五本先取での大乱戦勝負。イツキが直前で抜けた為、CPUと組むことになった羽村は椅子に座り腕を組み、座布団にあぐらで座る浦原を見下ろす。
「――で、浦原さん。負けたらどうするんだっけ?」
結果、実質一対二にも関わらず五対一で勝利を遂げた羽村は見下ろした浦原に問う。
「……うぐっ、こいつ……、ゲームで勝ったくらいでうちらにエロいことさせようとしてやがる」
悔しそうな顔で、ギリって歯噛みして浦原が搾り出した言葉を聞き、羽村は驚き目を見張る。
「ひとこともいってないよね!?」
その横で正座に座り直している十和子が目に入り、羽村は慌てて手で制す。
「柊木さん!しなくていいから!冗談だから!」
「え……、でも」
「いやいやいや!別に罰ゲームが目的でゲームしてないから!」
「え?」
キョトンとした声を出す浦原を無視して羽村は言葉を続ける。
「友達とゲームをして楽しかった。で、よくない?」
「……うちは全然楽しくないがぁ〜?」
「君はちょっと黙っててくれる?」
友達とゲーム。改めて言葉で聞くその体験に、十和子は顔を綻ばせる。
「うん……、だね!じゃあ、もう一回やろ。今度は罰ゲームとかじゃ無くて――」
――と、その時。十和子の言葉を遮ってイツキが声を上げる。
「っしゃあ!できた!」
脈絡のない大声に三人は大きく身じろぐ。
イツキが持つ携帯ゲーム機には、柊ワコを模したキャラクターが映し出されていた。
「見てくれ。これがこのゲームの最適解にして最高到達点……柊ワコだ!」
得意満面に携帯機を見せつけるイツキ。
三人は画面をのぞき込む。
「うわ、超似てない?」
「よくこんなパーツあるなぁ。これ絶対制作陣にもファンいるだろ」
「じゃあ始めようぜ!俺はワコ使うから、お前らまた適当に――」
浦原と羽村の賛辞に気を良くしたイツキは意気揚々とゲームに加わろうとする。その言葉を笑顔で十和子が遮る。
「あ、私それ使うね。イツキはなんか適当なの使いな?」
「いや、だってさ。羽村も『好きなキャラ使うのが一番』って」
その言葉で十和子の笑顔が少しひきつる。
「ん?もう一回言うね?適当なの使いな?ほら、ロボとか好きなんじゃないの?男子は」
強制的にコントローラーを操作して、イツキのプレイキャラはロボに決まる。
たくさんのゲームを持ち寄った配信準備、結局この日はずっと同じゲームをして四人は過ごした。
日が暮れて、外が暗くなっても、カーテンを閉めるのも忘れて、十和子はゲームを楽しんだ。




