17話 始まりの光、二人の
俺と十和子は三年間同じ幼稚園に通っていた。小学校も、中学も、高校も違う。その三年間だけが、今も俺と十和子を繋いでいる——。
「つーか、お前の家にもあんだろ。家で見なさいよ」
「一人で見るのはいつでも出来るじゃん。体験の共有。配信とかだってそれが大事なんでしょ?」
もっともらしいことを言いながら、十和子はベッドの上で卒園アルバムを開き、俺は椅子の上からそれを見下ろす。
「さ・く・ら・ぐ・み」
各年齢ごとに二組あるクラスは、全部植物の名前だった。
年少の時は十和子と違うクラス。『さくら組』。正直この頃のことはあまり覚えていない。
遠足に行った動物園も、写真に残る芋掘りも、写真を見ればなんとなく程度で、記憶しているとは言い難い。3〜4歳の記憶なんて大体みんなそんなもんだろ。
「イツキはこのお芋なにで食べた?うちはスイートポテトにしてもらったよ。おいしかったなぁ〜」
「覚えてるんかい」
「そりゃ、まぁ。おいしかったし。覚えてないの?」
キョトンとした顔で十和子は首を傾げる。
毎年秋にはお遊戯会。出来るだけ主役を増やして、みんなが沢山目立てるようにっていう配慮なんだけど、俺みたいなモブには割と不要な配慮だったりもするよな。
「七色雪姫と七人の小人」
年中の時のお遊戯会の、オリジナル演目。その名の通り、赤雪姫や白雪姫と言った七人の姫が、王妃に命を狙われて云々って話。七人を狙う王妃も大変だよな。
「さて、問題。私は何の役をやったでしょう?覚えてるかな〜?無理だろうなぁ」
挑発的な物言いでニヤニヤと俺の反応を窺う十和子。
「黒雪姫」
即答すると、十和子はずいぶん驚いたようで目を丸くする。
「覚えてるんだ?」
「そりゃね」
七人主役がいると言っても、やっぱり無意識に主役は白雪姫なはずだった。
だけど、当時年中組の十和子の演じた黒雪姫は、言葉一つ発する前に、舞台袖から姿を現した瞬間に、観客たちを虜にした。
理屈じゃない。陳腐な言い方をすれば、オーラとでも言うのか?とにかく、セリフひとつ発する前から、十和子の姿は観客たちの目を釘付けにしたのだ。
忘れられるわけがない。……というか、俺の人生の記憶はその瞬間から始まったと言っても過言ではない。
「じゃあ、そのあと私になんて言ったかも覚えてる?」
予期せぬ言葉に苦笑いを浮かべてしまう。
「え。俺なんかやらかした?」
隣のクラスだった俺は、十和子の劇を最前列で見ていて、夢中で拍手したことは覚えている。そのあと先生にやんわりと注意されたことも。
俺の反応を見て、十和子は白い目を俺に向ける。
「だと思ったぁ。別にいいけど」
「え。待って、気になる。俺なんて言ったんだ?」
十和子はツンとした態度でアルバムを捲る。
「さぁ?忘れちゃった。あ、金銀銅のガチョウ」
それはうちのクラスの演目。やはり主役が水増しされている。
「銅のガチョウに人が群がるのは無茶があるよなぁ」
「ふふ、最近銅も高いみたいよ?」
「先見性のあるシナリオですなぁ」
そんな他愛のないやり取りをしながら過去の旅は続く。
年長・けやき組。俺と十和子が唯一同じクラスだった一年間。
遠足は少し離れた場所にある大きな公園。どうやって班を分けたのか、俺たちは同じ班だった。
運動会。年中組までは足の遅かった俺だけど、この年は一番になった。テレビでワコが『あしのはやいひとがすき』と言ったから。二足靴をダメにするまで練習して、それ以降陸上部以外に負けたことはない。
そう、この年から十和子は『柊ワコ』としての活動を始めたのだ。
子役オーディションを受けて、事務所に所属して、レッスンを受ける。十和子の『柊ワコ』としての活動が始まる。この歳でちゃんと演技のできる子はかなり稀なようで、活動を始めると、ワコは見る間にテレビに現れるようになった。
迎えた年長のお遊戯会。主役は十和子一人で、一年前より洗練され、研ぎ澄まされた演技は、お遊戯なんて呼んでいい代物ではなかった。
普通であれば我が子に向けるはずの親御さんらのカメラすら十和子に向き、母さんの撮った動画もロバCの役だった俺を映さずに、ただ十和子だけを追っていた。
「よく考えるとさ」
十和子は懐かしむように、噛み締めるように言葉を続ける。
「この時、初めて一緒に何か作ったんだね」
言われて少し止まってしまう。
「……考えたこともなかったな」
十和子の役は男装したお姫様、俺は四頭いるロバの中の一頭。同じ何かを作っているだなんて、思ったこともなかった。
「でしょ?」
十和子は得意げに、短くそう言った。
そして、お決まりの自己紹介ページ。将来の夢。十和子のそれは『女優』と書かれていた。幼稚園生には明らかに難しいその漢字も、何度も練習したのか整った字で綺麗に書かれていた。
「俺、なんて書いたっけな」
こんな自分のページなんて読み返すこともない。十和子はくすくすとイタズラな笑みを浮かべている。
「さて、なんだろうねぇ」
「……その反応からすると、ここでやめとくのが正解だな」
「それは無駄な抵抗だね。はい、めくって」
2ページ捲ると俺のページになる。
――けやき組、藍沢イツキ。
将来の夢、テレビかんらん。
思わず眉を寄せると、望み通りの反応を得た十和子はニヤニヤと意味ありげな笑みで俺を見上げていた。
「叶った?」
「いや、さすがにこれは先生止めてくれよ」
「自主性を尊重したんじゃない?」
幸にして、この『将来の夢』はすぐに叶うこととなる。俺は両親に無理を言いながらも、何回も、何回もワコの出演する番組のテレビ観覧に行くことができたのだから。
最後のページは定番の寄せ書き用の白紙。
「あ、ちょっと」
急に十和子の顔色が変わる。
この卒園アルバムは十和子も持っている。だが、手書きの寄せ書きまで同じ訳がない。
そこに書かれた何かを察して、十和子はページをめくるのをあからさまに渋り出す。
「そういうのを無駄な抵抗って言うんだよ」
手を伸ばして最終ページをめくる。そこに何が書かれているのかを、俺は当然知っている。
『ずっと見ててね』
綺麗な字で書かれたその言葉の横に崩した字体で柊ワコのサインが踊る。
「うあぁあぁうぁあ、はっず……かしぃい」
十和子は顔を真っ赤にして、視線をアルバムから背けた。
「俺の気持ちわかった?」
生暖かい視線を送りながらニコリと微笑むと、十和子は真っ赤な顔を手のひらでパタパタとあおぎながらこくりと頷いた。
そして、真っ赤な顔であおいだ両手で顔を隠して、その隙間から俺を見ながら、十和子は呟く。
「イツキは、――約束だから、見てるの?」
質問の意図は分かる。けど、それは全然的外れだ。
「いや?好きだから見てるんだが」
間髪入れずに即答すると、十和子の顔がほんのわずかに強張った気がした。
「それは――」
――瞬間、玄関の方からガチャリと音がした。
二人同時に大きくみじろぎ、咄嗟に時計を見ると時刻はいつの間にか七時を回っていた。
「ただいま……あぁっ!?えっ!?あっ、ごめん!じゃ……邪魔!?お邪魔しました!」
玄関から母さんの声が響いてくる。十和子の靴を見てだろう、声だけでかなりの狼狽が窺える。
「……面倒なことになりそうだなぁ」
俺は肩を落とし、大きく、深くため息をつく。
「大丈夫、私ちゃんと説明するから」
十和子が力強く宣言したので、諦めの視線で応える。
「面倒なことになるなぁ」




