24話 元国民的子役の成長痛
セミの声が鳴り響く八月。今日は猛暑日を記録すると、朝の天気予報は告げていた。
都内某所、俺の通う高校。夏休みにもかかわらず、俺は学校を訪れていた。
目的はダンスの練習。ダンス部の半幽霊部員である浦原の誘いであり、部活のない日でもあらかじめ話をしておけば多目的室が使えるらしい。
「十和子は別の学校だけどいいのか?」
「いいんじゃん?練習試合とかでもよその学校くるし」
「なるほど」
校舎の端にある多目的室には軽快なハウスミュージックが流れ、冷房の効いた室内では長い髪をポニーテールに結んだジャージ姿の十和子が、汗を流して踊っている。
重厚なサウンドと軽快なリズム。真剣な表情の十和子はキレのある動きでステップを刻み、動きに遅れて頭の後ろで黒髪が揺れる。
「おー、うまいうまい。さすがとわこ」
同じ音楽に合わせて踊る浦原。ただし、ダンスの種類は全く異なる。ダンスのことは詳しくないが、ステップ主体で踊る十和子とは対照的に身体全体を大きく使って、浦原はストリートダンスを踊る。両手で身体を支え、足を大きく回し、そのまま起き上がるところで音楽は終了。
「……うまいって。全然めぐるの方がうまいじゃん」
汗を拭い、肩で息をしながら十和子が口を尖らせる。めぐる?誰?何?
「わはは。うちは結構小さい頃からやってるしねぇ。兄ちゃんの影響で」
「なぁ、浦原。めぐるって?」
「は?流れで分かれし。うちの名前だよ。浦原めぐる。知らんのかい」
扇げとばかりに俺に団扇を押し付けつつ、ついでに白い目を向けてくる。
「あぁ、そう言えばそんな名前だったっけ?つーかさ、君らいつの間にそんな仲良くなったの?別にいいんだけど」
純粋な疑問を投げかけると、十和子と浦原は顔を見合わせてクスリと笑う。
「仲良くなるのに理由が必要?」
我ながら馬鹿げた質問に苦笑いが漏れる。
「悪い、愚問だったな」
「ん。わかればよい」
浦原は満足げに答えると、再びその場で手を支点に逆立ちのような姿勢からピタリと止まる。
「イツキも実はダンス得意だったりせんの?ほら、いつものワコ由来でさ」
さかさまの姿勢で浦原が俺に問う。
「得意ではねぇよ。『おひさまロンド』とか『虫よけステップ』あたりは当然押さえてるけど。踊る?」
俺の言葉を聞いて十和子の顔がゾッと引きつる。
「踊んな」
『おひさまロンド』は大流行した某公共放送の朝ドラでワコが踊っていた15秒程度の振付であり、『虫よけステップ』はその名の通り、小五の頃防虫スプレーのCMでワコが披露した少しコミカルでリズミカルなダンスだ。
十和子はスポーツドリンクを飲みながら、当時を思い返すように苦々しい顔で呟く。
「あの頃から身長が超伸びちゃってさ。毎年10センチ以上を四年間。成長痛とかひどかったよ~。で、踊りはあのかわいいダンスでしょ?『似合ってない』とか『くそダサい』とかさんざん言われちゃったから、あんまいい思い出ないんだよね」
湿っぽい話をした自覚があったようで、十和子は無理やり作ったような笑いで軽く明るく笑う。
「『もうこれ以上伸びないで!』って、あの頃あんまりご飯も食べないようにしてたんだよ。あんまり関係なかったみたいだけど」
十和子の話を無視して俺はスマホをいじる。
「あっそ。俺にはあんまり関係のない話だなぁ」
「ひっど。人の心とかないんかー?」
口を尖らせる浦原を後目に、俺が置いたスマホから音声が流れる。
『きゃ~、虫だ~!』
『そんなときは、虫よけステップで虫よけバリア!』
流れるのは当然、『虫よけステップ』のCMだ。
「ちょっと――」
苦言を呈そうとした十和子を気にせず、俺は虫よけステップを踊る。照れもなく、恥ずかしげもなく、割と背の高めな高校一年の男子が、制服姿で、本気で、全力で。頭の先から、指の先まで意識を巡らせて、力をこめる。踊るのはCMバージョンではない。動画サイトに今も残る2分11秒のフルバージョンだ。
冷房の効いた多目的室。踊り終えると俺も汗だくで、足もガクガクで手先には心地よいわずかなしびれが残る。
パチ、パチ、パチ、と拍手の音が聞こえる。十和子だ。壁に寄りかかって座っていた十和子は、今にも泣きそうな困り顔で、パチパチと俺に拍手を送っていた。
「……ほんっと、バカじゃないの?そんな本気で、汗だくになって、そんなダンス」
「くそダサいか?」
十和子は立ち上がると、首を横に振る。
「そんなわけない。超、かっこよかった。次、私も踊る」
「お?うちも踊る踊る~。せっかくだから動画撮ろうぜっ」
いそいそと弾む足取りで浦原は画角を選んでスマホを設置する。
「おっけー、じゃあ踊ろ~ぜっ」
当然、センターは十和子。その左右に俺と浦原。
「きゃ~!虫だ~っ!」
動画に合わせて俺が声を上げると、十和子と浦原は笑いをかみ殺して俺を見る。
「ちょっと」
「やめろし」
だがやめない。当然である。
「そんなときは、虫よけステップで虫よけバリア!」
そして、再び音楽が始まる――。
「ちょっと、めぐるちゃん。危なっ」
「あはは、ごめんて」
元の振り付けに忠実に踊る俺と十和子とは対照的に、浦原はリズムだけ合わせて即興的に踊っている。まるでカポエイラのように、クルクルと足を振って、リズミカルに。
十和子の表情はさっきまでとは全然違って、本当に楽しそうに笑って、踊った。
クルリとターンの時に俺と目が合う。目が合うってことは、俺が見ていて、十和子も見ていたっていうことだ。
目が合ったのはほんの一瞬。汗に濡れた十和子はほんの僅かに口元を動かすと、髪を揺らしてそのままターンする。
音楽が終わると、俺も、十和子も、浦原も息を切らせてその場に座り込む。
「あははっ、楽しかった」
「踊るのはいいよ~。頭空っぽにできるし」
「浦原さ。あのバランスみたいのなんなの?なんで手で身体支えられんの?」
汗を拭きながら純粋な疑問を投げかけると、浦原は当然とばかりに首を傾げる。
「普通じゃん?うち腹筋とか割れ気味だし。ほら」
そういって浦原がTシャツをめくって腹を見せると、十和子が大慌てで手でそれを制止しようとする。
「ちょっとぉ!?見せる必然性はなくない!?」
「いやいや、大丈夫っしょ。こいつがうちに欲情するとかなくない?触る?」
「触んない!」
「あ。マジだ。超固ぇ」
「触んな!」
「とわこうっせぇ~。ん?イツキ、今なんか拭いた?」
「いや、だって汗ついちゃったし。汚いなって」
「はぁ~?そんなん完全にご褒美だろうがぁ」
「あはは、なにそれ」
俺と浦原のやり取りを見て、十和子は笑う。笑ったり、怒ったり。忙しいやつだな、本当に。




