16話 元国民的子役、公平を訴える。
「ねぇ、イツキ。私って大概寛容な方だと思うんだけど、不公平だと思わない?」
駅裏での待ち合わせ。直後に十和子は不平をこぼして口を尖らせる。
「個人的な感想を言わせてもらうと、不公平と声高に叫ぶ人は狭量な人間が多い傾向にある気がするぞ」
なんのことかわからないが、嫌な予感がするのでわざとらしく小難しい言葉で煙に撒こうと試みる。
だが、十和子は一度眉を寄せて不快感を示すものの、気にせず言葉を続けてくる。
「私、イツキの家行ったことないんですけど」
「そりゃそうだ。呼んだことないからな。そういや、知らなかったんだけど将棋の鷹屋敷四段、お前と同じ学校なんだな。すげぇなぁ」
露骨に話を逸らしつつ、改札を目指す。うちは高校と最寄駅は同じ。十和子のマンションは電車で10分。十和子にバッグを掴まれて俺の足は止まる。
「私、イツキの家に行ったことないんですけど?」
「そりゃそうだろ。必要ないもん」
俺が十和子の家に行くのは撮影や作業の為だからなぁ。だが、その言葉にカチンと来た様子の十和子は俺のバッグを強く引き、改札行きを強く阻止する。
「は?それはつまり、イツキの部屋に私が必要ないって言ってんの?」
「お、おう。必要だったらまずくね?」
「それは確かに……、じゃなくて!映画だって6回見たら1回分無料になるシステムがあるのよ?なら、私の家に6回来たら1回くらいイツキの家に行くシステムがあってもいいと思わない!?」
「あんまり思わねぇかな」
にっこりと笑顔で返してみる。
「あー!わかった!見られたくないものがあるんだ!?エッチな本とかあるんでしょ!?だから見せられないんでしょ!」
なかなかお安い挑発をかましてくださる十和子さん。
「うん、そうそう。だからちょっと無理かなぁ」
「えぇ!?」
自分で言って自分で驚いて顔を赤くする。忙しいやつだな。
「ほら、そろそろ気が済んだろ」
「……ちっ。できればこの手は使いたくなかったけど」
これみよがしに明確な舌打ちをして、十和子はバッグに手を入れる。どうせスマホにワコを映すんだろ?確かにあれは俺には防げない必中の技だ。だが、強力だけに対策は単純。通話をしなければいいだけだ。
――そう高を括っていた俺の目の前に、十和子はスマホよりも遥かに巨大な画面を突きつけてきた。
『はいはい。どうせ部屋がわたしだらけなんでしょ。気にしないから。部屋、見せてくれるよね?』
十和子は取り出したタブレットを顔の位置に置き、そこに映ったワコが俺に問いかけてくる。
「あ、タブレット。買ったんですね」
ぎこちない笑顔で問いかけると、画面のワコはいつも通りの笑顔で答えてくれる。
「うん、必要だと思ったから。早速役に立っちゃったね。それで?答えは?」
当然、俺がワコの頼みを断れるはずなんてない――。
ウチは最寄駅から歩いて15分の距離。駅と学校とウチを点で結ぶと大体正三角形になる位置関係。
少し古めの、普通の賃貸マンションだ。
「いいか?7時には母さん帰ってくるから、その前に帰れよ?これはお願いじゃない。絶対遵守事項だ」
ポストの郵便物を回収しながら忠告をすると、十和子は楽しそうに軽く頷いて応える。
「わかってるって。朝7時まではいないよ。明日も学校だもん」
「午後7時。19時。くだらない冗談、全然笑えないっすね」
階段を上り、2階の真ん中辺り。204号室がウチだ。小学3年の時に引っ越してきて、それからずっと住んでいる。
部屋の前に着き、まるで空き巣でもするかのように周囲を二度三度と見渡して、鍵を開ける。
「おじゃましまぁす――、あっ」
玄関に足を踏み入れた十和子は、何かに気が付いて嬉しそうに声を上げる。
「……っふふ。使ってくれてるんだ」
玄関に置かれたアロマスティックを眺めて、十和子は嬉しそうに笑った。
「ま、まぁね。母さんが気に入っちゃったからしょうがなく、ね」
「そっかそっか。それはしょうがないね」
靴を揃えながら本当にわかっているのか分からない適当な相槌を打つ十和子さん。
「そこ、風呂。そっち、トイレ」
「ふんふん」
十和子が俺を招いた時のようにルームツアーを行うが、ウチは狭いので一瞬で終わり、再び玄関に戻ってくる。
「はい、そんでここが玄関。終わり。お帰りはあちら」
「往生際って言葉知ってる?」
観念して自室の扉の前へと向かい、ノブに手をかけながら最後の忠告。
「あのな、何度も念を押すけど別に面白いものなんかないぞ?」
「わかってるって。ただ公平を期すだけだから」
語尾を少し弾ませながら十和子は頷く。
「何が公平だよ、理不尽魔王が」
精一杯の抵抗を呟きながらドアを開ける。
十和子はまるで、宝箱が開くかのようにそれを眺める。
――俺の部屋。
別に何も変わったものは無い。勉強机と、その上にはすこし古いノートパソコン。本棚とベッド。それだけ。
「うちと同じ匂いする」
貰ったアロマスティック置いてるんだから、そりゃそうなるよな。
「文句は母さんに言ってくれ」
「ん?会っていいの?」
「言葉のあやだよ」
十和子は興味深そうに室内を眺める。
「ちょっと意外」
「意外に片付いてるって?」
十和子は微笑みながら首を横に振る。
「もっとワコで溢れてるんだと勝手に思ってたからさ」
本棚にはいつか古書店で買ったワコの写真集15冊。その上に置かれた推し神棚。そこに古いキーホルダーを見つけて、十和子が気安くパンパンと二度手を叩くのを首を横に振り咎める。
「二礼二拍手、一礼な?」
「私別に崇めてないし」
軽く笑う十和子に呆れ笑いを返して椅子に座る。古い椅子は背もたれに寄りかかるとギシッと音を立てる。
「本もグッズもタダじゃないだろ。さすがに子供にはそんなに買えませんぜ」
「じゃあ雑誌とかは?いつも言ってるじゃん、『何月号の〜』って」
「ん?図書館。図書館で読んでた」
「そっか。ねぇ、座ってもいい?」
と言っても俺の部屋には椅子は一つしかない。それには俺が座っている。
「ダメ。そろそろお暇しましょうぜ」
「うざ。座りますねー」
俺に白い目を向けながら十和子はベッドに腰を下ろす。
「そのキーホルダーは?」
神棚を指差して十和子は見上げる。
「ガキの頃お年玉で買った。ガキの頃クラスにグッズ超持ってる自慢してくる嫌なやつがいてな~。あぁはなりたくなかったから一つだけ。一神教なんよ」
「へぇ」
短く答えて十和子は視線を落として本棚に目をやる。そこに並ぶ15冊の同じ写真集を指さし、俺を見た。
「じゃあなんで、あの時は15冊も買ったの?ほかの本はないみたいだけど」
俺を試すようにじっと目を見据えて、十和子はそう言った。
「深い理由はねぇよ。しいて言えば、本が俺を呼んでいたから……かな」
煙に巻くようにそれっぽい顔でそれらしい言葉を返す。
「……本当にワコがお好きねぇ」
ベッドに座り、壁を背もたれにして、天井を見上げるようにして十和子は声を漏らす。
「じゃあ――」
少し考えて、言葉を濁す。
「……わ、」
困り顔で、十和子は微かに息を吐き、言葉を続けた。
「ワコが、好きなのね」
「なんで言い直した?」
「別に」
十和子は自嘲気味な笑みでくすくすと笑った。
「あ。卒アル。幼稚園の!」
十和子は本棚から目ざとくそれを見つける。俺と十和子は同じ幼稚園。
断りもなしに本棚からそれを取り出すと、両手でそれを俺に向けて、にっこりと笑う。
「卒アル、見ようよ」




