21話 【version1.0】
毎週日曜日、午後九時三分。
チャンネル登録者数75932人、同時接続者数6529人の画面にトワコンチャンネルが映る。
パステルカラーで絵本調に描かれた待機画面。軽快でどこか牧歌的な音楽に合わせて街並みをデフォルメされたワコが歩く。待機画面も、音楽も今回の配信が初お披露目。今までは急に始まって急に終わるスタイルだったこともあり、コメント欄も概ね好評に流れている。
画面には『WAKO HIIRAGI version0.5』のロゴ。
街を歩くワコが建物のドアを開く。場面は暗転し、真っ暗な画面に白いロゴだけが残る。そして、ロゴの数字が変わる。
『WAKO HIIRAGI version1.0』
パッと画面が変わり、ワコが映る。
「とっわこーん。契約問題とか守秘義務は全然関係ない都合のいい記憶喪失の、柊ワコです!さてさて、今日の配信。いくつか前回と違うところがあるけど、みんな気づいたかな?」
『待機画面』
『音楽』
『モデリング』
画面のワコはニッコリと笑う。今までのver0.5と違い、かなりの精度で十和子の表情を反映した笑顔だ。
「なんと、今回柊ワコはversion1.0にアップデートが完了しました~。パチパチパチ。っと、手はまだ動かないから瞬きでもしとくか。パチパチパチ。あははは、すごくない?反映されてるよね?ほら。黒目も動くよ。右見て~、左っ。ふふふっ」
楽しそうに身体を揺らしながら言葉は続く。
「次っ。あとはね、いつも見てくれるみんなのおかげで、……なんと収益化ってのが通りました~。広告収入?とかそんなやつ。入ったお金はひとくちワコの資金に使わせてもらったり、チャンネルに還元するからお楽しみに」
直後、コメント欄に色枠でコメントが流れる。
ユーザー名・azusaurus『収益化おめ』500円。
スパチャ――いわゆる投げ銭だ。額によってコメント欄の色が変わり、少しの間トップに表示される。
「え、ねぇこれ何」
十和子が振り返り俺に問いかける。
『スタッフ~』
『スパチャ』
『スパチャしらんの?』
あらかじめ用意しておいたカンペ用のスケッチブックに『スパチャ。いわゆる投げ銭』と書いて見せる。
「おわ、これが噂の投げ銭……。ふふ、わたしのカフェオレ代に消えるとも知らずにねぇ。初めてのスパチャありがとうazusau……」
ユーザー名を読み上げる途中でワコの言葉は止まり、眉を寄せて首を傾げる。version0.5では表せなかった細かい表情の変化はしっかりと画面上に現れる。
「お前は投げ銭すんなって言ってんだろこらぁ」
『この子供態度悪いなw』
『アズサウルス……まさか』
『勘のいい子供は嫌いだよ』
『鷹屋敷から来ました』
『いえ~い、四段見てる~?』
『これが神童の見てる景色か』
「あぁ、それそれ。昨日わたしもたまたまテレビ見ててさ。超びっくり。でもそれきっかけで知ってくれた人もたくさんいるみたいだからさ、その人たちにも今日はいっぱい楽しんで欲しいな。わたし将棋は全然わかんないけどね」
ユーザー名・takaYasikikei49582289159593553『その節は大変失礼しました。深く反省しております』10000円。
「え?またすぱちゃ?えーっと、『その節は……』」
また読み上げる途中でワコの表情が苦笑いに変わる。
「ねぇ、これ反省してなくないです?煽り?ねぇねぇ」
『鷹屋敷四段のユーザー名えぐっwww』
『覚えられんって』
『本人降臨』
『ぴったり30文字で草』
高額スパチャは赤い色でコメント欄の上部にしばらくの間堂々と鎮座する。ワコはそれを苦々しい表情で二度見する。
「うわ~、これ消してぇ。消してくださーい。ちっくしょう」
『赤スパ貰って怒ってる人初めて見た』
『俺も怒られに行くか……』
「今日は許すっ。もうしないでね。じゃあ次、あのさ『防音室』っての買ったんよね。ちょっといいやつ。だから部屋でも歌えるようになったから『歌ってみた』ってのやってみようと思ってさ」
『歌枠!』
『なに歌うんだろ』
『パパ各のやつよかったよね』
『四段は何がいいですか!?』
「手伝ってもらってる黒子さんに権利とか調べてもらってさ、この中から好きな曲を~って言われたんだけど――」
リストを画面に映して、ワコは不敵に笑う。
「歌いたい曲じゃなくて、みんなの聞きたい曲にしようと思って!今、決めて!みんなで!」
思わぬ提案に俺も思わず十和子を振り返る。音源は用意してあるので、どれでも対応は可能だけど、なんというライブ感。
「じゃあ時間は一分!じゃ短い?コメント欄にリクエスト書いてってね。その間ごはんの話でもしてよっか。皆は最強丼作った?令和の完全栄養食最強丼。あれ、ショート動画だと見切れちゃったんだけど、絶対伝えたいことがあって。裏ワザがあって、ウインナーの足をタコにすることで、表面積が増えてカリカリの場所が増えるんだよね。レンジも悪くないけど、カリカリ感は出ないじゃん?メイラード反応?へぇ、そんな名前なんだ」
『ネーミング死んでるの好き』
『裏ワザなんてたいしたもんじゃないw』
『ごはんつくれてえらいね』
そんなやり取りをしている間に一分は過ぎる。
「はい、それじゃ終了~。集計が終わったら初の!歌枠ってのをやってみたいと思います。あー、楽しい。本当みんなのおかげだよ。一人で歌うのも楽しいけどさ。それってほとんど練習じゃん?やっぱりわたしはみんなの前にいるのが好きだなぁ」
リスナーのみんなからのリクエストが集まったので、集計開始。今ばかりはワコの配信を見ている余裕は無い。映像は後でアーカイブを追うとして、音声を聞きながら集計を進める。
「本当にさ、こんなに楽しくて、お金までもらっちゃっていいの!?って感じだよ。だからわたしも――」
——ユーザー名・azusaurus『貰っていいよ。でもおやつは300円までですよ』300円。
「また出たっ……。遠足じゃないんだよっ。お前はもう投げんなっ」
『口が悪いwww』
『仲良すぎ』
『尊み秀吉』
ようやく集計終了。十和子のPCに集計結果を送信する。
「おっと、集計結果出た出た。えーっと、一分間で355件のリクエストがあり~、そのうち一番多かったのは93票!ボカロPのwiseMさんの楽曲で……『DELETE』!ちょっと移動しますね。しばしお待ちを~」
カメラの切り替えミスには細心の注意を払いつつ、十和子を防音室へと移動させる。フェイストラッキング用のリンゴスマホも防音室内に設置完了。マイクOK、音源OK。
「お待たせ。それじゃ、始めるよ。『DELETE』歌ってみた――」
重厚な打ち込みサウンドがイントロを打ち始める。BPMは200を少し超えるかなりアップテンポで早口なボカロ曲。『DELETE』のタイトルがついているが、決して後ろ向きや悲観的な歌詞ではなく、嫌な過去を消してでも生きていくというポジティブなメッセージが込められた曲だ。
過去を消す、それがきっと今のワコのイメージとも重なったのだろう。
PCから聞こえるワコの歌声と、防音室から僅かに漏れ聞こえる歌声が交じり合う。今までワコと掛け合いを行い、川のように流れていたコメント欄。
今はそれがピタリと止まる。
理由なんて考えなくてもわかる。
わかるけど、俺にはそれを言葉にすることはできない。
2分43秒後、歌い終えると少し息の上がったワコは疲労感をにじませた笑顔を見せる。
「wiseMさんの『DELETE』でしたっ!……いい曲~」
『泣いた』
『うますぎる』
『これ仕込みだよね?デキ過ぎでしょ』
ワコの笑顔を合図にするように、コメントが再び流れ出す。防音室を出て再びPCの前に戻った十和子は、お茶で喉を潤して再びトークに戻る。
「えへへ、うまい?うますぎる?ありがと。何年間もずっと、レッスンし続けてたからね。誰も聴いてくれなくてもずっと。もしかして、今日の為だったのかもね。役に立っちゃったね」
泣きそうなはにかみ笑いでワコはそう言った。
「わたしには過去を消せる勇気もないからさ、一緒に引きずって生きてくしかなかったんだぁ」
湿っぽい空気に気が付いたワコは大きく口を開けてニッコリと笑う。
「歌だけじゃなくてね、ダンスもずっと練習してるから。いつか見せられるといいな」
コメント欄は流れ続け、スパチャも乱れ飛ぶ。
ユーザー名・Wkwk85『 』3000円。
「うあー、みんなありがとう。ありがとうだけどさぁ……。っと、コメント打ち忘れてますよWkwk85さん。……ん?なんかこれ見たことあんな」
その言葉にギクリとする。
チラリと十和子を見ると、十和子は俺を振り返り冷ややかな視線を送っていた。そう、それは俺のアカウント名。だってしょうがない。あんなのタダで見たら罰が当たる。お金くらい払わせてくれよ。
「あはは、ごめん。勘違いだった。歌ってみたはこれからも定期的にやりたいから、リクエストとかあったら入れといてね」
何事もなかったようにワコの配信は続く。
「それじゃ、今日はこの辺で!子供は寝る時間だよ!またね~」
この日、チャンネル登録は8万人を超え、柊ワコは少しずつ世の中に広がっていた。
十和子は配信を終えるとヘッドフォンを外してふぅと一息つき現実へと戻る。そして立ち上がるとニッコリと俺に微笑みかけた。
「今日のご感想は?Wkwk85さん」
「あ、やっぱり気づかれた?まぁ、そうだな一言で言うなら――」
少し考えて笑いかける。
「来週が待ち遠しい、かなぁ」
答えに正解があるかどうかはわからない。けれど、十和子は嬉しそうに笑った。
夏休みは、始まっている。




