19話 元国民的子役、友達になる。
夕方7時までのフリータイムを終えた俺たちは、テスト期間が始まるのを拒むかのように、解散せずに付近の公園へと赴く。
「いや~、歌った歌ったぁ」
楽しそうに、ガラガラ声で浦原が笑う。
「一人だけ声枯れすぎじゃない?」
ブランコを漕ぎながらあきれ笑いの羽村。浦原は羽村に向けてガッツポーズを取る。
「や、だってさ。あんなん聴かされたら歌うしかないっしょ?枯れるまで、喉」
鉄棒に両腕を載せた十和子も満足げな顔をしている。
「楽しかった~。ヒトカラよりずっと楽しかった」
「ヒトカラはまた目的が違うからなぁ」
「あ、そうそう。カラオケ代、ごちそうさまでーす」
「うっせぇ」
十和子は悪戯そうに俺を見てクスクスと笑う。採点で負けた方が相手のカラオケ代を出すというルール。結果は言うまでもないだろう。
「二人は幼馴染なんだよね?小学校が同じとか?」
「うわっ、ハム公踏み込むねぇ。地雷原に」
「地雷原ってなんだよ。普通の質問だろ」
ごく一般的な羽村の質問。浦原のツッコミに首を傾げると、浦原は俺を指さし疑惑のまなざしを向けてくる。
「はい、嘘~。絶対怒るから。不機嫌になるから。フキハラって知ってる?不機嫌ハラスメント」
「意味わかんねぇ。怒ると思うなら言うなよ」
「ん?普通の質問なんでしょ?」
キャッチボールというよりドッヂボールのような会話のやり取り。言葉は通じるが話が通じない。理解を諦めて浦原を手で促す。
「へいへい。十和子さん、答えておやりよ。お気の済むようにさ」
十和子は浦原の横に一歩歩み寄り、浦原と同様に眉を寄せて俺に抗議の視線を送る。
「感じわる。浦原さん、こいつ学校でちゃんとやれてるんですか?孤立してません?」
十和子はヒソヒソとこれ見よがしに浦原に耳打ちをして、浦原も俺に聞こえるくらいの声でそれに応える。
「ね。その心配わかるよ。でもね、意外に女子人気が高かったりもするんだよ。こないだも告白とかされてたんよ」
「告白っ!?聞いてませんよ!?」
「言ってないからな。言う必要ある?」
「はいはい。イツキ、けんか腰やめな」
別にけんか腰になんてなっていないけれど、いつも通り羽村がニコニコと俺を制する。
「とわこちゃん、そろそろ敬語やめよっか?」
「あ~……、うん。ごめんなさい。同年代と話すのちょっとだけ苦手で。大人は平気なんですけど、……うん。頑張る」
それを聞いた浦原は少し考える。考えて、恐る恐る十和子に耳打つ。
「あのさ、やっぱりとわこちゃんって……『柊ワコ』だったりする?」
「十和子だよ」
つい口を挟んでしまい、我ながら少しとげのあるその口調に、浦原は鬼の首を取ったかのように俺を指さし声を上げた。
「ほら、やっぱり怒んじゃーん!」
俺と浦原のやり取りを見て、十和子は困惑した様子で俺たちの顔を交互に見る。
「え?イツキ言ってなかったの?別に隠してる訳じゃないから全然いいんだけど」
キョトンとした顔でそう言うと、申し訳なさそうに困り顔で笑う。
「……でも、それはそれとして、仲良くしてくれると嬉しい、です」
「当たり前すぎるんだが?」
ブランコに足を組んで座る浦原は即座にそう答えると、腕を組んで満足げに胸を張る。
「そこだけはっきりさせとかないとモヤるじゃん?うちは『ワコ』と知り合いたかったんじゃなくて、イツキの幼馴染ちゃんと仲良くなりたかっただけだからね~。ハム公は知らんけど」
「や、僕もそうだけどさ。僕特別ワコの大ファンってわけじゃないし」
「お?羽村ケンカ売ってる?」
「話ややこしくするのやめてくれるかなぁ」
皆忘れかけているが、明日からテスト期間。カラオケのフリータイムのあとの公園となれば、もうだいぶ遅い時間。そろそろお開きの頃合いだ。
駅へと向かう道すがら、視線の先で十和子と浦原が何やら話していて、浦原がスマホで十和子を撮っている。
「これ、送っていい?」
「いいけど……」
直後、スマホがピロンと鳴り、浦原からのメッセージが届く。画像付き。今撮った十和子の画像だ。
「間違ってんぞー」
親切に指摘してあげたつもりが、浦原は俺を指さして声を荒げる。
「黙って一枚くらい入れとけやぁ!」
俺のスマホにはワコの画像以外の写真は入っていない。浦原もそれを知っているはず。とはいえ、消すのは角が立つ。帰り道、画像を眺めながらそんなことを考えた――。
――そして、翌週。テスト期間を終えて、十和子の家で週末の配信に向けた準備を行う。
「テストお疲れ様、どうだった?」
「ん?普通。いつも通り」
PCを操作しながら答えると、カフェオレをグラスに注ぎながら十和子は不満げに俺を見る。
「私はあなたのいつもを知らないんですがぁ?なにやら随分おモテになることもお教えいただけませんでしたしねぇ。はい、どーぞ」
「お、あざっす」
不満げながらも俺にもカフェオレをくれる十和子さん。
「テストは総合で8番だよ。大体いつもそんな感じ。1位にはならないけど、10より落ちることもないって感じかな」
お望み通りテスト結果を教えると、グラスを手にした十和子が驚き目を見張るのが鏡越しに見えた。
「うそっ。頭いいんだ」
作業の手を止めて椅子を回し、冷ややかな視線で遺憾の意を伝える。
「ガキの頃ずっと『研々ナビ』やってましたんでね」
――『研々ナビ』。かつて柊ワコがイメージキャラクターを務めていた宅配型学習教材だ。『これ、研々ナビでやったやつだ!』はある種のネットミームにもなっている。
「『毎日頑張る君を応援します』って言うから毎日頑張ってたらこうなった。ワコのおかげっすね」
「……それはイツキの努力じゃん」
小五の時にイメージキャラクターがワコから変わったので研々ゼミ自体を辞めたけど、勉強する習慣は残り今に至る。
「でさ、さっきから気になってるんだけど、アレ……なに?」
リビングの角に設置された白く大きな箱。いや、部屋といってもいい。指摘すると十和子は悪戯がバレた子供のような顔で笑う。
「あ、気づいた?」
「気づくわ」
飲み終えたグラスをコトリと置いて、十和子は得意げに白い箱へと足を進める。
「ふふん、これはね……簡易防音室です。歌とかやるなら必要でしょ?カラオケ楽しかったな~。またみんなと行きたいな~」
「マジか」
言われてみればいくら遮音に優れた高級分譲とは言え、十和子の声量で本気で歌えば音漏れしてしまう可能性は高いはずだ。
「ち、ちなみにおいくら?」
十和子は得意げな顔で俺に手のひらを向けてくる。
「五十万円」
無邪気な声に似つかわしくない厳つい金額に唖然とする。
「……まぁ、おかげ様で収益化申請も通ったしな。どうにか回収できるだろ。相変わらずスケールのでかい買い物しますなぁ」
「次の配信はいよいよ『アレ』のお披露目でしょ?ふふふ、楽しみだなぁ。みんな楽しんでくれるかな?」
本当に楽しそうに笑う十和子。
「最低でも一人は絶対楽しむの確定してるけどな」




