18話 元国民的子役、カラオケに行きたい。
「イツキ、昨日のあの子ワコちゃんだろ?綺麗になったね〜」
慌ただしく朝の身支度をしながら母さんが感慨深げに呟いた。
「十和子だよ、柊木十和子」
朝はだいたいトーストかフルーツグラノーラ。
「最近あんまりテレビ出てないけどアレかな?……ハリウッド進出中とか?」
年甲斐もなくワクワクした様子で母さんは俺の表情を窺い見る。そうか、そんな見方もあるのかと思いつい笑ってしまう。
「だったらすげぇよな」
身支度を終えた母さんは玄関に向かう。
「またいつでも遊びにおいで、って伝えといて。それじゃ、行ってきます」
「伝えませんがね。いってらー」
七月に入るとすぐにテスト期間が始まる。多くの生徒にとっては憂鬱なそれだが、正直俺にはあまり関係がない。
「うあー、テスト期間始まるぜー。テスト前くらいパーっと遊ぼうぜぇ〜。カラオケ行こ。歌いたい気分。ぼえ〜」
マイクを手に歌う真似をする浦原。まぁ、確かにテスト前くらいはいいよな。
頭の中でタスクを指折り数えてみる。ショート動画の撮り溜めは済んでいるし、今はクリエイターさんとやり取りも無い。
「俺は行けるけど、羽村は?」
「もちろんいいよ」
「んじゃ、行きますか」
二人分の了承を得ると浦原は両手を上げて喜びを表した。
「っしゃー、歌うぞぉ〜」
『今日友達と遊ぶから。カラオケ。一応伝えとく』
今のところ十和子と会う予定はないけど、水曜以外はなにかと急に呼ばれることが多いので、予め連絡を入れておく。
スマホが揺れてすぐに返信が届く。
『へぇ。男子?女子?』
『両方』
目を見開いたワニガメのスタンプに続いてメッセージが届く。
『両性!?』
思わぬ返しについ吹き出してしまう。
『んなわけあるか。男と、女』
『へぇ〜。いいなぁ。楽しんで来てね』
『へいへい』
返信を終えて視線を上げると、浦原が微笑ましげに俺を眺めていた。
「とわこちゃんも呼んでいいよ?」
にっこりと笑顔で俺のスマホに手を差し伸べる浦原。
「あ、平気っす。あちらさんもテスト前でお忙しいのでは?」
浦原は笑顔のままで腕を組む。
「言い方を変えようか。とわこちゃんも呼んで」
「じゃあ行かね」
苦々しげな顔でそう告げると、浦原は勢いよく即座に両手を合わせ、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめ。悪ノリしすぎたぁ。やめるのやめてくれ〜」
「わかればいいんだよ」
――放課後。三人で駅前のカラオケに向かう。
「何時間にする?フリータイムの方が安いかな?」
「歌う気満々だねぇ」
「テスト期間入ったら遊べないじゃん。だからその分今日歌い倒す!」
「3時間以上ならフリータイムの方が安いぞ」
スマホで計算をしながらそう告げる。夕方7時まではフリータイム。今は3時40分。
「微妙〜。まぁフリーでいいか。反対の人手ぇ挙げて」
俺も羽村も手は挙げない。
そんなやり取りをしながらカラオケに到着。
「あ。はい。じゃあ、2時間で。機種は〜、どれがいいんですかね?お任せでいいですか?」
受付に向かうと、何やら聞き慣れた声が耳に入った。
嫌な予感と共に目を向けると、見慣れた制服姿にキャップと黒いマスクをした人物がカウンターで受付をしていた。
「お前何してんの?」
後ろから声をかけると、十和子はビクッと大きく目に見えてみじろぎをした。
「えっ!?あっ!イツキ!?あっ……あははは!偶然〜。こんなこともあるんだね」
「もう一回聞くぞ〜?何してんの?」
「……いや。カラオケの話聞いたら、いいな〜私も歌いたいな〜って思って。ヒトカラしようと思った次第、です」
「へぇ。それでわざわざ俺たちの駅まで来て、偶然同じ店に?お前の学校の最寄りじゃない理由は?」
「それはたまたま偶然なんとなくって言うか、へへ……」
バツの悪そうな愛想笑いを浮かべていた十和子は、キャップを脱いで両手で握りしめると、開き直ったようにキッと俺を見て声を上げる。
「私だってイツキの友達と遊びたい!」
「遊ぼう!」
後ろから浦原の元気な声が響く。
「フリータイム四人、41番の部屋ね」
伝票ボードをひらひらと揺らして羽村が当たり前のように先を進む。
「にひひ、41番ね〜。ハム公やるじゃ〜んっ」
浦原は弾むような足取りで羽村の後を追う。
チラリと十和子を見ると、困り顔で俺を見上げていた。
「……怒ってる?」
小さくため息をついて、首を横に振る。
「全然。いいやつらだから、よろしくな」
十和子の顔は、途端に嬉しそうな顔に変わる。
「……うん!」
ドリンクバーを適当に四人分見繕って、41番の部屋に向かう。
「とわこちゃーんっ、ずっと会いたかった〜!いぇーいっ!」
両手を挙げてハイタッチを要求しながら浦原は満面の笑顔で十和子にそう告げ、十和子は困惑しながらも恐る恐る両手を合わせる。
「い、いえ〜い?お邪魔しちゃってすいません」
「十和子、そのうるさいのが浦原。ニコニコしてんのが羽村。浦原の『う』はうるさいの『う』で覚えると覚えやすいぞ。実際俺もそう覚えた」
コーラにストローを差しながら紹介すると、浦原は十和子と手を合わせたまま俺を睨む。
「あぁ?美しいの『う』だろーが」
「あぁ、そうだったそうだった」
適当に相槌を打って曲を探す。羽村は楽しそうにそれを眺めながらメロンソーダのグラスを取る。
「お邪魔もなにも、僕が勝手に一緒にしちゃったんだし。迷惑じゃなかった?」
「迷惑だなんて。全然、です」
「つーかとわこちゃん。敬語やめよ?」
十和子と手を合わせたままで、浦原はその手を揺らす。
「なんでまだ手合わせてんの?」
「お?嫉妬?」
「ちげ。別になんでもいいや。好きにしな」
「だって顔良すぎる〜。こんな顔に生まれたかったぁ〜。ママごめんっ」
文字通り目の前で、嬉々として贈られる賛辞。十和子は照れくさそうに目を逸らす。
「や。浦原さんの方が、かわいい……ですよ」
「お世辞が沁みる〜。ハム公!ジャッジ!カモン!」
「そこで優劣付ける必然性ある?」
軽くいなして羽村が曲を入れる。
「ねぇねぇ、とわこちゃんは何歌うん?歌も超うまそ~」
歌っている羽村を一切意に介さず、浦原はタブレット端末を十和子と一緒に眺めながら選曲を進める。
「や。別にうまくは――」
無難な愛想笑いで謙遜しようとする十和子の言葉を遮り、言葉を投げる。
「下手だよな?」
歌本から視線も上げず、あえて挑発的な物言いをする。愛想笑い?くだらない謙遜?お前わざわざ何しに来たんだよ。
「……はっあぁ!?」
視線をあげなくとも、その声一つで火が入ったことはわかる。
「下手なはずないでしょ?超うまいんですが!?」
「へー、俺より?点数勝負する?負けたら相手の分おごりで」
「望むところよ」
羽村は我関せずといった様子で歌を続け、今度は浦原が苦笑いを十和子に向ける。
「あのさ、十和子ちゃん。知ってるかもだけど、イツキかなりうまいよ?特定の歌はだけど」
興奮した様子で曲を入れると、十和子はマイクを持って立ち上がり、自信に満ちた顔を浦原に向ける。
「大丈夫。私は超うまいから」
そして、ドラマ『私とパパは各駅停車』の主題歌でもある『orbit』のイントロが流れる。重く歪んだギターサウンドが刻むエッジの聞いたギターリフ。
歌が始まった瞬間に、浦原はぽかんと口を開けたまま一度俺を見て、俺が頷くとそのまま十和子を見た。羽村も同様に驚きのまなざしを十和子に向けていた。
俺はつい嬉しくなって口元が弛んでしまい、それを隠すようにコーラのグラスで口を塞ぐ。
こんな歌が聴けるなら、カラオケ代二人分くらい安いもんだ。




